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 徹夜、ファスティングのまま人間ドックに行って、内視鏡で(腫瘍の生検用カットのハサミの技術が上がったんで、若干太くなっていた。去年なんて稲庭うどんぐらいだったよ)鼻の穴から十二指腸まで腹の中をもみくちゃにされ、採血を6本、脳と胸部のCTその他で、もうぐったりだ。

 

 今年は下部(腸)内視鏡を止めたんで(「毎年やるもんじゃないんですよ」と言われたんで。しかし、こんなカッコ内で扱うのもなんだが、こないだ同い年で友達のモーリー·ロバートソンが死んだ。食道ガンでだ。頭の良い、育ちの良い、気のいいやつだったが、終生、自分は音楽を愛している、という虚偽を、自己洗脳の形でキープし続けた。それが祟ったとは口が裂けても言えないが。そして、同年輩の=バブル躁病質の有名人が次々亡くなっている。もう本来なら僕らは死ぬ年なのだ)、半分の時間で済んだのだが、それでも終わったらフラフラになって、ドックに行くと貰える食券(<献血にゆくと貰える牛乳>が目的ぐらい好きだった奴も多いだろう。僕はドックの後に貰う食券で喰う飯がすごい好きだ。子供の頃「食券」を売っていたからだろう)で「にいむら」というトンカツのチェーンでランチの盛り合わせカツ定食みたいなのを居眠りしながらガンガン喰って、居眠りしながら部屋に戻り、動画の編集をしている間に寝落ちてしまい、今起きた。

 

 僕のファーストキス(ほっぺたにチュ。とか、そういうんじゃなくて、完全にセックスの前戯並みのやつ)は中学3年生の時で、もちろん実名は伏せるが塚本さんという人だった。もう孫がいるだろう。

 

 まあこの歳になってファーストキスの話をするなんて気持ちが悪いのを大きく超えて、気が触れていると査定されても仕方がないので、やめるが、この日は僕の記念日になっている。

 

 ファーストキスをした日、だからではない。僕はフッドで働く(つまり、水商売)の女性から犯されかけるまで愛されたので、顔中舐めまくられたり、頬を掴まれて鼻を擦り付けられたり、そのまま唇に唇を押し当てられて育ったので、実際のところ、塚本さんとのファーストキスは「同い年の交際相手」と「誰もいない港で」と、かなりロマンティークだとはいえ、僕は既に、フッドで働く水商売の女性達に精神的&肉体的な擬似的去勢を受けたせいかどうなのか、ロマンティークに対して、当時の僕はかなり不感症で、いわゆる「付き合ったかどうかすらはっきりしないんですけどお」というやつなのだが、塚本さんのお父さんは、缶詰工場の工員で、まあまあぶっちゃけ塚本さんは貧困サイドにいた。

 

 誰でも<年代デビュー>という事がある、僕は「アイアンマウンテン報告が2001年、「スペインの宇宙食」が2003年だから、紛う方なき「00年デビュー組」だ。今日は音楽家ではなく、物書きとしての自分について振り返ってみる。みなさん、00年代って何読んでました?00年代は、あなたの人生のいつ頃?人格や教養の地固めである思春期だった?まだ子供だった?もう大人だった?

 

 どうしてこんな、思い返さないで済むのであれば一生思い返さないであろう事を思い返してしまったかと言えば、太田光が転んで、またぞろ政治番組に顔を突っ込んできたので、首相とのやりとりや、過去発言が取り沙汰されていて、「あ、懐かしいな」と、ある時代の記憶がありありと浮かんできたからだ。

 

 もし僕が太田光だったら?というのは、書いていても身の毛のよだつ仮説だが、もう一生2度と政治に口出したりしない。ボキャ天の仲間たちと「いち、芸

ビュロ菊だより

「ポップ・アナリーゼ」の公開授業(動画)、エッセイ(グルメと映画)、日記「菊地成孔の一週間」など、さまざまなコンテンツがアップロードされる「ビュロ菊だより」は、不定期更新です。

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菊地成孔

音楽家/文筆家/音楽講師 ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。

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