菊地成孔さん のコメント
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正午に起きて、深夜4~5時に寝るというタイムテーブルに慣れ始めてきた。せっかくライブもないのだから朝9時に起きたい所なのだが、しまった。「大恐慌へのラジオデイズ」の収録が、零時を超えないとできない。三回先まで内容が決まっている(*三回先が「続・道で拾った CD をかけっぱなしにして質問に答える」ですので、ネタ狙いの方からシリアス極まりない方まで、満遍なくメールでお送りください。宛先は info@kikuchinaruyoshi.net です)。
「夜電波」は TBS まで事務所の車で行って、入り口でパスを貰い、それを首から下げて9階まで行き、スタジオに入った。台本は細密に全部書いてあって(大体30分~1時間で電撃の様に書いた。我ながらよく8年間も毎週書けたと思う。習慣のなせる技であろう)選曲も事前に決まっていて、スタジオで話し、収録が終わるとトナミ D が、噛んだ所や、言い間違えを直してくれた。終わると再び長沼の運転で事務所に帰る。
<もう随分と前から>という部分に虚を衝くような重みを感じます。とにかく人を殺してはいけないと僕も思います。しかし殺人用のギアが世の中には溢れており、自殺に追い込むのも集団的殺人だとすれば、SNSも殺人ギアですが、包丁を持つ人のどれぐらいが「やりようによってはこれで人を殺せる」と思いながら、日々、肉や野菜を切っているか、SNSを持つ人のどれぐらいが「やりようによってはこれで人を殺せる」と思いながら、日々、苛立ちながら好きなことをつぶやいているか、質量の差が僕には全く分かりません。割り箸一膳でさえ人を殺せます。
純度はアルコールもコケインも暴力性も問題になるポイントですが、僕がニューヨーク、シカゴ、ブエノスアイレス、サンパウロ、リマに行って思ったことは、同じ合衆国でも北を南は、暴力の純度の高さと、非暴力の純度の高さが、どちらも高く、ちょうど逆層になっている。ということでした。
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