田畑 佑樹さん のコメント
このコメントは以下の記事についています
木の葉を隠すには森の中。とチェスタートンが言ったとか言わないとか。僕はマイルスとゴダールと筒井先生に関しては大っぴらに話しているし実践もしている(かなり露骨に実践しているのだが、ほとんどの人に指摘されない。チェスタートンの言う通りになっている。逆転的に)。が、何か、飲み食いに関しては「実家が料理店だから」という家系一筋にしておいても誰も不思議がらないので、ずっと伏せていたが、ほとんど全て玉村豊男と嵐山光三郎だ。本当に、ほとんど考え方は一緒じゃないかと思うほど影響を受けている南伸坊と呉智英は、驚くほど食い物の話はしない。中野香織さんも、どんどん服に特化しておられるし。僕がパンチラインにしている「本当に美味いものは<うわあ、なんだこれ、すごい凄い>と思っているうちに食い終わっている」というのは玉村豊男の言葉である。
では敵、というか対偶に誰がいるか?ボスが伊丹十三で下っ端が田崎真也なのだが、まあ、なんというか、ため息ばかりが深くなる残暑ですよね。書くだけで。
ご返信をいただきありがとうございます。
「政治家っぽい名前」の話題で思い出した(今夏はMAやバーンなど政治専が食いつきやすい話題ばかり膾炙していたので書き漏らしていた)ことがあります。それは、レーニン(Lenin)を英語で読むとき、ほとんどの場合 Lennon と同じ音になることです。
実際、英語による社会主義解説系のYouTube動画の音声を自動字幕化させると Lenin は Lennon になりますし、あと(いま検索して知りましたが)10年前にウクライナの「レーニン通り」が「レノン通り」に改称された、という話まであります。
「ようジョニー、お前の姓の音はレーニンと同じだよな。ミドルネームはチャーチルなのによ(笑)」「おう面白いじゃねえか、じゃあいつかコミーのアジビラみたいな文体で平和の歌やってやるわ」
↑みたいなワルい友達との会話を、アイルランド系イングランドの労働階級出身のレノンは(世界的に売れてからも)当たり前に持っていたと思われ、それが後の『Imagine』を作品化するモチベーションのひとつになっていた可能性も容易に考えられます。
なので、「想像せよ、全人民が〜」という命令形連発の歌詞を、日本人のパートナーから借りた文体で書き、その口調にもかかわらずアジテーション皆無でピアノバラードにする。というレノンの工夫自体が、自覚的なボケ=ツッコミ待ちであり、あの曲が出た時代の厭戦気分によって「平和の歌」のシリアスさだけが歓迎され、20世紀末までその調子だった(ツッコミが来なかった)と考えられます。
以上を前提すると、A Perfect Circle 版の『Imagine』は「まあ感動的なピアノバラードでもいいけれどね、あの言い方をごく真面目に受け取るとこういうサウンドになるよ」と、元の文体に忠実なアレンジを施しただけであり、党大会っぽいヘヴィなサウンドも逆張りでなく歌詞そのものを尊重しただけだったんだな、と(APC版のカバーはもう20年くらい聞き続けていますが)いまさら納得しました。Ministry(省庁)という名の反ブッシュ主義バンドが90年代にブレイクしたのも、APC版のイマジネーションになっていたかもしれません。
(ところで、YouTubeにヴィレッジ・ピープル『YMCA』を短調にしたバージョンが上がっているのですが、「ソ連のアンセムみたい」「Young Men's Communist Association」などのコメントが付いており、短調の合唱歌=ソ連性 の想起が未だに有効なものとして大衆的に共有されていることがわかります)
以上のような話を来月のゲンロンに持ち込んだら、「なに言ってるんですか? この話がどこに行くのかわかんないんですけど」と東さんに返されるのか・それとも存外に盛り上がるのかは解りませんが、いずれにせよ晩夏の夜に相応しい、涼しくて楽しい話題だと思います(笑)
というようなことを思い出していたら、町山智浩がXで "ドリー・パートンは2005年〔引用者註:APC版の翌年〕にジョン・レノンの「イマジン」をカバーしました。当時はブッシュ政権の〜" という投稿をしていて、もう、日本の政治×音楽の論って血の気が引くほど平和だな、というところにオチがつきました(笑)
Post