【私の偏愛・第3回】
XANVALA 巽

私の愛する『ヴィジュアル系バンド』について。
「“俺も絶対そっち側に行きたい”って、その瞬間に思ったんです」


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取材・文:Miyu
LIVE PHOTO:Megumi Iritani


VISUNAVI Japan新連載「私の偏愛」では、アーティストの頭の中を占める「偏愛」にフォーカスし、その魅力について“爆語り”してもらう。第3回目に登場するのは、XANVALAのボーカリスト・巽。彼が愛するものを尋ねたときに出てきたものは「ヴィジュアル系バンド」という、あまりにも純粋な回答だった。大のヴィジュアル系ファンだという巽。まるで少年のようにシーンへの愛を熱く語る彼は、まさに“ヴィジュアル系への愛の塊”のような人物であった。これを読んだあなたも、きっと同じことを思うだろう。




――AGNIツアーも残すところあとファイナルのみ(※インタビューは7月初旬に実施)ですね。ツアーを回ってきていかがでしたか?

今回は新曲の「災」をセットリストの要としたツアーでした。ツアーの初日って新曲があったりで、自分たちもフロアも固くなりがちなんですね。とくに今ツアーはZ CLEARがオープニングアクトとして一緒に回るという初の試みだったので、今回もそんな雰囲気になるかなと予想してたんですけど……結果、全然固くならなかったんです。

――それはどうしてだったんでしょう。

俺たちがツアー初日だからといってガチガチになっちゃうと、お客さんも固くなっちゃうことに改めて気づいたんですよね。それで今回は「もう行くとこまで行こうよ」って、初日からロケットスタートみたいな感じで行ったんです。コンセプト面でも「いつもよりさらに灼熱にしよう」という思いが強くあって、ガンガン行ったらお客さんも同じように返してくれて。そこからライヴの回数を重ねて新曲の「災」が育っていくにつれて、ツアーそのものも育っていった感覚です。メンバー間でも「ここで声出そうよ」とか「ここはお客さんがもっと返してくれるかもしれないから、こっちももっと行こうよ」みたいなやりとりがたくさんあって、新曲が一曲だけでもバンドとして新しい面がたくさん出てきたツアーになりました。

――新曲「災」が加わって、セットリストはどう変化しましたか?

セットリストに関しては、そのツアーごとに“このセクションは絶対にやろう”というのがあって、今ツアーでは「残火」から「アーティスト」という流れは絶対に入れていました。今回は、新曲の「災」がメインコンセプトで、そこから派生した別のテーマがツアー名に掲げた「AGNI(火の神様の名前)」なんです。そのテーマと関連するのが「残火」という曲なんですけど、この曲は、俺が好きなバンドからもらった夢を紡いでいくという曲なんです。このAGNIツアーで感じた熱を、オープニングアクトを務めてくれた後輩のZ CLEARに紡いでいけたらいいなという思いも込めて、このセクションを入れました。

――なるほど。じゃあその「残火」に入っているのが、これからお話いただくバンドさんになってくるんでしょうか。

そうですね。残火の歌詞には、自分が好きなバンドの曲のフレーズとかがめっちゃ入ってるんですよ。ただ、曲デモの段階であったメロディーがレコーディングの時に2バンド分ぐらい削られてしまって、それがちょっと悔しかったですけどね。

――1バンドじゃなくていろんなバンドの要素がちょっとずつ入ってるってことなんですね。
多分10バンドくらいかな。「残火」の中に入ってるアーティストと対バンするときは、絶対にやっている曲です。

――すでに対バンも果たしているんですね、あとで詳しく伺うのが楽しみです。この記事が公開される頃には先の予定も発表されていますが、この先バンドとしてどんなふうに歩みを進めていきたいと考えていますか?

今はアルバムの制作を進めているところで『CRITICAL』っていうタイトルになるんですけど、それに派生したツアーを11月から回ります。初めて見る人にはぶっ刺すような、そして今すでに好きになってくれている人はさらに深みにハマっていけるような、そういうCRITICAL、つまり“会心の一撃”みたいなものを与えられたらと考えています。バンドも7年目に入ってきて、中堅って言っていいのかわからないですけど……この7年間でXANVALAらしさというものが出来上がってきたと思うんです。なのでそこで満足せずに新しいものを生み出しつつ、今あるものはさらに深く掘り下げて、バンドとしてもう一回羽化ができたらと思っています。

――その“XANVALAらしさ”というのを巽さんなりに言語化するとしたら、どんな感じでしょう。
うちのバンドっていろんなことができるんですよ。楽曲の振り幅が広いって言ったらちょっとありきたりですけど。自分たち自身はどの曲ももちろん全部好きなんですけど、リスナー目線だと一曲でも刺さる曲があれば、それが入口となって他も聴いてくれたりするじゃないですか。そうしていろんな曲がある中で、リスナーそれぞれの一番深い部分に刺していけるバンドになれてきたのかな?というのが、今のXANVALAらしさですかね。いろんな人から“XANVALAは王道”って言われるようになってきたんですけど、自分たち的には全然そんな気はしてなくて。王道って言ってくれるんだったらそれにあやかろうかな、ぐらいの感じです。

――人それぞれに人生があっていろんな状況がありますけど、曲数が増えるにつれて、どんなときに聴いてもハマる曲ができてきたのかもしれないですね。

だと嬉しいですね。俺、自分が「かっけえ!」と思って見せてもらった夢を、自分も見せられるようになりたいって気持ちが大きくて“自分が好きだったものを紡いでいく”っていうのが一番の夢なんです。
――すごく素敵な夢ですね。巽さんがヴィジュアル系と初めて出会ったのはいつだったんですか?
人生で見た初めてのライブは、13〜14歳のときに観たMIYAVIさんでした。ツアーで(浜松)窓枠に来てて。人生で初めて見る芸能人だったんですよね。地元の浜松だと、芸能人がそこら辺を歩いてるとかもないんで。

――多感な時期にMIYAVIさんを生で見るってなかなかの衝撃だったでしょうね、きっと。MIYAVIさんとの出会いのキッカケは?

周りの友達もみんなヴィジュアル系が好きだったんです。中一ぐらいでthe GazettEに出会って衝撃を受けて、ヴィジュアル系はいろいろ聴いてたんですけど、友達が勧めてくれてMIYAVIさんに出会いました。こんな何でもアリな人いるんだって驚きましたね。当時「歌舞伎男子」とかあの辺りかな、友達みんなでカラオケで歌ってました。あるとき、小中と一緒で俺にヴィジュアル系を教えてくれた友達が「MIYAVIが浜松に来るからチケット取って行かない?」って誘ってくれたんです。MIYAVIさんとBoboさんの二人でツアー回ってるとき……「SURVIVE」とかあの辺りですね。そいつと二人で窓枠に行ったのが人生初ライヴでした。だから、その友達にはすげえ感謝してるんですよ。そいつがずっとバンドでボーカルをやってて、二人ともボーカルだから「一緒にバンドやれないね」とか言って、未だに仲がいいんです。

――人生で初めてのライヴはどうでしたか?

MIYAVIさんがぶわーっと走って出てきて、いきなりでっかいジャンプをして、頭を振り乱しながらギターをガンガン弾いてて。「やばー!くっそかっけー!」ってなっちゃったんですよ。そしたらその時点で、俺にとって窓枠のステージがものすごく特別な場所になって。“俺も絶対そっち側に行きたい”って、その瞬間に思ったんです。本当は、最初ギタリストになりたくて。

――やっぱりそれはMIYAVIさんのギタープレイに憧れて?

そうですね。あと、ギタリストを好きになることが多かったんですよ。NIGHTMAREの柩さん、Alice Nine.のHIROTOさん、あとvistlipの海さんとか、かき鳴らす系のギタリストが好きで。結局ギターは、Fのコードで挫折したんですけど(笑)。でも歌うことだけは小さい頃からずっと好きで、家で一人でポルノグラフィティとか平井堅さんなんかを歌ってた子でした。それで改めて「やっぱり歌うのは楽しいな」と実感した頃から、自分がやるならボーカルだなと思ったんです。そこから高校に上がって、ちょっと現実を見るようになって「将来は美容師になる」って言ってたんですよ。でも高3になったときに「俺、このもやもやした感じをずっと抱えながら生きていくのかな」と思って、やっぱり音楽をやろうと決意したんですよね。それで東京の専門学校に行くって言って進路変更して。

――じゃあ、高校生時代はとくにバンドはやってなかったんですね。

やってなかったですね。バンドの組み方もわからなかったし、家で歌ってるだけでした。高3あたりで音楽をやると決めてから、コピバンを始めたんです。その後、俺にヴィジュアル系を教えてくれた友達とバンドを組んでたドラマーが、俺と同じ東京の音楽の専門学校に行くって聞いて、そいつと一緒に上京したんですよ。そして、そこで宗馬と出会うんです。

――宗馬さんとは音楽の専門学校で出会ったんですね!クラスメイトみたいな感じですか?


あまりにディープな巽のヴィジュアル系話はここから先、会員ページへ続く…