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菊地成孔さん のコメント

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菊地成孔
>>72

 僕は一貫してフロイディアンですが、だからこそ、反フロイド的な現象 / 言説は重きを置いています。特に我が国だと90年代以降にいきなり一般化した、アスペルガー、ASD等々も含む「ある領域(名付けようがないので)」の方が、社会的に見て、ある意味古典的な精神病者や神経症者よりも、考え、行動すべき領域だと思っています。例えば自死者の中の、コミュニュケーションの不全の連続体が原因になっている人々の数はカウントが難しいとはいえ、この領域におけるコミュニュケーション不全による数もバカにならないと想像しています。

 僕の世代だと、フーコーの狂気の発見だとか、隔離病棟に関する人権問題とか、そういった、ある意味で牧歌的な時代だったのですが、今を生きる若い方々の方が、様々な偏差をくぐり抜けて生きるのがはるかに大変そうだよなあ、、、、とTwitter見てると思いますね。とにかく(僕より若い)皆さんに於かれましては、僕よりもご自分を労ってください。あと、ここは楽しい会員制秘密クラブではなくなっているので笑、そのおつもりでコメントして下さい笑(自粛を呼び掛けているのではありません)。

 歌舞伎はもう断腸の思いで諦めています(大向こうのかけ声がないのは、ある意味もう、コロナの風景として、前衛映画のように楽しむしかないですね)。単純に近所から外に出てないですね笑。

No.76
46ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 雨である。雨であるだけで素晴らしいのに、雪と混じりつつある。こういうのを淡雪という。重ねて、素晴らしい。淡雪を見ながら日記を書く。明治時代の文豪にでもなった気分である。    大体、10時から11時の間に起床。という、微妙な昼型が定着しつつある。これだと3時に眠くなるので、「真夜中」という時間も楽しめる。先日、 DOMMUNE に長時間出て、終わり、一人で外に出た。    僕は渋谷という街が元々苦手だった。やっとここに来て、「少し苦手ではなくなるかな」と思ったのは、テレビなどで盛んに見る、「渋谷の再開発」の様が、とても気に入ったからである。宮下パークには行ってみたい。寿司仲間の間で噂の寿司屋が出ているという情報も入手した。僕は何十年かぶりで、渋谷にワクワクした。それは恋に似ている。恋に似てる何か。    しかし、 DOMMUNE があるパルコ周辺は、その区域の(今の所)外である。だが僕は、外に出た瞬間、踊り出したくなる程舞い上がった。    誰もいなかったからである。    それは映画のセットのようだった。端的に懐かしい。これは、昭和の渋谷だ。60年代、映画の大手 5 社には全て「日活銀座」「東宝銀座」「大映銀座」といった、屋外型セットがあった、チネチッタにあったヴェネト通りを、フェリーニは「実際のヴェネト通りよりも、私にはセットの方がリアリティがある」と言った。    コンビニがなく、公衆電話がたくさんあり、歩きタバコが吸い放題で、終電を過ぎると、ほとんど誰もいなくなり、やっている店は大通りにはない。そんな光景が、コロナによっていきなり現出した。    それまで7時間以上パルコに閉じこもっていたので、エレヴェーターのドアが開いた時には、声に出して「うわああああああああ」と漏れてしまった。    30分ほどタバコを吸いながら歩き回り(一人も行きあたらなかった)、色々なことを思い出した。僕が通った音楽学校は池尻大橋にあった。僕が教鞭を執っていた音楽学校は渋谷にあった。様々な人と、渋谷を歩いた。常に居心地の悪さを感じながら、胸がときめいていた。    コロナが僕に与えたものは、概ね全て楽しいものだった。しかし、もし、真綿で首を締められるような、誰にでも共感してもらえるであろう閉塞感が、ネガティヴなものとして僕の中に堆積しているとしたら、コロナはこの一瞬を持って、それを全て精算したと言えるだろう。僕には、空気が綺麗に見えた。  
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