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ゲストさん のコメント

菊池さんこんにちは。
〉〉クリスマスに全く関心もなく、気にもならない人々で、過去にクリスマスの苦い思い出という元手がない人々こそが、和式クリスマスの本当の否定者である。
自分の事だ(笑)と思いました。とはいえ家族が作ったチキンを美味しいと思いながら食べました。まさにクリスマスに何のこだわりもないので、自分以外の人間が施してくれる限り、それにあやかります。それは否定者という事になるのですか?
No.10
36ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 僕が一番日常的に信仰の勤めを行なっているのは神道と祖霊崇拝である。毎朝神棚に柏手を打っているし、毎晩亡くなった血族と交信している(トイレで。名前と顔を思い浮かべて数分間集中するだけだが)。しかし僕は、宗教はすべて信じている。腕に入っているのはヒンドゥー教の神像だし、最初の結婚式はパイプオルガンが有名な教会で行なった、多くの音楽は宗教と関係している。汎神論とも実質的な無神論とも違う、すべての宗教は同じものだと思う。    キリスト教は中でもかなりエグい方だ。でないと特定宗教行事がここまで世界中には広がらない。というか、クリスマスの世界的な(もちろん例外もある。僕はモロッコ人がいかにクリスマスと正月を杜撰に扱っているかを調べるためにモロッコで年末年始を過ごしたことがある。その時の元日の写真が「野生の思考」のジャケットになった)行事化は、熱心なキリスト教徒には頭の痛い現象ですらあるのではないか?と思う。  
ビュロ菊だより
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