• このエントリーをはてなブックマークに追加

田畑 佑樹さん のコメント

「悪天候でロシアの空港が閉鎖され、そこで夜を過ごすことを強制されたロシア人たちがいつのまにかロシア民謡を合唱しはじめた」という内容のエッセイを中井久夫さんが書いていらしたのを思い出しました。欧州のノーカラード(スラヴ系だってそうじゃないかと言われそうですが、私はロシアのあたりはいい意味でアジアの農民だと思っています)が何度も退散を強いられた「冬将軍」の正体はあの合唱によって苦境を堪えるロシア民衆の力だったのではないか、と思わせる内容でしたね。中井さんはその合唱を「ハモる」と表現してらっしゃいましたが、単線ユニゾンだったのか・複音だったにしても何声だったのか気になるところです(リズム揺れの有無も、あと酒が入っていたか否かも)。

 Carpool Karaoke という、21世紀初頭のUSAテレビショーか何かが発祥の、「司会者とセレブリティが車の前部座席に乗って好きな曲を唄ってる、のを見せる」というカタの趣向が現在まで残っていて、源流は『ウェインズ・ワールド』のボヘミアン・ラプソディ車内合唱なんでしょうけども、私はこの Carpool Karaoke がものすごく苦手というか嫌いで(笑)、優れたミュージシャンが出ててもどうしてこんなキツく聴こえるんだろうと思っていました(書きながら気づきましたが、『ベイビー・ドライバー』の車と音楽の噛み合わせ方で重要だったのは、「その楽曲を聴きながらトランス&ジャックインしてる者は主人公一人しかおらず、むしろそこに居合わせた他の者たちは唖然としている」ことだったのかもしれませんね。最終的に主人公と同じクイーンの曲を愛好していた男が一番強い敵になるあたり、よくできているなあと思います)。
 晩年のブライアン・ウィルソンを車内で同じ状態にして話す趣向の映像作品がありましたが、あれはずっと自身の精神病にまつわることを話していたのに全く重い雰囲気になっていなかったのが良かったですね。あの映像でブライアンが唄って(唄わされて)いたかどうかは忘れましたが、やはりUSAが20世紀またぎで引きずっている病は調性に支えられた合唱行為で緩和されるものではないと(なぜか)強く思わされます。カニエがライブでクイーンやジャーニーの(ベスト盤1曲目みたいな、ベッタベタの)名曲をなんの工夫も脈絡もなく唄い出すことがありますが、あれは擬宗教的な音楽による被救済願望とその挫折のあらわれのように思われてしまうのは穿ちすぎでしょうか(笑)
No.1
11ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 トランプが、金融のプロたちにはちょっと仰け反るほど評価された話は聞いたっけ?したよね。やっぱそういう事なんだな。と思うけれども、それはともかく、合衆国の白人の株が僕の中では現在爆下がり中で、非常に個人的な事情なのだが、今、インバウンドで東京に来る外国人の中で、最も汚らしいのは白人である。単純に、白い服の方が汚れが目立つし、歴史的、文化的にも根拠はある。    昔日はイーヴァンジェリカリズム(エヴァンゲリキャリズム?どっちが近い日本語に。まあ日本語に一番近いのは<福音伝道派>か)の人々が「有色人種」というおぞましい言葉を発明し、地球上を跋扈したものだが(もちろん、誰がどんな神を信じるのも自由だ。だから、以下、福音伝道派の人たちがどうのこうのいう話ではない)、今こそ逆襲をするときだ!白人をワイト・ニガーとか(これはイタ公とかアイリッシュを指すスラングだが)ワイト・ウォップとか遠回しに呼ばずに
ビュロ菊だより
「ポップ・アナリーゼ」の公開授業(動画)、エッセイ(グルメと映画)、日記「菊地成孔の一週間」など、さまざまなコンテンツがアップロードされる「ビュロ菊だより」は、不定期更新です。