抹茶さん のコメント
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今、トランプが「これで最後だ。あいつ(ら)とはもう関わりたくないんで」と「それ、別れ際の恋人のセリフじゃん」みたいな事までとうとう言い出したぞと思いながら、熱中症に備えて「なぜ?」と思いながら、ヒカキンが作った麦茶を飲んでは「とても旨い」と思ってびっくりしているわけだが(びっくりしているうちに飲み終わってしまう)、誰にだって、「こいつらこの話出たら止まんなくなるな」と内心で思った。という経験はあるはずだから、逆に「え?こいつらこんなにこの話で盛り上がるの?!」という経験も併せ持っているだろう。人の経験はそのほとんどが合わせ一本というか、半音と半音で全音というか、そういう形を採るが、ほとんどの主体は「併せではない」と思っている。
と、最近になって「え?なんか良いじゃん」と思ってきた。と書いたばかりの X だけれども、やはり期待通りというか、スージーなんとかいう人が(僕はスージーと言えばスージー甘金しか知らないんだけれども、もう70過ぎでしょ。まだ描いておられるのだろうか。そして、「さよならノワール」見たら、僕の PC がもう「理10号」としか変換しなくなってしまった、確か利重剛、、、、で合ってるかな?と荒川良々が出ていて、どっちも、そこそこのおじいさんなのだけれども、自分が荒川良々の10コ以上上で、理10号と2つしか違わないと知って、今更ながら小びっくりした。これは「びっくりの、、、ええと<小>で」と言い換えても良い)藤井風を「 AI の最後の敵」と言って盛り上がっていると書いてあって、「そこまで落ちたか笑。何か、己を含め、誰もかもが笑」と思いつつも「なんか、自分たちの世代にしかわからない<気が利いた物言い>の<腹が立つ版>の方だよな」とも思い、何だこの感じ?と思っていたらミュージックマガジンだった。
ついさっき、のどが渇いて目が覚めて、お茶を飲んでのどを潤し、ぐだぐだしていた時にふと、まだ聴いてなかったルアンさんの『あたしをつくらないで(上)』を聴きました(今更で申し訳ありません)。普段すごい音楽を聴いた時には、「うおー」とか「やばいやばい」とか漏らしてしまうのですが、衝撃で言葉を失いました。自分の乏しい音楽体験を振り返っても、こんなに心を掴まれた作品はどれほどあったかと思う程です。
具体的にはいつ頃からなのか、コロナ禍からなのか分かりませんが、特定の年代や特定のジャンルへのリスペクトやノスタルジアを彷彿させる作品が蔓延する一方で、「新しさ」や「まさに今」という感覚を、音楽――とりわけポピュラーミュージックと呼ばれるもの――に抱く機会は少なくなっていました。本作を聴いて自分の中にあった音楽の基準や感覚そのものが更新された思いです。本当に素晴らしい音楽をありがとうございます。
「AIにとっての最後の敵、つまりボスキャラは人間のフィジカルだということ。ということは、日本の音楽シーンにおいて、AIにとっての最後の敵は藤井風のライブということになる。(記事本文より抜粋)」という、AIに関して粗雑な理解のまま、上澄みだけを取り上げて<日本の音楽シーン>なるものを画定し論じた記事に騒ぐのではなく、多くの人が本作を聴いてもっともっともっともっと騒ぐべきだと思います。
新音楽制作工房メンバーズ・ファイルの更新を楽しみにしております。
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