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◆╋◆ めるまがbonet -2nd season-
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◆ 第19号 13.05.29
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今日はぼんちゃんからみなさんに少しさみしいお知らせがあります。
昨年の創造から半年ちかくつづいた『めるまがbonet』ですが、
これが最終号となります。いままでありがとうございました!
……あー、まってください! そんなに泣かないでくださーい!!
じつは、充電中だった梵天のウェブサイト『bonet』が
リニューアルオープンするんです★ そこでいつでも会えますから
安心してくださいね♪
むずかしい説明は、飼い主の村上くんが明日にもめるまが特別号を
発行するみたいなので、そちらを読んでみてください。
それでは19号をおたのしみくださいー。
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┌─────────────────────────────
├○ 今【1】佐藤心+村上裕一対談 [第3回]
│ 回
├○ の【2】『波間の国のファウスト』用語集
│ 目
├○ 次【3】編集後記(ぼんちゃんのお部屋)
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【1】『波間の国のファウスト:EINSATZ
天空のスリーピングビューティ』 刊行記念
佐藤心+村上裕一対談 [第3回]
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ゼロ年代初頭に「オートマティズムが機能する」で美少女ゲーム批
評を牽引した佐藤心は、10年代初頭に今度は実作者として美少女
ゲームを刷新しはじめる。2010年の『風ヶ原学園スパイ部っ!』
(Sputnik)につづいてシナリオを担当した2012年の
『波間の国のファウスト』(bitterdrop)は、経済をテー
マとした異色の社会派作品としてその名を歴史に刻んだ。そんな
『ファウスト』の佐藤自身の手によるノベライズ『波間の国のファ
ウスト:EINSATZ 天空のスリーピング』が、この5月に講
談社BOXから上梓された。新ヒロインとともに描かれるのは、ゲ
ーム版の前日譚。律也と白亜が再開する以前の物語。そこで『める
まがbonet』では、ノベル版の編集にも携わった批評家・村上
裕一と、佐藤心との対談を敢行した。ノベル版のコンセプトから制
作の裏側まで、その立ちあげから共闘してきた2人だからこそ語れ
るディープな対話をご堪能いただきたい。
■ゲーム『波間の国のファウスト』あらすじ
経済の楽園とも言われる直島経済特区。そこは世界中の資本が集ま
る島であり、またそれを運用するプロフェッショナルを育成する学
園都市でもあった。特区出身の結城律也は、ロンドンの名門ファン
ドたるストラスバーグ・エリクソン・ロバーツでキャリアを積んだ
後、特区のファンド・マネージャーの頂点争い「ハゲタカ試験」に
挑戦するために、3年ぶりに戻ってきた。だが、そこで争う猛者た
ちというのはかつての仲間たちであり、そして特区に君臨する現ハ
ゲタカは、幼なじみの渚坂白亜であった――。
■小説『波間の国のファウスト:EINSATZ 天空のスリーピ
ングビューティ』あらすじ
特区最強のファンド会社クロノス・インベストメントが社長直属の
戦略投資室を設置するという話を聞いて、世界中から腕に覚えのあ
るエリートたちが集結した。しかしその裏には、現ハゲタカである
白亜を失脚させようというクロノス副会長ヘンリー・ストラウスの
陰謀が蠢いていた。一方、破綻の危機に直面したユーライアス社は、
懐刀である乾朱光をクロノスに送り込み一発逆転を狙おうとしてい
る。白亜、ヘンリー、そしてユーライアスの三つどもえの戦いは、
いつしか世界最高のトレーダーの1人であるピーター・エリクソン
を迎え、全世界を巻き込んだディールへと発展する――。
■キャラクター紹介
○渚坂白亜(なぎさか・はくあ)
クロノス・インベストメント会長。通称「ハゲタカ」。ゲームの主
人公である結城律也とは幼なじみの間柄。律也の姉であるリコに憧
れて、彼女を目指す形で特区のファンド・マネージャーの頂点たる
「ハゲタカ」の地位に上り詰める。
○乾朱光(いぬい・すぴか)
ヴァルゴ社に所属する天才ファンドマネージャー。LTCMという
理論に基づいた運用を行う。ユーライアス社の社長令嬢。病弱なの
で車椅子に乗っている。姉妹のような関係性の黒木司とは、ファン
ド運用におけるパートナー関係にある。
○林康臣(はやし・やすおみ)
ユーライアス社社長。創業事業だったソフトウェア産業の不振によっ
て、債権者のクロノスから事業整理を求められ、窮地に陥っている。
○ケビン・ポールソン
ポールソン&トレードのファンド・マネージャー。今回の事件によっ
て白亜とタッグを組むこととなり、ゲーム本編では片腕として働く。
○滝沢和彦(たきざわ・かずひこ)
前直島銀行頭取。好々爺らしい態度を崩さないが、裏には冷徹な計
算が張り巡らされた、特区の実力者。
○綴カナタ(つづり・かなた)
本土を統治する中央組織「経済安定化理事会」から派遣された特区
顧問。圧倒的な権力を有し、事件の背後から様々な計略をめぐらせ
ていたが、ゲームでは後半までその正体を隠し、学院の生徒という
体で律也のアシスタントとして働いていた。性別不明。
○ピーター・エリクソン
ストラスバーグ・エリクソン・ロバーツの共同会長。金融資本主義
の黎明期にトレーダーとして名を馳せたが、近年はエクササイズツ
ール「トレーダーズ・ブート・キャンプ」の成功で世界的な評価を
得ている。
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「経済特区と本土の狭間で」(3)
佐藤心+村上裕一
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■白亜とカナタの対照性
村上 そしてノベライズから本編に流れ、最終的にクロノス社はけっ
こうヤバいことになっていくわけですね。しかし、今回同社のトッ
プである「ハゲタカ」の座をめぐって外からやってくる大物が何人
かいるわけでして、たとえばボブ・ダイヤモンドみたいな人が登場
しますが、カリスマ性の水準では、彼が束になっても白亜には敵わ
ないような感じもします。
佐藤 とはいえ先ほど言った慶喜の比喩ではないですが、白亜のカ
リスマも決して強固なものではありません。権力とは権限と権威の
複合体であり、カリスマ性とはここで言う権威のことですね。企業
統治の面から考えると、権威が圧倒的に強いのは創業者だと言われ
ます。ソフトバンクの孫正義社長のようなトップダウン型の創業経
営者がいい例ですが、彼らが持っていた力は一般的に代替わりを重
ねていくと弱まっていきます。クロノス社も例外ではなく、ハゲタ
カ以外にも権力が分散してしまった状態にあるとしました。だから
カリスマ性で言えば白亜未満のボブ・ダイヤモンドですが、白亜が
怖れているのはボブ自身ではなく、ボブがクロノス投資委員会で強
大な発言力を持つヘンリー・ストラウスの友人だから、ということ
になっているんですよ。
村上 そうでした。ヘンリー・ストラウスの友人だっていう設定が
後ろで活きてくるんですね。
佐藤 そういう厄介な人物は戦略投資室の応募から排除されるはず
だったのに、白亜の思惑を裏切り紛れ込んできてしまった。とはい
え公明正大にやりますよという建前からブレるわけにはいかず、彼
女は苦渋の末にハゲタカ試験を開始するんです。
村上 ノベライズのそのくだりは「ああ、白亜も切れたな」と思い
ましたね。「ハゲタカ試験を始めます」という声はきっと震えてた
んじゃないですかね。“震え声”ってやつですね(笑)。
その後ケビンを懐柔するためにホテルのラウンジでご飯を食べな
がら大見得を切った後のやりとりは、なんだか白亜も女の子らしい
ところがあるんだな、という印象でした。
佐藤 やはりそういう華のあるシーンもないと(笑)。
村上 ノベライズのキャラクターはみんな張り詰めていっぱいいっ
ぱいなので、エリクソンやカナタを別口にすれば、余裕があるキャ
ラクターは白亜とケビンぐらいしかいないんですよね。そういうギャ
グシーンはむしろ、彼女の器の大きさがうかがい知れるシーンです
ね(笑)。
こうなってくると俄然、綴カナタの謎が強まってくるように思い
ます。ストラスバーグ・エリクソン・ロバーツでもないのに非常に
神秘的な役どころを担っていて、ある種、白亜的な存在の到達点を
体現しているようにも見えるんですね。ゲーム本編でも、「直島に
とりついた悪魔」といった言い方をされていますが、どういった来
歴であの地位までのし上がって、どんな実績や力を持っているのか
ということは基本的に明かされません。
佐藤 まず、カナタには私利私欲がないんですよ。ある勝利条件を
もとにゲームを設定したらその進行どおりに動く。そういう機械的
なイメージで書きました。そして機械のようであるがゆえに、人間
なら当たり前に持っていると思われる欲望や情といった水準に行動
が縛られず、かつハードワークを全く厭わないのでカナタは異常に
仕事ができる。使う側からすればこれほど便利な存在はなく、地位
の高い人間が、横着をして便利使いしているうちに、法体系から外
れたかたちで、実質的な権限をどんどん奪われてしまったという設
定にゲーム本編ではなっています。古典SFではないですが、元々
の主従が逆転してしまい、人間が機械に乗っ取られるイメージです
ね。
村上 なるほど。恐らくそうしたある種の無敵設定のためか、本編
ではカナタが強すぎるし、ドラマも白亜の人間性にスポットを当て
るせいもあってなかなか2人を同じレベルでとらえられなかったん
ですが、ノベライズでは白亜とカナタが好対照であるように思えま
した。オロオロしている白亜に、ドシっと構えているカナタ。でも
考えているレベルは同じであるという感じで。
佐藤 同じに見える部分はあるでしょうね。なぜならカナタは、ハ
ゲタカとしての白亜に強い期待を寄せているからです。その期待ゆ
えに彼女の側に寄り添っているように見えるのかもしれません。し
かし核にあるもの、それを目的と呼ぶなら目的は同じではなく、カ
ナタは白亜を交換可能な存在だと思っていて、そこが決定的なズレ
になっています。あからさまに書いていない部分ではありますが、
特区顧問とハゲタカは一種のパートナーシップ関係でありながら、
その利害は完全に一致していません。もっと言えば、カナタはビジ
ネスパーソンというよりむしろ政治家に近いのです。
村上 確かにカナタには、金を動かしているというより、権力を動
かしているという感じがしますね。
■ジョンメリの萌え化
村上 とはいえ白亜もカナタもノベライズでは脇役なので(笑)、
朱光にも再びスポットを当てましょう。彼女のモデルになったよう
な人物はいるんでしょうか?
佐藤 1998年に破綻した、ロングタームキャピタルマネジメン
ト(LTCM)というたいへん有名なヘッジファンドがあって、そ
れを作ったのが元ソロモンブラザーズのジョン・メリウェザー、通
称ジョンメリと業界では呼ばれている人物です。このヘッジファン
ドは、ノーベル賞学者やFRBの元副議長など、頭脳と政治力を兼
ね備えたまさにドリームチームだったんです。それがアジア金融危
機の煽りを受けて、一気に失墜するんですが、そのLTCMをなん
とかネタに使えないかなということは以前からずっと思っていて、
今回満を持して扱ったという感じですね。このモデル関係は些細な
伏線にもなっていて、朱光の使っているワークステーションには童
話『眠り姫』に出てくる妖精の名前がついているんですが、その1
人がまさにメリウェザーなんです。
村上 黒髪で華奢な車椅子の美少女の元ネタがLTCMだったと。
佐藤 現実離れしたキャラクターだからこそ確固たるモデルが欲し
いという事情はありましたね。また近ごろは三国志や戦国時代を元
ネタにした萌え作品がいっぱいあるし、その中にジョンメリの萌え
化があってもいいだろうくらいの気持ちで(笑)。
村上 本編では小間使いのようなキャラクターだったケビンも、ノ
ベライズでは存在感が格上げされましたね。
佐藤 あっと驚くメインキャラ昇格ですね。絵もついてイケメンに
なりました(笑)。本編で白亜の補佐役をやっていたぐらいだから、
元々メインを張る実力は持っているし、その点では無理やり使った
というような違和感はありません。ただし、本当の実力者、たとえ
ばピーター・エリクソンのような「凄腕」とケビンの間には、日本
プロ野球のレギュラー選手と、殿堂入り確実なメジャーリーガーく
らいの格差はあるので、はっきりとした一線を引きつつ、それに見
合ったドラマ作りは心がけました。
■経済ドラマのリアリティ
村上 ゲーム本編ではあまりなかった、外資との対決感がノベライ
ズにはありますね。ユーライアス社とハゲタカと投資委員会という
三すくみの中にあって、いかにもアメリカ外資みたいなエリクソン
が存在感を放っている。これがないと物語が成立しないというくら
いの重要な動きをしています。
また、そういった動きは現実の状況に即している部分も大きいと
思いますし、現在でも特にアベノミクスがどうだと言われている中
で経済に興味を持ち始めている読者も増えているように感じます。
ノベライズがこうした読者の知的好奇心と実際の経済との橋渡しに
なるような作品として受け入れてもらえればよいですね。
佐藤 そう思います。物語を構成するリアル経済の部分をピックアッ
プすれば、ちょっとした副読本くらいは作れる余地はあるでしょう
ね。同時にリアル経済と、物語上必要とされたフィクションの違い
を解説するようなかたちで。
村上 結構違いはあるものですか。
佐藤 ありますよ。さっきも言いましたが、ピーター・エリクソン
が企業買収テクニックにも卓越している描写とか(笑)。
村上 ああそうか。エリクソンは債券トレーダー出身だから、本当
は専門性で言うとバイアウトビジネスとは関係ないんですよね。
佐藤 それが『ファウスト』世界、特にノベライズでは、ある種の
武術のようにマーケットプレイヤーの心得のごとく描かれています
(笑)。専門家に突っ込まれたら「ここはフィクションです」とい
う点は多々あるのですが、完璧なリアリズムと面白さ、わかりやす
さは往々にして相反しますしね。最初は僕もそのバランス感覚に悩
んだ時期がありました。でもあるとき、『キャプテン翼』のことを
思い出して吹っ切れたんです。
村上 『キャプテン翼』ですか。
佐藤 ええ。『キャプテン翼』にはゴールネットをボールが突き破
るという有名なシーンがありますよね。多くの少年読者の心をわし
づかみにしたあの破天荒な描写は、作者の高橋陽一さんがサッカー
に詳しくなかったからこそ描けたのだというエピソードです。同じ
サッカー繋がりで、『少林サッカー』を観て「リアリティがない」
という文句は誰も言わないじゃないですか。その点『ファウスト』
はまだまだ『少林サッカー』ほどはじけてないと言ってもいいくら
いです(笑)。
村上 確かに金融用語って必殺技っぽいんですよね。金を使って実
際に魔法のように影響力を行使するので、少し中二病っぽいところ
はあると思います。魔法が登場するわけではないのですが、まさに
現代の魔法として、一般の読者の想像力を超えたところで力を発揮
しているジャンルが「経済」でもある。
■「収斂」する物語
村上 僕は、「金融」「経済」をテーマとしたライトノベルをあま
り読んだことがなかったこともあって、ノベライズ作業に関しては
「面白い! 早く続きを書いてくれ!」としか言ってこなかったで
すね(笑)。『ハゲタカ』も登場人物の毒々しい来歴や因果関係が
絡まりあっていて、どうしても軽やかではないなという印象があり、
それはそれでよいとしても、『ファウスト』のある種のジャンル的
豊かさには独特の面白さを感じていました。あとは個人的に群像劇
が好きなので、1つの事件をめぐって動く中に明示的に核心を描く
のではなく、だんだんとその核心が見えてくるさまがいいんですよ
ね。『ファウスト』のノベライズでは、そういった「収斂」が描か
れています。
佐藤 「収斂」、つまり裁定取引で言うところの「コンバージェン
ス」ですね。本来同価値なモノに2つの値段がついてしまっている
とき、それらは必ずひとつの値段に収斂するというのが裁定取引の
ベースになるモデルです。トレーダーの朱光を主人公格に描こうと
決めたとき、彼女ならではのドラマの作り方も考えました。だから
ご指摘のとおり、ノベライズには全体の物語の「収斂」がまずあっ
て、ついで朱光というキャラクターの物語が「収斂」するという2
つのコンバージェンスを扱う構造になっています。
村上 後者は作中では「割安な愛、割高な計算」となっていました
ね。
佐藤 人間にとって愛と計算、感情と合理性は、しばしばコンフリ
クトの原因となる行動原理ですが、それらのせめぎ合いが人間の欲
望を構成するのだと言ってもいいと思います。そして双方が収斂さ
れたとき、人はかつてない調和に到達するというイメージが僕の中
であるんですよ。
村上 欲望の物質化ということで貨幣があるとして、貨幣の情報化
としてマネーがある。他方で愛も欲望には違いないから、マネーを
めぐるエピソードを媒介として、両者のトレード関係を描けるんじゃ
ないか、という感じですか?
佐藤 そうですね。深入りすると結末のネタバレになるので、「愛
が割高で計算が割安」という逆のパターンを考えてみましょうか。
この場合、人間関係で言うところの「依存」や「虐待」がすぐに浮
かびます。合理的、つまり客観的な目を持った周囲には暴力としか
映らない行動が、当人にとってみれば愛情の一種と理解されていた
りする。いずれも調和からはほど遠い状態にあるのは明白です。
村上 今のような言葉遣いはまさに現代思想的ですが、金融的な抽
象性が高まってきた結果、本来は種類が違うはずの現代思想的な抽
象性と交差するというのはなかなかスリリングですね(笑)。実際
僕も話を聞きながら『贈与論』のマルセル・モースや、ポトラッチ
について言及していたレヴィ・ストロースのことを思い出していま
した。とはいえ、そこには余計なロジックを制限するという佐藤さ
んの抑制がきいていたわけで、そういう衒学は登場しません。でも、
そういったことが垣間見える小説になっていることは間違いないと
思うので、いろんな方が楽しめるものにはなっているはずです。
佐藤 いわゆる深読みにあたる部分でしょうけれど、考察を深めて
いただくことは作品にとって大変な幸せです。そもそも考察や作品
語りは楽しい営みですからね……。とはいえ作者が語りすぎるのは
ほどほどにすべきでしょうし、僕は粛々と「次」の企画作りに専念
していこうと思います。
■「本土」と「直島」の狭間で
村上 最後になりますが、次回作の構想などはおありですか?
佐藤 具体的なことはまだ決まっていませんが、書き手としての素
朴な欲望としてはいつか「本土」の話を描いてみたいとは思ってい
ます。
村上 直島経済特区と対比される「本土」ですか。
佐藤 ええ、その「本土」です。ゲーム本編に始まり、今回のノベ
ライズと、ここ2年ほど僕はずっと直島経済特区という場所、自由
で開放された経済について考えてきましたが、そうした作業をやれ
ばやるほど「別の世界はどうなっているんだ?」という問いが膨ら
んでいくのを強く感じていました。多分に心理的な反動はあると思
いますけど、特区ではない日本への思いは『ファウスト』を作る前
にはなかったものです。本当に漠然とした物言いになりますが、僕
はいま「作家」というのは、ひょっとすると特区と本土を繋ぐ存在
なのではないかとも思い始めています。
村上 挟間をつなぐ……いよいよ佐藤さんも神主のような立場になっ
てきましたね(笑)。
佐藤 そういうつもりではなかったのですけど(笑)。思うにこう
した認識はアイデンティティの問題なのかもしれません。無国籍な
グローバル世界にアジャストしきっているわけではなく、さりとて
共同体的な存在でもなく、僕に故郷はありません。そういうどうし
ようもなく遊離してしまった存在である自分を、『ファウスト』を
書き続けていく中で改めて発見し、むしろ書き続けたことがそうい
う自己規定を迫っているのかな、と思います。なんだか最後は大き
い話になってしまいましたね。
(終)
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