ソニーが開発し、米クラウドファンディング“Indiegogo”で出資を募集していた多機能タグ『MESH』の出荷が始まっている。小さなブロック形状のタグを別のモノと組み合わせ、効果を生み出せる新しいコンセプトのツールだ。スマートホームデバイスを自作するもよし、子供のおもちゃをつくるもよし。何にどう使うかは、ユーザーの発想力次第。従来の電子工作キットとの違いをプロジェクトリーダーの萩原丈博氏に訊いた。
週刊アスキー6/2号 No1029(5月19日発売)掲載のベンチャー、スタートアップ企業に話を聞く対談連載“インサイド・スタートアップ”、第26回はソニーの新規事業“MESH project”について、ソニー新規事業創出部事業準備室の萩原丈博統括課長に、週刊アスキー伊藤有編集長代理が直撃。
↑左から加速度センサー、ボタン、GPIO 、LEDの4種類。iPadアプリ『MESH Canvas』で各タグの連携や動作を設定する。コードを書く必要はなく、ビジュアル言語でプログラムをつくる。
■日常生活の課題を解決するツールから“つくること”にフォーカスした多機能タグへ
伊藤:MESHプロジェクトのきっかけを教えてください。
萩原:2012年に社内公募で、シリコンバレーのスタンフォード大学に留学しました。さまざまなスタートアップが続々と生まれる環境のなかで、弊社でもよりオープンな方法で新規事業ができないか、と考えました。
伊藤:“自分でつくれるIoT”というアイデアは、そこで生まれたんですか?
萩原:その時点ではまだ。シリコンバレーで新事業を始めた方々は、まず自分がほしいものからアイデアを膨らませていたので、私も自分がほしいものってなんだろう? と考えました。
伊藤:そのあたりは大学らしい。企業にいると、まず市場調査から入ってしまいますよね。
萩原:私は朝が弱いので、目覚まし時計のストップボタンだけ洗面所にあったらいいな、と考えました。しかし、自分にはハードウェアをつくる技術がまったくなかったのです。
伊藤:最近、そうおっしゃるハードウェアスタートアップの方、意外と多いんです。でも、つくってしまうんですよね……。
萩原:もうひとつのアイデアは、トイレや冷蔵庫の扉に付ける加速度センサーです。長期の出張中に、ドアの開閉で離れて暮らす家族が元気かどうかがわかる。簡単な仕組みなのに、手軽に使えるものはありません。
伊藤:今は“スマートホーム”というキーワードが出て、スマホやカメラとつながるセンサーデバイスも出ていますが、2012年当時は少なかったでしょうね。
萩原:そうです。身の周りで役立つハードウェアスタートアップが海外で立ち上がりはじめたのが、ちょうどそのころです。
伊藤:プロトタイピングはどういう部分から始められました?
萩原:まず、自宅のプリンターでスピーカーやセンサーの絵を印刷したカードをつくり、家のあちこちに張ってみました。
伊藤:ビジュアルプログラミングをリアルな世界で物理的にやるということでしょうか?
↑動かすとツールもすぐに反応。振動させると、iPad上のプログラムツールも反応。効果を体感しつつ、楽しみながらプログラムをつくれる。
萩原:というよりも、身の周りにある既存のモノに機能を追加する、DIY的な発想です。“ここにスピーカーがあったらいいな”、“センサーでモニタリングできたらいいな”といったアイデアをイメージするためです。知人にもシールを配り、アイデアを聞いてまわりました。
伊藤:アイデア発想法ですね。
萩原:結果、みんなそれぞれが異なる、個別の問題を抱えていることがわかりました。
伊藤:ひとつの方向にまとまらなかったわけですか。
萩原:はい。多くの人がほしがるものでなければ製品化は難しい。では、どうすればビジネスになるのかを考えつつ、家でプロトタイプをつくっていたところ、振ると音が出るセンサーボードで子供が遊び始めたのです。
伊藤:これ自体は、振ると音が出るただのボックスですね。
萩原:自作の剣につけて振ると音が出るようにしたり、恐竜の人形に入れて「ドシンドシン、ガオー」っと鳴らすなど、次々にアイデアが出てきました。
伊藤:ドラマのような美しい話。子供の発想力って凄いなぁ……。
萩原:“つくる楽しみ”というのは誰もがもっています。子供のころから絵や手紙の交換、部屋の装飾など、日常的に楽しんでいる。デジタルの分野でできないのは、技術がそこに至っていないから。それまでは、生活の課題を解決するツールとして考えていましたが、“つくること”にフォーカスしたのが、多機能タグへの転換点になりました。
伊藤:想像力を刺激する新しいデバイスがあれば、モノづくりの楽しみ方が広がりそうです。
萩原:既存のモノにタグをくっつけると、振動を検知して、光らせる、音を鳴らす、スイッチを入れる、など、いろいろなことができるようになります。
伊藤:ビジュアルプログラミングのアイデアはどの段階で?
萩原:プログラミング環境の開発に着手したのは、2013年に入ってからです。複数のオープンソースを組み合わせて、プロトタイプをつくりました。
伊藤:ビジュアルプログラミングにしたのは、子供にも使えるようにするためですか?
萩原:子供に限らず、誰でも直感的に使えるように。たとえばプログラミング言語『Scratch』は、プログラムに忠実につくられていますが、MESHではループや分岐などを省略しています。タグの向きによって鳴らす音を変えるプログラミングでは、if文で分岐させるのが一般的。MESHは“向き”のオブジェクトを線でつなぐことで音の種類を切り替えます。
伊藤:いろいろな機能タグがありますが、ひとつのタグに機能ひとつと決めていたのですか?
萩原:機能ごとのタグ、というのはコンセプトにありました。
伊藤:複数のブロックを組み合わせたり、複雑なプログラミングをしなくても、いろいろな使い方ができるのがいいですね。
萩原:ソフトウェア側には録音機能があり、さまざまな音や声が出せます。加速度センサーによる動きと音の組み合わせだけでも無限のバリエーションになる。さらに、出力機器のタグにモーターなどをつなげば、より高度なこともできますよ。
■SXSWではAgICとの共同ブースでプリンターで印刷された電子回路とコラボ展示
伊藤:モーター以外では、どんなものがつくれますか?
萩原:デジタル入力と電源処理をつなぐと、簡単なスイッチになります。小学校の理科で勉強する、豆電球を光らせるような回路が簡単にできます。
伊藤:AgICさんの電子回路印刷プリンターと組み合わせたらおもしろそうですね。
萩原:先日のSXSWでは、コラボ展示させていただきました。
伊藤:AgICさんとの共同展示でしたよね。
萩原:電子回路と埋め込んだ大判壁面プリントに、出力機器と音をつないだ装置を展示しました。AgICのプリント回路を張り付けたガラスの筒にMESHが入っており、枯山水の庭をイメージしたプレートに置くと音が鳴るものです。
伊藤:海外の展示では、和の雰囲気って大事ですね(笑)。
萩原:今年は日本のブースがいちばん盛りあがりましたよ。
伊藤:SXSWのお客さんには、MESHとは、何に使うものとして伝わったのでしょう?
萩原:デザインやイノベーション分野のツールでしょうか。ワークショップや事業の立ち上げ、映画の舞台装置づくりのプロトタイピングなどに、興味をもたれた方がいらっしゃいました。
伊藤:MESHって、いろんなことができそうなんだけれど、大人は難しく考えるかもしれません。子供の方が自由に発想して楽しめたりしません?
↑MESHで動くお絵描きタコロボット。ペットボトルに振動モーターとなるMESHをつないだ入出力装置とマジックなどを張りつけた、タコのようなおもちゃ。加速度センサーを振ると、くるくると回りながら絵を描く……。
萩原:4月5日に、六本木で小学生の中高学年を対象にしたワークショップを開催したところ、非常に盛りあがりました。インターフェースが英語なのが心配でしたが、まったく問題ありませんでした。
伊藤:参加した子供たちは英語が読めたのですか?
萩原:アイコンの絵で認識していたようです。印象に残ってるのは、開始10分後くらいには、おはじきのように当てると音が鳴る遊びを始めていたことです。
伊藤:良い話! 子供は発想が柔軟ですし、面白いと思ったときの集中力がスゴイですね。
萩原:自作の迷路にMESHタグを置いて、落とすと音が鳴るゲームなど、3時間ぐらい集中してつくり続けていましたよ。
伊藤:いっそのこと、教育ガジェットと言ってしまうのは?
萩原:教育分野からの問い合わせは多いですが、我々としてはプログラミング教育よりも、デザイン教育のツールとして活用できないかと考えています。
伊藤:確かに、MESHのUIはシンプルで、あまりプログラミング環境っぽくありませんね。
萩原:プログラミングは手段なので、それだけになってほしくない。モノづくりのアイデアを直感的に形にするためのツールとして使ってほしいです。
伊藤:クラウドファンディングの支援者600人ほどに出荷されるわけですが、今後、正式に製品化されるのでしょうか。
萩原:2015年中の製品化を目指しています。まずは直販ですが、ソニーの販路だけでなく、MESHを体験していただける場も模索しています。
■ソフトのSDKとGPIOの仕様を公開、ユーザーが自由に機能拡張できる
伊藤:クラウドファンディングでは、どのような方が購入されたのでしょうか。やはり教育関係者が多いのですか。
萩原:ロボット教育に使いたいという声をいただいています。可動部分がないのでロボットっぽくはないけれど、相互作用を体験することで自由な発想への入口になる。また、工業デザインなどの分野では、プロトタイピングを教えたいが、プログラミングから始めると、そこで授業が終わってしまうのが悩みだったそうです。
伊藤:理系の学生でなければ、ハードルが高いですよね。
萩原:もちろん電圧や抵抗などの原理も大事ですから、Arduinoなどを使う授業もするべきでしょう。ただし、そこはとりあえず置いておいて、デザインの授業などで本質的な部分だけを体験したいときに、MESHはちょうどいい。
伊藤:デザインの体験。
萩原:私たちは“ユーザーエクスペリエンス”、“UXデザイン”などと呼んでいます。
伊藤:小さなブロックをつなぐタイプのプログラミング教材はいくつかあるけど、MESHは単体で使えるのがいいですね。
萩原:モノづくりを学ぶための教材は増えてきましたが、手段ごとに細分化されてしまうのは少し残念。新しいモノをつくり出すデザインの楽しさを教えるには、MESHが役に立つのではないでしょうか。
伊藤:APIのオープン化は?
萩原:ハードとしては、GPIOの仕様を公開して、拡張できるようにします。また、タブレットのカメラやスピーカー、インターネットのサービス、WiFiでつながるデバイスなどと連携させることも可能です。
伊藤:まさに多機能タグ!
萩原:ソフトもパーツを追加できるようにソースを公開します。現在は、開発者向けにSDKを公開する予定で、将来的には一般公開もする予定です。
伊藤:機能を拡張できるようになると、販売サイトやコミュニティーが必要になりますね。
萩原:開発者向け、一般ユーザー向けのコミュニティーのそれぞれサポートしていきたいです。
伊藤:一般ユーザー向けのコミュニティーで、自分の子供のつくった作品を発表しあえたりすると楽しそうですね。
■アイデア満載 MESHはこんなふうに使える!
小さな子供が簡単に使える照明ボタン。点灯と消灯の絵を描いたボタンは加速度センサー入り。ひっくりかえして照明をオンオフできる。 窓のないオフィスでも傘を忘れない。オフィスの椅子に座ると、天気情報のAPIを調べ、傘置き場のLEDの点灯で外の天気を教えてくれる。 センサー2つでゴミの出し忘れを防止。ゴミ箱のフタと玄関ドアにセンサーを設置。ゴミを出し忘れると、スマホへメールで通知が届く。 加速度センサーを取り付けたダンベルを10回持ち上げると、娘の応援メッセージが流れる。株式会社ソニー
新規事業創出部 事業準備室
統括課長 萩原丈博
1978年生まれ。2003年ソニー株式会社入社。ソニースタイル(現ソニーストア)、So-netなどインターネットサービスに従事。2012年、MESHプロジェクトをスタート。
■関連サイト
MESH
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