オリバー・ストーンは、自身が従軍したベトナム戦争を題材にした映画『プラトーン』と『7月4日に生まれて』でアカデミー監督賞を2度受賞した。他に『JFK』や『ニクソン』など政治家を主題にした映画や、米国の秘密工作の実態を暴露した元CIAのエドワード・スノーデンを主人公にした映画『スノーデン』などで知られる。
最近では歴史学者と組んで米国の現代史を見直すドキュメンタリー『誰も語らないもう一つのアメリカ史』を作り、日本でもNHKが50分番組を10回にわたり放送した。またロシアのプーチン大統領に長時間インタビューを行うなど精力的にドキュメンタリー制作に取り組んでいる。
彼がウクライナに関心を抱いたのは、プーチン大統領の話を聞いたからで、それからウクライナの歴史を調べ始め『乗っ取られたウクライナ』の前に『ウクライナ・オン・ファイアー』を作っている。だからこれはウクライナをテーマにした2本の作品の後編に当たる。
『乗っ取られたウクライナ』は、ウクライナで最もプーチンに近いとされる野党政治家ヴィクトル・メドヴェドチュクへのインタビューを軸に進行する。彼はロシアによるクリミア併合で米国から制裁を受け、妻は出国を勧めているが撮影当時は母国にとどまる選択をした。しかし今回の軍事侵攻で自宅軟禁を破り出国しようとしたところを当局に逮捕されている。
映画はメドヴェドチュクの他に、プーチン大統領、「マイダン革命」の虐殺を調査したオタワ大学教授、米国のジャーナリストなどの証言で構成されるが、ウクライナと因縁の深い副大統領時代のジョー・バイデン、国務次官補時代のヴィクトリア・ヌーランド、共和党上院議員時代のジョン・マケインら米国のネオコンも頻繁に登場する。
メドヴェドチュクによれば、1991年に旧ソ連から独立したウクライナは、経済でも技術でも農業でも可能性のある国だった。民族的にも2014年に親露派政権が打倒された「マイダン革命」までは統一が保たれていた。
しかし「マイダン革命」後のウクライナは、徹底してロシアを排除する勢力と、ロシアと友好関係を維持する勢力に二分され、親露派が多い東部地域では内戦が起こる。ロシアを排除したい勢力は2019年に公用語としてのロシア語を禁止し、半数の国民が使用言語を失った。
メドヴェドチュクは一方に統一するのではなく、ウクライナを2つの国家に分け、ロシアからの独立も維持すると主張するが、その点ではプーチンと意見が異なる。プーチンはロシアとウクライナを一体と考えている。
映画は問題の2014年「マイダン革命」の真相に迫る。親露派政権に対しEUとの接近を要求する反政府デモが起こるが、2月18日までは平穏だった。しかし18日にデモ隊と警察が衝突すると、正体不明の狙撃手によって20日から22日にかけてデモ隊が襲われ、警察官と合わせおよそ100人が殺害された。
すぐ犯人と疑われたのはウクライナ警察とロシアの特殊部隊である。世界のメディアはその疑惑を事実であるかのように報道したが、事実は未解明のままだった。だがオタワ大学のイワン・カチャノフスキー教授が5年がかりで証拠を積み上げ、狙撃手はデモ隊が占拠したビルの中にいて、特定の場所に誘導されたデモ参加者が狙われたことを突き止める。しかし当初流された情報は今でも根強く残り、事件は不明のままとなっている。
「マイダン革命」以降のウクライナには米国の介入が強まった。旧ソ連時代には宇宙産業や海運業などで先端を走っていたウクライナは、ロシアとの経済関係が破たんしてから生産国ではなく輸入国に代わったとメドヴェドチュクは言う。
世界一のディーゼル機関車の生産国だったウクライナが今や米国からディーゼル機関車を輸入し、造船業も航空機産業も自動車産業もなくなった。ウクライナ東部で石炭が採れるのに内戦が起きたため、政府は海外から、しかも遠い米国から高い石炭を輸入するようになった。
そしてバイデンの息子がウクライナの石油天然ガス会社の重役に就任すると、バイデンは副大統領時代にウクライナを頻繁に訪れ、植民地を支配する管理者のようにウクライナ政治に口出しするようになったという。
また米国人ジャーナリストのリー・ストラナハンは、「マイダン革命」の背後に民主党支持の投資家ジョージ・ソロスと当時国務長官だったヒラリー・クリントンの存在があると証言する。
ソロスは世界各地の民主化運動に資金を提供し、「マイダン革命」もその一つであった。そのソロスとバイデンとヌーランドは、2016年大統領選挙でヒラリー・クリントンを大統領にするため中心的役割を果たす。
ドナルド・トランプを落選させるため、彼らはプーチンとトランプの関係を「ロシア疑惑」として浮上させ、トランプの選挙責任者ポール・マナフォートを有罪に追い込むが、マナフォートを訴追させた資料はウクライナの弁護士が公開した資料だった。
ウクライナを分断した2014年の「マイダン革命」は、実は2016年米大統領選挙と連動し、トランプとヒラリーが戦ったあの選挙にはウクライナが深々と関与していたのである。しかし2016年大統領選挙にトランプが勝利したことで米ロ衝突の危機は回避された。
オリバー・ストーンの『乗っ取られたウクライナ』を見ると、ウクライナの政治状況と米国内の政治対立とが見事に重なっていることを知る。最後のナレーションは、「ウクライナとロシアの国境付近でウクライナの挑発があり、それがロシア軍の侵攻を招き、世界は『ロシアの侵略だ』と騒いでNATOとロシアが戦争になる」。そして核爆発の映像に「人類最後の戦争」というナレーションがかぶる。
いま世界が目にしているのは『乗っ取られたウクライナ』が予想した悪夢の現実化だ。ロシアの侵略に西側世界は怒り、大悪人のプーチンを潰すことのみに目を奪われているが、私は以前からブログに「戦争は現象面を感情的に見てはならず、本質が何かを冷静に読み解く必要がある」と書いてきた。
戦争の真相など何年か経たないと分からないものだ。ただなぜ2月24日にロシア軍が補給も十分でないままウクライナに侵攻したのかは私も疑問である。西側メディアは「狂気のプーチンによる帝国主義的侵略」と言うが、私にはプーチンが狂っているように思えない。手掛かりを探していたら、こんな情報を見つけた。
「フランス・インテリジェンス研究センター」の研究誌3月号に、ジャック・ボーという元軍人が書いた記事で、事の起こりは去年の3月24日、ウクライナのゼレンスキー大統領が「クリミア奪還」の指令を発し、並行してNATOが黒海で軍事演習を行ったことから始まる。これでプーチンも国境周辺にロシア軍を配備し軍事演習を始めることになった。
演習は11月までで終了するが、するとゼレンスキーはドローンで東部親露派勢力の燃料庫を爆破し、「ミンスク合意」に違反する。2月7日、フランスのマクロン大統領がモスクワを訪れ「ミンスク合意」順守を約束するが、ウクライナはこれを拒否、プーチンは西側に約束履行の気がないことを確信した。
そして2月16日以降、ウクライナのドンバス住民への攻撃が激化し、それを西側が見て見ぬ振りしたため、プーチンは軍事侵攻に踏み切ったというのである。付け加えれば、1月18日に西側工作員が東部地域で化学兵器を使った事故を引き起こそうとし、親露派戦闘員に逮捕されたことも引き金になったという。
この情報の真偽を確かめることはできないが、何か突発のことがなければ補給の準備なしに軍事侵攻することは考えられない。それとも侵攻すればすぐにウクライナが降参するとでも思ったのか。しかしウクライナの背後に西側がついていることを熟知するプーチンがそう考えるはずもない。だから戦争の真相は時間が経たなければ分からないと考えるしかない。
それよりもこの戦争で世界がどう動くことになるか。それを考えることの方が重要だ。まず世界的に軍拡が始まると思う。軍需産業は大喜びだ。欧州では各国が相次いで防衛費をGDPの2%以上にする動きに出た。抑制的だったドイツもショルツ首相が防衛費を倍額する方針を示し、緑の党も賛成に回った。
日本でも自民党の安全保障調査会が、敵のミサイル攻撃に対し反撃する能力を保有することと、5年以内に防衛費のGDP比2%以上を目指すよう政府に申し入れた。プーチン憎しの現状では、軍拡は世界の流れとして多くの国民が受け入れる可能性がある。
次に出てくるのは核武装の議論だ。日本でも安倍元総理がいち早く米国との「核共有」に言及したが、現実的でないとして見送られた。しかし周囲に中国とロシア、それに北朝鮮という核保有国がある以上、核武装の議論が消えることはないと思う。
これから日本国民は真剣に安全保障問題の議論に取り組まなければならない。これまでは平和憲法を護れば世界は平和になるという幼稚な議論と、憲法に自衛隊を明記する必要があるという幼稚な議論が盛んに言われた。しかし現実の戦争を見ればいずれも浮世離れした議論であることに気付く必要がある。
一方で防衛費の増大も核武装もウクライナ戦争に触発された反射的というか、感情的な議論に過ぎないように私には思える。防衛費の増大も核武装も何のためかと言えば、それによって相手が攻撃するのをやめる「抑止力」にするためだ。
戦争になってしまったら勝とうが負けようが国民は悲惨が待ち受ける。だから問題は戦争にならないよう「抑止力」をどうやって確保するかの問題である。しかしミサイル攻撃で反撃すると日本が言えば、相手はそのミサイル基地を標的に次々攻撃を仕掛けてきて、「抑止力」にならないという議論もある。
また防衛費の増額も良いが、武器に金をかけるより、戦争をさせないための外交力を磨くことに金をかける方が「抑止力」になり、国家にプラスになるという考え方もある。とにかく現実の戦争を見ながら、そのあたりを真剣に議論する必要が出てきたのだ。
そして『乗っ取られたウクライナ』を見た私は、それよりもウクライナがネオコンに引きずられて戦争に至ったように、日本もネオコンに引きずられて戦争に至ることのないように、よく目を見開いて対処していかなければならないと思う。
その兆候が現れ始めているからだ。例えば4月28日にネオコンの一人であるブリンケン国務長官は米上院外交委員会で、6月下旬にスペインで開かれるNATO首脳会議に岸田総理が出席することを明らかにした。
NATOは軍事同盟であるから政治や外交の話をするところではない。ロシアとの戦争を話し合う場である。平和憲法を持つ日本の総理が出席したことのない場に岸田総理は出席することになった。これも国民と与野党が揃ってプーチン憎しで一致しているからだ。
また5月下旬にはバイデン大統領が来日するが、その目的は日本をAUKUSに加盟させるためである。AUKUSは米英豪の3カ国で作る中国敵視の軍事同盟だ。これまで日本は日米豪印4か国で作る「クアッド」の一員だったが、こちらは政治的に中国を包囲する組織で戦争を念頭に置いたものではなかった。
それが変わるのである。日本は中国とロシアを敵とする軍事同盟の一員として存在感を示さなければならなくなった。そのように誘導しているのは米国のネオコンである。くれぐれもウクライナのように戦争の前線に押し出されることのないよう、冷静な目で戦争を見るように心掛けなければならないと思う。
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<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
コメント
コメントを書く不確定情報に仮説を重ね自分の都合の良いストーリーを作り上げることに関してこの人は中々の名手ではないかと感じる。
「乗っ取られたウクライナ」なるドキュメンタリー映画は主要人物を反米、または親露で占められている。
監督のオリバー・ストーン氏は自身のベトナム戦争の体験によって反米思想が強い。(各自調べて貰えばわかるが結構ゴリゴリである)
ヴィクトル・メドヴェドチュク氏はプーチンと近いとかそういうレベルではなく「個人的友人」と公言するほどだ。(なおヴィクトル氏の娘のキリスト教的儀式にプーチン大統領が参加している)
リー・ストラハンは、アメリカ人ジャーナリストと紹介されているが現在ロシア政府が運営している「スプートニク」という通信社に勤務している。(なお2014年に虚偽の記事を書いたとして勤め先を解雇、2016年にロシアのハッカーから不正に入手した情報を漏らすなど、結構ヤバめの人である)
この堂々たるカッコ内を見て貰えば、アメリカ・ウクライナに不利になる事は言っても、ロシアに不利になる事を言う筈がない事がお分かりだろう。
こんな色眼鏡だらけの映画の通りになったと言っている時点でこの人にも色眼鏡が掛かっていることは自明である。
また「ミンスク合意」が挙げられているが、これがロシアに何の関係があるのか。というのも、ミンスク合意で上げられているウクライナ東部は親露派によって占領されており、ロシアの支援があったとされているがロシア自身は否定している(ドンバスもウクライナ東部に含まれている)。つまりウクライナの内紛であるという立場を示しているのだ(十中八九関与しているが)。
またこの筆者の書き方だとウクライナ側が一方的に攻撃しているかのような物言いだが、ウクライナ東部からウクライナへの攻撃も何件も確認されておりミンスク合意がどれだけ形骸化しているか分かる。(一番大きな事件は2014年のドローン事件であるがこちらも双方意見が食い違っており、どちらかが正しいと断定することができない)
そして、一番の失笑はウクライナ側のドンバスでの住民への攻撃に対して軍事侵攻を行ったという珍説である。
想像して貰えばわかるが、隣人の家庭内の喧嘩に参加する他人がどれだけいるのか。ウクライナは元ソ連とは言え今は立派な隣国である。それなのにロシアがずかずかと領地内にしゃしゃり出るとは、とち狂っている以外の何物でもない。
そして日本の話題だ。
この人は抑止力という言葉を理解していないのが丸分かりである。
ミサイル反撃施設にミサイルが撃ち込まれるだの、外交力を磨けだの言っているが、全く的外れである。
例え話として、もし勝てば財布の中を総取りできるが負ければ逆に取られる喧嘩に参加したとして(変な話かもしれないが戦争で領地を占領し自分の領地に併合することの簡略化だと思ってほしい)、ヒョロヒョロの素手の男とナイフを持った筋肉モリモリの男ではどちらに挑みたいか?という問いに貴方はどう答えるだろうか。もちろん前者だろう。
ではなぜ、後者に挑まないのか?理由は簡単で、こっちがやられそうだからだ。
この相手に「こいつに挑んだら痛い目見るな、負けるかもな、やめておこう」が抑止力だ。
打った後反撃されるか、されないかは意思決定に大きな影響を与える。
日本はそういう意味で、ヒョロヒョロの素手の男サイドの国だ。
そのくせ財布の中はたんまり入っていて(GDP世界三位、勢いはないが)で、殴られるまでじっとしていますと来た。
これで日本は大丈夫だという人がいたら一発殴らせてほしい。
また、勝っても負けても悲惨なことになると筆者は言っているが、勝てば悲惨で済むが、負ければ悲惨では済まない。
それは今までの戦争の敗者を見て貰えばわかるだろう、勝つに越したことは無いのだ。
核共有や核保有については喧々諤々の論争があるため触れないが、個人的には大いに論議すべきだと思っている。
AUKUSについてどーたら書いているが、考えてほしい。隣国中国だが二国の間には領土問題を抱えている。
そして中国は東シナ海での軍事力に物を言わせた開発を行っている。
その矛先が日本に向かないと誰が言いきれるのか。
そして矛先が日本に向いたとき、だれが味方でだれが敵に回るのか、それははっきりさせた方が後々良いのだ。
ウクライナのように前線に押し出せることの無いように等とは戯言である。
日本は前線に立つ準備をしなければいけない。
それは戦争を仕掛けるという事ではない。
仕掛けられた時万全の態勢を整えることだ。
その為に都合のいい存在になっている自衛隊をしっかり立場を確立させ最低でも他国の国防軍と同じ立場まで引っ張り上げなければ始まらない。
それも分からず、オンライン塾を開き金をとるなど浅学を恥じ入ってほしい
ネオコンに乗っ取られるとか妄想もいい所だが、少なくとも現状の社会情勢を見る限り、攻撃には断固とした反撃をおこせるように専守防衛だけではなく、反撃も出来るように改憲もしくは条項を付け加えるべきだ
ウクライナで専守防衛の脆さは思い知った
国土を焦土にしての防衛戦は何も生まない、悲劇しか生まれない
先制攻撃、反撃能力の保持と拡大が必要だ
(この記事中ではミンスク合意や抑止力の話をしているのに)それ以前の1994年のブダペスト覚書でウクライナが核兵器という抑止力を放棄したのに、現在この状態という事に一切触れていないのは不公平じゃない?
抑止力の強化論を「ネオコンの陰謀」としていますが、では日本に対し領空・領海侵犯を繰り返す中ロや核・弾道ミサイルで挑発を繰り返す北朝鮮はネオコンの手先なのかと問いたいです。
「俺に逆らう奴、皆ネオナチ」のプーチンとどっこいではないかと。
映画一本でここまで想像を膨らませられるのは感心しますが、日本が自主国防論を唱え始めた時期を見直すべきでしょうね。
筆者は陰謀論に騙されやすい人を釣ってオンライン塾に参加させるため、こんな記事を書いたのではないか? と勘繰りたくなります。
なんでもかんでもネオコンの陰謀にしてQアノンみたいw
よかったコメント欄まともだった
物理的な抑止力を軽んじ外交で何とかしようとか不確実この上無いし何処にどう金をかければ外交力上がるか説明無しな時点でお察し
「不安にさせる相手を皆564にすれば平和になる」とかいうイカレ世界観
まあ反日サヨクの息のかかった人が書いたんでしょうね、この記事。