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Jasminさん のコメント

ずっと、ずっと思ってました。
いつもと全く同じ1日なのに、一人のクリスマスは、なんでこんな寂しいんだろうと。
いつもと変わりないただの1日なのに。

>あなたは今日、誰とどんなクリスマスを過ごされるのだろうか?
ボッチでピットインに行きま〜す! チケット取れました!!

いつしか菊地さんの3daysに通うようになって、もう毎年、クリスマスは余計なことを考えずに済むの、ほんとありがたいです。誰かと一緒に行くのもよし、一人で行くのもよし。

>愛は、無私無欲の中に、一生の間、ひとときの休みもなくチャンスが継続するのである。

ほんとにその通り。愛という定義で、これまで一番しっくりきました。
愛ってほんとそんなものだと思いました。

菊地さんのLIVEは、というか、全ての良きLIVEは、いつも愛で満ちてますね。。
だから私はLIVEに通い続けるのか。愛を求めていたのか。。(多分、CD聴くだけにはない。)
愛溢れるピットイン、今日は尚更、楽しみです!! 

菊地さんにも神のご加護を。God bless you, too!
No.3
36ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 僕が一番日常的に信仰の勤めを行なっているのは神道と祖霊崇拝である。毎朝神棚に柏手を打っているし、毎晩亡くなった血族と交信している(トイレで。名前と顔を思い浮かべて数分間集中するだけだが)。しかし僕は、宗教はすべて信じている。腕に入っているのはヒンドゥー教の神像だし、最初の結婚式はパイプオルガンが有名な教会で行なった、多くの音楽は宗教と関係している。汎神論とも実質的な無神論とも違う、すべての宗教は同じものだと思う。    キリスト教は中でもかなりエグい方だ。でないと特定宗教行事がここまで世界中には広がらない。というか、クリスマスの世界的な(もちろん例外もある。僕はモロッコ人がいかにクリスマスと正月を杜撰に扱っているかを調べるためにモロッコで年末年始を過ごしたことがある。その時の元日の写真が「野生の思考」のジャケットになった)行事化は、熱心なキリスト教徒には頭の痛い現象ですらあるのではないか?と思う。  
ビュロ菊だより
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