巨大な漂泊船で繰り広げられる少年少女の砂漠戦記『クジラの子らは砂上に歌う』の舞台が、2016年4月14日渋谷AiiA2.5Theater Tokyoで幕を開けた。
原作は「月刊ミステリーボニータ」で連載中の梅田阿比による同名少女マンガで、「このマンガがすごい! 2015」オンナ編10位ランクイン、「第1回 次にくるマンガ大賞」にもノミネートされた、今もっとも注目を集めている次世代ファンタジー作品。
感情を発動源とする情念動“サイミア”を扱う短命の能力者「印(しるし)」と、能力を持たず長寿でリーダー的存在の「無印(むいん)」がともに暮らす巨大な漂泊船“泥クジラ”を舞台に、それぞれが背負った宿命、心の葛藤、そして、ひとりの少女を通じて明かされる秘められた過去に立ち向かう姿を、壮大なスケールと繊細な描写で描く。
泥クジラが漂うのは、地平線まで広がる砂の海。飲み込まれれば二度と浮き上がってこられないといわれ、513人の住人たちは外の世界を知らずに過ごしていた。
そんな泥クジラの住人で印のチャクロは、祖父から“ハイパーグラフィア(過書の病)”といわれたほど記録したい衝動を抑えられない14歳の少年。「昔の人が記録を残してくれていたら、どうしてここで暮らすようになったのか、外にはどんな世界が広がっているのか、もっと知ることができたのに!」との思いから、泥クジラでの日常を後世に残すべく、記録係を務めている。幼いころサイミアを教えてくれた女性の死に涙を流し、仲間との日常に笑い、まだ見ぬ外の世界に思いを馳せる感情豊かな少年だ。
ある日、流れてきた島で傷ついたひとりの少女を保護し、“リコス”と名付けて泥クジラへ歓迎する。初めて見る自分たち以外の人間。リコスの存在が外の世界への憧れをより強いものとするが、その出会いが、チャクロの、そして泥クジラの運命を大きく変えることとなる。
主人公チャクロを演じるのは、ミュージカル『テニスの王子様』や主演映画『羊を数える。』などで活躍している赤澤燈。島で出会った少女リコス役にアイドルグループ「SUPER☆GiRLS」の前島亜美、サイミア一番の使い手で問題児グループ“体内クジラ”のメンバー・オウニ役にはテレビや舞台で活躍中の山口大地など、旬な面々が同作初の舞台化に挑む。
舞台あいさつで山口が語った「同作はアニメ化もされていないため、動いている姿を想像できないんじゃないかと思います」との言葉通り、原作の印象的な世界観や登場人物たちの個性、サイミアを発動する様子などをどう表現するのかが見どころのひとつ。
泥クジラが漂う“砂に覆われた世界”は傾斜になった舞台のみで表現され、大掛かりな装置は一切出てこない。プロジェクトマッピングによる演出効果は多少あるものの、ライティングや色彩で情景を丁寧に描き出し、観客を砂の世界へと引き込む。
そんな舞台でポイントとなるのが「布」。
しなやかな布の動きが、ときに躍動感を、ときに焦燥感を、またあるときには怒りや悲しみといった感情を表し、独特の世界観で定評のある若手演出家・松崎史也の手腕を感じる。
泥クジラの住人や帝国軍など、登場するすべての人物が物語のキーになっているあたりも見逃せない。
死者を弔う“砂葬”の様子や印と無印のパワーバランス、体内モグラの扱いなどから読み取れる閉鎖的空間の集団心理や、チャクロを筆頭に笑ったり泣いたり怒ったりと、つど表現される感情の抑揚具合がそれぞれの個性を際立たせている。それに対し、ある理由から感情をなくした帝国軍の無表情で冷酷な言動。波乱を含んだ両者の掛け合いが、徐々に明らかとなる真実など謎解きのような要素も帯びながら、テンポよく展開していく。
稽古初日、松崎は「“過去の死への肯定と未来の死への否定”があって、死んでしまった人の記憶や思いを背負って強く生きていく泥クジラの物語だ」とキャストへ話したという。
――“感情”は不要なモノなのか? 生きる意味とはなにか?
少年少女の冒険心や正義感、宿命を受け止めながらも真実を追い求める姿に、「生と死」について考えさせられずにはいられないだろう。
【舞台概要】
『クジラの子らは砂上に歌う』
出演:赤澤燈・前島亜美(SUPER☆GiRLS)・山口大地・崎山つばさ・碕理人・佐伯大地・宮﨑理奈(SUPER☆GiRLS)・大野未来・五十嵐麻朝 他
原作:梅田阿比『クジラの子らは砂上に歌う』(秋田書店「月刊ミステリーボニータ」連載)
HP:www.kuji-suna-stage.com
文:千葉こころ