• このエントリーをはてなブックマークに追加

田畑 佑樹さん のコメント

 西暦2016年春に熊本直下型の震災があり、県外にあった私の住所でさえ数日間揺れたのですが、居住不可能なレベルにダメージを受けた現地の住宅と同じくらいの早さで報じられはじめたのは「熊本城の大規模損壊」でした。
 震災後ほどなくして「熊本城修復のための募金活動」のようなものが発足し、あらゆる被災地支援と同様にそれは良いことなのですが、いま検索すると"平成28年熊本地震で被災しましたが、震災復興のシンボルとして最優先で復旧作業が進められ、令和3 (2021) 年3月に完全復旧しました。"との文言がヒットし、「ええと、最優先……? 被災したすべての人の衣食住が再確保されるのが震災復興のシンボルどころか実質だと思うけど、城のほうもなきゃダメでしたか……?」と蓮舫みたいなことを言いたくなってしまい、それ以上の(熊本城復旧のための資金が集まる経緯についての)検索は止しました。「熊本城はほぼ唯一と言っていい観光資源なんだから、そりゃ復興資金調達のためにも最優先でしょ」くらい意地汚いことを言っている人がいれば、いっそ清々しいのですが。
 フロイトの集団リビドー理論(とくに同性のみで構成される集団性のなかでは、その構成員の中から任意の誰かが追放されることにより、全員を結束させる新鮮なリビドーが保たれる)の真逆で、天災で「(そこに住む人々にとっての)大切なシンボル」が傷つけられた場合、何よりも先にそれを直すことによってポテントを再回復する機制が働くのかな、とは思いますが、「塔」ではなく「城」というのが曲者なんだと思います。城ならいちおう人が居住できそうで役に立つ雰囲気があるし(といっても大地震で損壊するんですけど)、もし「塔」が折れてそれを急ピッチで修復しようとなったら、従事する人々もあまりにソレの意味が解りすぎて憚るのではないでしょうか。エッフェル塔やロンドン塔や東京タワーやトランプタワー、これらがもし何らかの災害で倒壊したとしても、それぞれ全く別の事情と資金源でポテントを回復することになるでしょう。しかし「城」にはそのへんの汚さを合理化する何かがあります。ハイデガーの「存在の家」みたいな……(哲学アイス用語)

「城」と同じくらいミュージシャンが愛好対象とするもので「ダム」もありますが、菊地さんはこちらのほうについてはどう感じますか? 私はフェチ対象として城もダムも全く解らないのですが、ダム建設の要すらない環境で育った東京モンがダム愛好を公言したり写真を撮ったりしてるのだとしたらだいぶキツイな、くらいには思います。
 正直、ダム好きのミュージシャンや芸人がいるのなら原発好きや在日米軍基地好きがいてくれてもいいのにと思いますが、そこには何か別の禁則(黙らせ)が働いているのでしょう。
No.1
3ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 知っている事ばかり書いていたら疲れたので、「知らない事」を書くことにした。さらに言えば「知らない事」の素晴らしさについて、それを「情報」がグジャグジャに汚し倒すことについて。    今まで明確にいったり書いたりしたことはないが、僕は「城」が嫌いだ。神社や仏閣は好きだ。というか僕の日常と繋がっているし、浄化される。これは国を選ばない。    僕のことを博愛だと思う人がどれぐらいいるのかわからないが、博愛な方だとは思う。「なので=博愛だと思われたいから」黙っていたわけではないが、僕は、「城それ自体」「城という概念」更には「城が好きな者」が全身が痒くなるぐらい嫌いだ。「一国一城の主」という昭和のクリシェを聞いただけで脛の辺りが猛烈に痒くなってバリバリ掻いて血だらけになってしまう。    ロンブーの敦のことがずっと大好きで、というか、もう随分と芸能人、特にその省略形とも言える「芸人」に会ってきた
ビュロ菊だより
「ポップ・アナリーゼ」の公開授業(動画)、エッセイ(グルメと映画)、日記「菊地成孔の一週間」など、さまざまなコンテンツがアップロードされる「ビュロ菊だより」は、不定期更新です。