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とりあえずはトークから始めよう。そう決めた。
「崇城さんって小中は普通に行ってたの?」
「当たり前でしょ。最低限の学力と社会性は身につけさせるわよ」
「やっぱりそうか。IMPOの子供だけが入れる、秘密の私塾があるとかも想像してたけど」
「そんな面倒なもの作らないわよ。……それに親がIMPOだからって、子供も必ず組織に入るってわけじゃない。才能が遺伝しないことだってあるし、あってもそういう生き方に興味がない人も出てくる」
「じゃあ、崇城さんはどうして?」
崇城は箸を止めて、冷ややかな視線を向けてくる。
「少しくらいの雑談には付き合ってあげるけど、私の内面にまで踏み込もうとは思わないことね」
「ん、了解。でもこうして聞いていると、IMPOって純粋に職業だよね。普通に給料出るし、徴兵制みたいに強制されないし、熱意と才能さえあればいつでもOKっていう」
「ざっくりしすぎだけど、間違ってはいないわ。殉職の可能性は、一般の警察よりもだいぶ高いと思うけれど」
「……怖くはない?」
「さっき言ったこと、もう忘れたの?」
「ごめん」
零次は食事を進めながら考える。どうすれば崇城はもっと打ち解けてくれるのか。
答えは簡単に導き出せた。自分と一緒にいることがメリットだと思わせればいい。まずはギブアンドテイクの関係から入るのだ。心を通わせ合うのはそれから。
僕は崇城さんに何を与えられるだろう。この子が好きなもの、好きなことは何だろう――。
ニャンだろう。
「そういえば猫の動画は見てる?」
「な、何よ」
一気に動揺した。この方向性で攻めまくることに決定。
「まあ、その、見てる。教えてもらうまでネット動画とか全然興味なかったけど、今じゃわりと」
「それはよかった!」
「……なるほどね。わかったわ、あなたの魂胆が」
「ん?」
「おすすめの動画をもっと教えてやるから仲良くしよう、とか言うつもりだったんでしょ。そんな必要はまったくないからね! 人気のあるやつはだいたい制覇したんだから」
「そっか……」
「もうあなたに教わるものなんてないわ。むしろ動画だけじゃ物足りなくなってたところよ」
こんな他愛ないやりとりで、ちょっと勝ち誇ったような顔をしている。相当にストレスが溜まってるんだろうなと思った。
ふたりとも弁当を食べ終えた。崇城はさっさと教室に戻ろうとベンチから立ち上がる。
もう話すことはない、そう思わせたところで、零次は逆転不可避の一手を放つ――。
「僕の姉さんがゲームクリエイターってことは覚えてる?」
「それがどうしたの」
「もし崇城さんが望むなら、猫がテーマの楽しいゲームを作ってくれるように、お願いしてあげてもいいんだけど」
「なんですって?」
直後、わかりやすい反応をしてしまった自分を恥じるように顔を背ける。ややあって、ベンチに座り直した。
「私、ゲームなんてまるでやったことないんだけど」
「興味あるんだ?」
「は、話だけは聞いてあげようっていうのよ。とにかくゲームなんてやったことないの! いくら猫がテーマだからって、ややこしいものじゃ食指は動かないわ」
「大丈夫だよ。姉さんの作るゲームって、まさに初心者がターゲットだから。画面をタッチするだけでどんどん進んでいくような」
「……時間かかるんでしょ、ゲーム作りって。何ヶ月もかかるようじゃ取引は成立しないわ」
「聞いてみないとわからないけど、一ヶ月もあれば充分なんじゃないかな。普段からかなりハイペースで作ってるから」
むむむ、と崇城は渋い顔をする。
あっさりと誘いに乗ってしまうのはプライドが許さない。だけど心引かれずにはいられない。竜巻のような葛藤が彼女の体内で暴れ回っている。
女の子と仲良くなるのに、こうした形の取引は卑怯だ、とは思わない。
きっと恋愛とは戦いなのだ。純粋な気持ちだとか誠意だとか、目に見えないものだけで勝負してはダメなのだ。時にはしっかりした戦略に基づいたアプローチが必要なのだ。
確実に言えるのは、尋常な手段では崇城との関係は進展しないということ。有効なカードを出し惜しみしている場合ではない。
「しょ、しょうがないわね! そこまで言うんだったら、放課後あなたに付き合ってあげるわ。ショッピング程度なら別に」
「ありがとう。でも今日のところは家に来てくれないかな」
「なんで! ま、まさかエターナルガードがあるのをいいことに、変なことをするつもり?」
「んなわけないでしょ! どんなゲームがいいのか、姉さんに直接伝えてってことだよ」
「そ、そういうことなら……」
そんな方法もあるのか。一瞬だけそう思ってしまったことを反省した。