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  • 「総理大臣が誰であろうと関係ないと考えるようになった理由」

     それは、十年前にこの海辺の町で暮らすようになったことだ。そして、 生きるために必要なものを自分の手で育てるようになったことだ。   海辺の町以前のぼくにとって生きるために必要なものはお金だった。都会ではお金がないとミニトマト一個手に入れることができない。お金に振り回されていた。生きるために必要なものを 100 %お金に依存していた。だから政治に文句ばかり言っていた。お金の発行元が政治だからだ。お金は政治次第で力にもなれば紙屑にもなる。だったらお金に振り回されないぐらいお金を手に入れればいいのかと考えたこともあった。でも、幾ら持っているかは問題じゃないのかもしれないとすぐに気づいた。それが「農」との出会いだった。生きるために必要なもの。中でも命に直結する食べるものを自分の手で育てること。確かに最初は種を買わなければならない。それでも実を収穫した後に種を穫れば来年また蒔くことができる。二年目からはその野菜には一円もかからない。その野菜に関してはお金に振り回されることがなくなったということだ。生きるために必要なもののお金に対する依存度が下がったということだ。そして、お金の発行元である政治...

    2日前

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  • 「夏が通り過ぎていく」

     海沿いの国道を走り始めたら、秋だった。  湿り気を含んだ涼風。湿気に反応して汗を搔くのに、肌の表面は風に吹かれて冷えていく。ようやく夏の暑さに慣れた身体が気候の変化に追いつけていない。  追いつけていないのは身体だけじゃない。 心もまた時間の流れについていけていない。夏を心から味わう前に秋になってしまったせいだろうか。いろいろあったような気もするけれど、残っているのはただ暑かったという記憶だけのような気もする。 2020 年の夏がいつにも増して短命で暑すぎたせいだろうか。春と同じように会うことができなかった人もいた。春と同じように会っていないけど、会っている。会っているけど、会っていない。そんな日々だった。時間があるようでなかった。不完全燃焼のまま燻っていた。自分に言い訳ばかりしていた。傾いて朽ち果てていく自分を他人事みたいに眺めていた。救えなかったし、救われもしなかった。無力だった。  山の中でスズムシが鳴いている。海の上を鳶が旋回している。秋の風を吸い込むたびに肺の中が寂寥感で満たされていく。満たされているのに何もないというこの感覚こそ今年らしいじゃないかと嘲笑する。そう、実感が...

    4日前

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  • 「はじめてのチョコレート」

     子どもが初めてチョコレートを食べるときは絶対に傍で見ていた方がいいですよ、と教えてくれたのは S さんだっただろうか。乳製品アレルギーなどの類いの話じゃない。子どもが初めてチョコレートを食べたときの反応がおもしろいから見ていた方がいいですよ、という話だった。まあ、その理由からしても教えてくれたのはたぶん S さんだったのだろう。    娘が生まれてからいつもその言葉が頭の片隅にあった。と言っても何歳くらいになったらチョコレートを食べさせてもいいんだろう。まだ早いんじゃない。なんて妻と相談しながらチョコレートを食べるぼくらを不思議そうに見上げている娘には「苦いからやめた方がいいよ」「大人の食べ物だからね」などと嘯いていた。娘も「コーヒーと同じ色だもんね」とその言葉に納得している。と思っていた。  青天の霹靂だった。おやつは何がいい、と訊くと娘が「あのぉ」と言葉を選びながらこう言ったのだ。 「チョコレートがいいんですけど」 「え?」  驚いて妻と顔を見合わせる。妻が首を振る。まだ食べさせていない、という意味だ。「まだ食べられないんじゅないの?」と訊くと娘は大変言いにくいのですが、みたいな顔で...

    6日前

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  • 「ほんのささいなこと」

     ほんのささいなことだ。  地球規模に蔓延している疫病。過去の記録を更新し続ける自然災害や異常気象。これまでやってきたことの報いだという人もいる。人類の終末期だという人もいる。本当のところはともかく、そういう未曾有の危機に比べたら、今から書こうとしていることは本当に取るに足らない。ハリウッドの大作映画とSNSの呟き以上の差がある。  でも許して欲しい。毎日半径五キロ圏内で生きている今のぼくに読み手であるあなたを驚かせたり胸を踊らせたりするような刺激的な出来事は少なくともこの半年は起きていない。ある意味においてそれは幸せなことだとも言えるけれど、少なくとも人に読んで貰う文章で生計を立てているぼくにとって、とりわけエンターテインメント業界という観る者の好奇心を満たす世界で仕事をしている人間にとっては死活問題とも言える。先日、久し振りに東京でお会いした経営者の方が「エンタメ業界だって被災地だ」とおっしゃっていた。ぼく自身も被災者のひとりであるということに改めて気づかされた。「三密は悪である」というニュースタンダード。その方がおっしゃっていたのだけれど「三密という熱狂」を生み出すことがビジネ...

    2020-09-11

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  • 「ラジオ」

     週に一度、仕事机に置いた TASCAM 製の音声収録機器でラジオの録音を始めて半年が経った。意図したわけではないけれど大抵決まった曜日の決まった時間だ。 ひとりのときもあれば、週替わりレギュラーの方と電話を繋いでのときもある。娘が飛び入りすることもある。一週間、日々の暮らしの中で考えていたこと。喋っているその瞬間に思ったこと。聴いて下さっている方からメールで届けられた言葉を、あるいは電話の向こうにいるパートナーの言葉を受けて、一時間余り話す。辿々しいけれど、生々しい。収録した内容に合わせて選曲をする。 Garage Band という音源編集ソフトで収録した素材を編集して曲やジングルと mix する。全体の音量を調整する。一本化して、検聴する。修正点があればもう一度 Garage Band に戻って同じことを繰り返す。また一本化して検聴。ランニングや別の仕事をしながらも含めて、だいたい二回から三回くらい聴く。たったひとりにちゃんと寄り添えているかどうか。そのことを考えながら聴き続ける。  スタジオでの生放送ができなくなった四月に一ヶ月程度の代替えとして始めたことがいつの間にか生活に入り込んで習慣化していた。緊急事態宣...

    2020-09-09

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  • 「反抗期という言葉の本当の意味」

     保育園の先生から娘の生活態度について相談があった。最近、落ち着きがないように感じる。食事の時間になってもひとりだけ遊んでいたりする。いちいち言っていると注意ばかりになってしまうので見守っていくか、きちんと伝えるべきか悩んでいる、という話だった。    ぼくと妻も同じ壁にぶつかっていた。食事の用意ができていても遊び続けようとしたり、食事中に席を立って園で習ったばかりのダンスをうれしそうに披露し始めたりする。注意するのは簡単だ。食事は坐って食べるものだよ、というマナーを伝えることも、それに従わせることもその気になりさえすればできるだろう。でも、所詮人が作ったに過ぎないマナーやルールに簡単に嵌め込んでしまうことに親のひとりであるぼく自身が懐疑的だった。ぼくらが当たり前に思っている社会の常識は本当に正しいのものなのだろうか。常識など何も知らずに生まれてきた娘の本能的な行動に野生動物としての一面を垣間見ているうちに、社会の中で生きていく為に虚勢された自分たちの方が間違っているんじゃないかとすら思うこともあった。  そのひとつが一般的に言われている「反抗期」という言葉だ。自我が芽生えた子ど...

    2020-09-07

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  • 「おいしいね、が消えたこの世界で」

     おいしいね、が世界から忽然と消えた。  学校からも、レストランからも、酒場からも消えた。公共の場で食べたり飲んだりするときに言葉を発することが禁じられたせいだ。誰かと食事を共にしていても互いに言葉を発することなく黙々と食べる。かつては当たり前のように存在していた「おいしいね」と笑い合う光景はもうそこにはない。子どもの頃には当たり前のように目にしていた空き地や野良犬がいつの間にか消えていたように。    妻と初めて二人きりで食事をしたときのことだ。港町のイタリアンレストランで何度も「おいしいね」と笑い合いながら、ワインをたくさん飲んだ。  それ以前はひとりで食事をすることが多かった。食事は単なる栄養補給だった。レーシングカーがピットインしてガソリンを入れるのと同じようにスピードだけが優先されていた。  その夜、ぼくは食事は誰かと「おいしいね」と笑い合いながら時間を掛けて楽しむものであることを教わった。彼女と「おいしいね」を分かち合いながら生きてみたい。それが結婚を決めた一番の理由だった。やがて娘が生まれた。「おいしいね」を分かち合う家族が増えた。家族の食卓というプライベートな場にお...

    2020-09-04

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  • 「音のない打ち上げ花火」

     八月三十一日の夕暮れに感傷的になってしまうのは少年時代の名残りなのだろうか。今年は例年以上に何かをやり残したような静かな後悔に襲われた。と言っても何をやり残したのかすらわからない茫漠としたものなのだけれど。    後部座席で夕陽に染まっていた娘が「海に行こう」と言った。妻と二人で保育園に迎えに行った帰り道だった。「そうだね」。海沿いの旧道に車を回す。浜辺の黄昏に去りゆく夏を惜しむ人影がまばらに見えた。砂浜で行われるはずだった神輿や盆踊りに集う町の人々の笑顔が浮かんでは消えた。  何もかもがなくなったはずなのに、いろいろ有り過ぎて落ち着かない夏だった。毎日忙しくしていたのに、何もできていないような空虚さに囚われ続けた夏だった。 「冷やし中華食べなかったね」 「あれ? 一回作らなかったっけ?」  妻の言う通り、一度だけ自宅のバルコニーで妻が作った冷やし中華を食べた。夏が始まったばかりの頃だった。 「うん、食べた。忘れていたわけじゃないんだけど」 「本当に? 忘れてたんじゃないの?」妻が笑う。 「しっかりしなさい」と娘が援護射撃する。 「いや、食べたんだけど、なんか食べていないような気がする...

    2020-09-02

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  • 「2020年8月31日」

     八月三十一日について書くのはこれで何度目だろう。そのくらいぼくにとって八月三十一日は特別なのだ。子どもの頃の八月三十一日の過ごし方がぼく自身の生き方を決めたとさえ言ってもいい。   江ノ島まで電車で二十分の町に住んでいた頃の夏休みの話だ。海水浴に行くのはいつも八月三十一日だった。母ひとりで三人の子どもを海に連れて行くのに混雑しているハイシーズンはリスクが高すぎたのだという。海の家が開いていると何かと金も掛かるし。当時の八月三十一日は海の家もすべて閉まっていて弁当や御菓子や飲み物を持参すれば電車賃だけで済んだ。  そんな懐事情までは知らず、当時のぼくは八月三十一日に海に行くのを楽しみにしていた。八月三十一日に遊ぶ為にみんなが混雑している海で遊んでいるときに宿題を済ませた。それまで遊んでいた子どもたちは八月三十一日は宿題に追われているのでぼくらが遊びに行く海にはいつも誰もいなかった。そして八月三十一日にはいつも夏の陽射しが戻ってきていた。ライブのアンコールに用意されたサプライズみたいに。  誰もいない海を独り占めにして遊ぶ気持ち良さを知ってしまったせいだろう。混雑している場所は苦...

    2020-08-31

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  • 「祭りのあと」

     青い空に夏休みの宿題で描いた水彩画のような入道雲がのんびりと漂っている。国道を埋めつくしていた車列も最近はまばらだ。砂浜を彩っていたテントも消えた。梅雨明け以来、砂を巻き上げて濁っていた海にも高い透明度が戻った。    暑さも幾分穏やかになったので朝のランニングを再開する。長い梅雨と危険過ぎる酷暑で七月、八月はほとんど走れていなかった。むしろ緊急事態宣言期間中の方がしっかり走れていた。朝のまだ熱くなっていないアスファルトの上をゆっくりと走る。遮るもののない海沿いの国道は陽射しこそ強いけれど、そよぐ潮風は秋の冷たさだ。眺望の良い海沿いに立ち並ぶ別荘群を過ぎる。その所々に点在する古民家の小さな庭先に洗濯物を干しているおばあちゃんが見える。使い込まれた風合いの手拭い。仕事を終えたばかりの熟練漁師のもののように見える。インターナショナルスクールに子どもを送っていくお母さんたち。潮で錆び付いた自動販売機。子産み石。酒屋さん。誰も待っていないバス停を誰も乗っていない路線バスが通過していく。長者ヶ崎で強い風に煽られるように折り返して、来た道をまた戻っていく。  家の前まで戻ってきたところで信...

    2020-08-28

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