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  • 「ケヤキの太鼓」

     体温越えの酷暑という天気予報だった。窓の外に広がる海にも強烈な陽射しが降り注いでいる。外に出るのを諦め空調の効いた室内でニュースをチェックしてたらとこんな記事が目に飛び込んで来た。 「国立のケヤキ、和太鼓に 樹齢100年超 五輪競技場建設で伐採」  以前から五輪準備の為に東京のあちこちで行われている樹木伐採に理不尽さを感じていた。地元住民による反対運動や署名活動も行われていたけれど、目に見えない圧倒的な力に押し潰されるように時に我々人間よりも長く生きて来た樹木という物言わぬ命が葬られた。その報いが選手や観客に圧倒的な暑さとなって跳ね返って来るという皮肉。なんとも滑稽だった。記事を目にするたびに、ヒートアイランドを2020年までに改善したいと街の各所にひまわりを植えたり、区内にあるあちこちの屋上で野菜を育てている渋谷区の人たちの笑顔と汗が哀しくも思えた。  歴史を紐解いてみれば、華やかな宴の裏にはいつも少なからずの犠牲や誰かが人知れず流した涙があるものだ。ならばせめて開会式では毎年花見を楽しんだ公園の桜や見上げるたびに季節を教えてくれた街路樹など、そこに当たり前のように存在していた何...

    1日前

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  • 「愛している、ということについて」

     いつも書きたいことがあって書き始める。途中まで筆を進めて、書くべきではないと感じるときもある。書かないと決めていること。ここでは書けないこと。それでも今、書いておきたいこともある。だから、こんな風に書き直してみようと思う。   愛している、ということについて。  僕はずっと自分のことを「愛が希薄な人間」だと書いて来た。だけど厳密に言えばそうじゃない。愛に対する臆病さゆえに「本当に愛しているのだろうか?」と心に問い掛けながら向き合って来た。歩んで来たのだ。だから疑問形のままで「愛している」という結論を軽々しく口にすることに抵抗があった。嫌悪感と言い換えてもいい。自分だけでなく、それを公の場で表明している人たちに対しても似たような思いを抱くこともある。「そんなこと言って本当に大丈夫なんだろうか?」という憂慮もある。そういう人たちの「愛しているのが当たり前だろ」という決めつけや「愛していると言いなさいよ」という強制には辟易するし、そういう圧力を強く感じれば感じるほど若さゆえの反骨精神で「好きじゃない」と言ってしまうこともあった。  愛に臆病なのにも理由がある。盲目的に「愛している」...

    4日前

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  • 「盆踊りという伝統が続いているかどうかでわかること」

     夏祭りが実施できない町が増えているという。都市への人口流出。急速な高齢化。担い手の中心となるべき健康な町民がいないことで伝統が途絶えるのは農業や漁業だけではない。  政策評価委員を勤めている横須賀市でも「人口減少社会に対応したまちづくりを進める」ことが基本目標のひとつになっている。結論から言うと、地域福祉を税金による公的サービスだけで支えていくのには限界があるので町内でもご協力をお願いします、という話だ。家族が面倒を看てくれたり、実費で民間の医療介護サービスを受けたりケアホームに入居できる個人は別として、資金不足や資金があっても介護士不足で受け入れ先がない高齢者が溢れている昨今はひとり暮らしの要介護者を地域ボランティアで支えていく為の環境を日常的に整えていくことが重要だ、というのである。  いやいや、税金を無駄遣いしてきた行政が悪い。老後を見据えて貯金して来なかった個人の責任だ。面倒を看てくれる家族を作っていれば良かったのに。いやいやいや、日常的に運動をしたり食生活を節制して健康寿命を伸ばしていれば良かったんだ。などの責め文句もあるだろう。でも、こうなってしまった以上、何を言...

    6日前

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  • 「八月十二日」

     今年の夏はいつもの夏とは違うという空気をそこかしこに感じる。殺人的とでも言うべきか、ランニングどころか、外に出ることすら躊躇われるほどの暑さだ。潮風が吹き抜けるおかげで都心に比べて幾分気温の低いこの海辺の町でも日中は鳶すら飛んでいない。 先月の多雨の時は太陽を待ち望んでいた海の家も閑散としている。こんな時に浜でビールを飲むなんて自殺行為以外の何物でもない。なので地元の人は陽射しの和らぐ日暮れ時に美しい夕陽を望むビーチバー代わりに海の家へと足を運んでいるようだ。  しかし、いつもの夏と違うという空気の原因は酷暑だけじゃない。これまでその恩恵を十分に感じる中で感謝として捧げていた「平和への祈り」がそれが足下から崩れていく中での祈願になっているようにどうしても感じられてしまうせいだ。  互いに内政のストレスを発散する為に感情的に挑発し合う隣国とのオトナ気ない外交(少なくとも僕の目にはそう見えていると言う話だ)には戦争の匂いを感じずにはいられないし、永久不変と信じていた憲法第9条を改正せよという為政者の声は「議論すべきだ」という段階に歩を進めた(個人的には議論すら必要ないと思っていた)。 ...

    2019-08-12

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  • 「夏は繰り返す。でも繰り返してはいけない夏もある。」

     毎年この時期になると戦争に関連した書籍を眠る前の一冊に気がつくと選んでいる。  今年も棚から取り出して読み始めたのは、高見順の「敗戦日記」。正確には鎌倉で暮らしていた小説家が第二次大戦の初期から昭和45年の晩年まで日々書き綴っていた膨大な日記の中から昭和20年の一年間だけを抜き出し、筆者の死後出版されたものだ。執筆時において筆者は現在進行形の戦争が「敗戦」という結末を迎えることを知らない。だからこそこの書が昭和史の一等資料であり、日記文学の最高峰と呼ばれているのだろう。  戦争を体験した方に回想録を聞くことも大事だけれど、結末とその未来を知った上ではどうしても反戦とか自虐史観的な話が傾いてしまいがちだ(それが悪いことだと言っているわけではない)。そういう意味では戦時下の、明日がどうなるか分からない状況で書かれた日記はとても貴重だ。戦時下で日々何が起きていたのか。何がどう伝えられていたのか。何よりそこで人がどう暮らしていたのかを詳細に伝えてくれているし、読んでいると自分もそこで生きているような気持ちにさえなる。  治安維持法で検挙歴のある筆者は文中でも日々のこの記録が特高に見つかるこ...

    2019-08-09

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  • 「エンドレスサマー」

     思えば人生において初めて「自由」というものを感じたのは夏休みではなかっただろうか。義務教育という誰かが決めた時間割という人生を強制される毎日。そんな思いが強くなるに従ってその不自由さから解放される夏休みの自由さが際立ったように思う。  宿題というやらなければならないこと。好きな本を探して読み漁ること。夏の青空を流れていく白い雲を見つめて物思いに耽ること。プールで25m泳げるようになる。体力をつける為のランニング。クワガタ採り。自転車旅行など、やりたいこと、やるべきこと。そのすべてを一日という同じ皿に載せて、何をいつやるという時間割を自分で決めて、こなしていく。自分の立てたスケジュールに従って生きることが僕にとってはとても心地良いものだった。そこに大いなる自由と生きる喜びを感じていた。僕にとって自由とは最初に触れた時から勉強せずに遊んでばかりいるという子供じみたものではなかった。自分で学び、自分で鍛え、自分で遊ぶ。誰かに強制された人生ではなく、自分で決めた人生を生きるということだった。夏休みは僕にとって自立心と自律心を大いに育んでくれた季節だった。  やがて「ずっと夏休みだったらい...

    2019-08-07

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  • 「名前も知らない花」

     盛夏の小径を歩いていると色とりどりの花との思い掛けない出会いがある。庭先に薫るペチュニア。海沿いの窓辺を彩る月下美人。そして電柱の根元に咲く名も知らぬ小さな花々。そういう花々に目がいくようになったのは、娘と同じペースでゆっくりと歩くようになったからだと思う。  浜辺に散歩する時、保育園の行き帰りなど、並んで歩いていると娘が繋いだ手を離して、ひとつひとつに駆け寄っていく。 「見て見て、白い花だよ」 「これは黄色い花だね」 「ママと見た赤い花だよね」  嬉々として喋る娘の姿に、実は何気ない日常の中にこそ小さな感動がたくさんあることを改めて学ぶ。世界はまだまだ捨てたもんじゃないと思えてくる。  人の多い場所が苦手な僕は、人気スポットでの花見や植物園に行くよりも、こういう日常の中でひっそりと咲いている花を愛でる方が向いていると思う。何よりビニールハウスなどで手間暇掛けて育てられた花より、自分の力だけで咲いた花の方に野性的な美しさを感じてしまう。湘南の小径に咲く紫陽花なんかもそうだけれど、そういう花は枯れていく姿にも味わいがある。 「パパ、この花はなあに?」  最近娘によく聞かれる。妻ほど花...

    2019-08-05

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  • 「夏影」

     ようやくの梅雨明けだ。夏らしい強い陽射しが海沿いの国道に僕らの影を色濃く映し出している。今にも勝手に動き出してどこかへ行ってしまうそうなくらいはっきりした輪郭だ。「やあ」僕は影に向かって右手を挙げた。僕の影も無言のまま僕に向かって右手を挙げた。すると隣りを歩いていた娘も僕の真似をして「やあ」と小さな影に向かって手を挙げた。  夏の黒い影を見るたびに思い出すのは、子供の頃に読んだ「はだしのゲン」という漫画だ。原爆で焼け爛れた被爆者の影が至るところに灼きついた描写は今も強く心に刻まれている。  あの黒い影は今も広島や長崎のどこかに残されているのだろう。消されてはいけない記憶として。そしてアスファルトに映っている僕の影が僕のいなくなった後も残ったときのことを想像した。その影は誰に何を語るのだろう。たとえば、隣りにいる娘に。  車通りが途絶え、辺りが急に静かになった。蝉の鳴き声だけがボリュームを上げて響き渡る。刻々と強くなる陽射しが僕の背中を灼きながら、影の輪郭をさらに色濃くアスファルトに描き出す。物言わぬ影が僕を見つめているような気がした。深い闇に見つめられているような気がした。「...

    2019-08-02

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  • 「ピミエント・パドロン」

     冷えた白ワインで乾いた喉を潤した僕らの前に、熱々のオリーブオイルで素揚げにされた細長いピーマンに粗塩を振ったものがカウンターに置かれた。それが僕とピミエント・パドロンの出会いだった。  初めてスペインを訪れた15年も前の話だ。旅番組の撮影で辿り着いたグラナダという町に一週間滞在した。台本のない「放浪」がテーマの番組だった為、結果的にそうなったという話なのだけれど。  毎日、日暮れとともにバルをはしごし、その土地で暮らす自称芸術家やヒッピーのような若者とただひたすら酒を呑んだ。どのバルでも最初の一皿はいつもピミエント・パドロンだった。店で呑んでいる他の連中もみんなそうだった。やがてそれが日本で言うところの生ビールに枝豆のような定番のタパスだと知った。一皿に何房かは激辛のものがあって、彼らはそれをロシアンルーレットのように楽しんで盛り上がっている。スペインの酒場文化の一端を担っている野菜だった。  その旅の後、日本でも幾度となくスペインバルを訪れたが、そのタパスにお目に掛かることは一度もなかった。青山にスペイン人の元闘牛士の方がオーナーをされているパエージャの旨い店がある。客の大半...

    2019-07-31

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  • 「その夜の花火」

     暮れてゆく一色の浜でビールを飲みながら花火を待っていると電話が鳴った。  辛い報告だった。でも電話の主は僕が海で花火を待っていることも、その隣りにやきそばを食べている娘と妻の笑顔があることも知らない。僕は言葉少なに「わかった」と相手に告げ、電話を切った。  浜辺に坐って冷えたビールを空けたときの僕はもういなかった。やるせなさと無力感に包まれていた。しばらく夜の海を見つめて茫然としていた。気がつくと手にしたビールもぬるくなっていた。  山をひとつ隔てた森戸の海で花火が上がり始めた。娘がうれしそうに立ち上がる。妻がその姿越しの花火を写真に撮っている。去年もその前の年も同じ浜で同じ花火を三人で見た。その前は妻と二人だった。違うのはその時々の僕の心の有り様だけだ。でも、その心ひとつで、同じ浜で見る同じ花火が違って見える。同じ歌が違って聞こえるように。  やがて目の前の海でも花火が打ち上がり始めた。立っていた娘がその大きな音と光に驚いて腰を抜かした。腰を抜かす人を初めて見た、と妻が笑っている。そうだね、と僕も少しだけ笑った。  なのに何だろう、電話を切った後から僕を包んでいるこの...

    2019-07-29

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