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田畑 佑樹さん のコメント

 性犯罪被害者が抱える「あたしはこんな(略)えらい目に遭うんですよ」という思いが自分のみならず周囲に対しても緘口を働いてしまう構造、全くその通りだと思います。菊地さんは以前、ボブ・ディラン伝記劇映画についての日記で"僕は美し過ぎる女性を反射的に気の毒だと思ってしまう悪癖があるが、ティモシーシャラメには同様の反射が起きる"とお書きになっていましたが、「美しい容姿」をもって生まれ(てしまっ)た人に対する保護的な意識や視線とはこういうもので、フェミニズムやジェンダーイコーリティの基礎でもあると思います。が、現在の性被害をめぐる言説では「加害誘発性の生得的条件(←もちろんこれは文化的に流動する)」とでも呼ばれるべきものが全面的に解離されているというか、むしろその要素に触れまいとする意識が根本的な解決を執拗に妨げているように思います。それら一連の解離または抑圧の結果が、「美しい容姿」をもって生まれた人々を合法的かつ社会的に是認されたかたちで讃えましょうという推し活=合法酒場の出現および定着を導き、この二重構造によって「推し活の対象だった者が性被害に遭っていた」ケースを解決するためのシラフの力がほぼ完全に失われてしまって久しい、とも。

「加害誘発性の生得的条件」について緘口させる例の真逆として、(前にも書いた気がしますが)ウクライナやガザの惨事について「語れすぎてしまう」構造もあり、これも同様に社会的な解決の力を失わせているように思います。現在戦時下にある地域について発言するとき、「子どもや女性やお年寄りが犠牲になっている」と大衆的に「言わせる」力が異様な強さで働いていることがわかりますが、言うまでもなくフラフラしたおじさんが殺されても民間人虐殺には違いないわけで、戦時下の惨事について何か有効なことが言いたければ国際法の範囲内だけで事足りる。のに、「子どもや女性やお年寄りが犠牲になっている」ことを取り沙汰したがる例がこんなに多いのは、逆説的に「誰が巻き込まれようと民間人の被害には変わりない」とシラフのことを言わせる力が弱まっていることを示しています。
 伊藤詩織さんの件は「加害誘発性の生得的条件」について言わせなさすぎ・言えなすぎて根本的解決が困難で、ウクライナやガザについてはその惨状について言えすぎてしまうがゆえに根本的解決が困難になる。という、どちらも言説流通の過少/過剰がその因子になっており、その現象を定着させているのはソーシャルメディア由来の大衆的抑圧または解離である。と、面白くもない結論になってしまいましたが、性被害を告発する当事者が、その支援者たちの抱える情熱の中にある抑圧または解離によって適切な助けを得られなくなってしまう。という例の分析として、菊地さんが述べておられることは正しいと思います。

 すでに長くなっているのでこちらの件については短くしますが、ここ10年の日本人の"完全無欠アメリカナイズ"として、そもそもシャワーどころか24時間以内に身体を洗う習慣を失くしている人の増加も挙げられると思います(笑) 先週、若年のレズビアニズムとポリアモリーがいい具合に野合しているアニメ映画を観に行ったのですが、私の右隣に座っていた、わりと平均的なオタクの容姿をした・しかし明らかに路上暮らしではない男性の体臭(病気由来というよりは明らかに衛生で改善されるタイプの)が物凄く、「(私と同年代あたりの)オタクは風呂に入らないって本当なんだ? カードショップで異臭がすると定番ネタのように言われてるのを聞いたけど、こういうことなんだな」と、イヤなふうに納得してしまいました(笑) 私自身はこういうアニメ映画を3年に1度くらいしか観る機会がないので、尚更。
 正直、日本人から清潔さを引いたら何が残るんだ? たとえば中央もしくは西アジア出身っぽい外国人の男性とか、自転車で通りすがるだけでも良い匂いするだろ。あらゆる意味で移民に負けてんぞクールジャパン担い手のマジョリティ。風呂場で鏡見てくれよマジで、風呂に入らない姿が映えるオスは『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のカンバーバッチくらいだぞ、とか思ったので、今回の日記にあるシャワーと入浴の違い・および日本人の"完全無欠アメリカナイズ"現象が健康志向と衛生非志向の両方に見られることも極めてスムーズに結びつきました。
 ちなみに、悪い意味で体臭のきつい客と居合わせて以降、映画館には必ずラ・ニュイ×ビューロー菊地の「甘い混乱」を振って行くようになりました。せめて自分は良くしようと思ったのでしょう(笑) 菊地さんの作品にはこのようなかたちでも助けられています。
No.4
2ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 これはもう本当に絶対漏らさないで欲しいんだけど、この2ヶ月で実は同じ映画を100回観た。まあまあ、劇場公開用のパンフに原稿を書くからなんだけど。    この映画は、一言では説明できない。1960年代初期に起こった、誰でも知っている(、、、とは、今は言えないかな、昭和だったら胸を張って言えたんだが)、アフリカで起こった歴史的な事件に関するドキュメンタリーなんだけれども、まあまあまあ、今年のアカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー賞のノミニーになって、落ちたんだけど、落ちた方が絶対良い。    受賞はまあさ、世界世論が「そうするしかねえわな」しか言えない、要するにガザやヨルダンに関するものよ。あれ落として、他のが、特にこの映画がとっちゃいけないわけね。  
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