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  • 「2023年7月20日」

     雲のおかげで湿度は感じたが暑さは和らいでいた。時折り吹く北風が心地良い涼しさを連れてきてくれる。一学期最後の朝、一年生の娘はランドセルを背負って元気に登校していった。脇の金具に吊された給食袋もうれしそうに揺れている。    そう、学期末の日も給食がある。授業もある。終業式のあと成績表と夏休みの宿題を配布されるだけだった 50 年前とは少しずつ違っている。トータルの授業数が少なくなったせいで逆に余裕がないのだろうか。  友達との待ち合わせ場所に向かう道を並んで歩きながら入学した春のことを思い返す。桜が咲いていた。心配ばかりしていた。 「行きたくないときは休みたいって言えばいいんだよ」  保育園のときはそんな言葉に甘え、風邪でもないのに何度も休んだ。ところがどうだろう。一年生の一学期は一度も「行きたくない」とか「休みたい」とは言わなかった。親が仕事をしている間に預けられる保育園との違いを彼女なりに自覚しているのだろう。親のために行く保育園と違って、学校は自分のために行く場所なのだと感じているのだろう。「わからない」という不安を解消するために学びながら気づいたのだ...

    13時間前

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  • 「2023年7月22日」

     妻とよく冷えたスパークリングワインを飲んだ。マジックアワーの海が美しかった。昼間の暑気が薄まった潮風が心地良かった。いろんな話をした。二人ともほろ酔いだった。出逢ってからのこと。子供が生まれてからのこと。結局、子供の話になっているね、と笑い合った。    最初にエコー写真でその姿を見たときはとても小さな律動だった。それが7年後にはバースデーソングを歌い、バレエを踊り、今日あったたのしいことを話し、ぼくらに笑いかけてくれる。  人生は不思議だ。本当に不思議だ。  生まれてきて良かったな、と思った。 「そういうときが人生に何遍かある。人間ってのはそのために生きているんじゃないか?」と寅さんが言っていた。  生まれて来てくれて良かったね、とぼくは言った。  生まれて来てくれてありがとう、とぼくは言った。  その日の家族の食卓は、少し早い妻の誕生祝いだった。

    3日前

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  • 「2023年、海の日」

     海の日。天気予報の晴れ記号は見たことのない色をしていた。いつもより濃い赤だった。昨日歩いた東京の朝を思い出す。肌を焼く太陽はじりじりとというよりもひりひりという形容が相応しかった。夜のうちに出された膨大な飲食店の生ゴミが湿気と熱気で蒸し返され空気中に沈殿していた。    瞬く間に定着した「災害級の暑さ」という言葉を最初に聞いたのはいつのことだったろう。「 40℃ を越える暑さ」「海水浴中に熱中症になって溺死した男性」など目を疑うような見出しがネットニュースに溢れている。大雨ならともかく暑さで人が死ぬなんて子供の頃は想像したこともなかった。真夏でも屋外での部活中に「水を飲むな」という非科学的な指導が通用する程度の気候だった。夏の暑さは年に一度の再会を待ち焦がれる友達だった。 「災害級の暑さです。命を守るためにエアコンの使用を」というアナウンスが繰り返されている。彼は災害級の暑さの原因を知っているのだろうか。否定する有識者もいるので断言は避けるけれど、産業革命以後の Co2 排出による地球温暖化という論説がもっとも有力とされている。日本の発電量の 71.7 %は Co2 を排出する化石燃料だ。...

    5日前

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  • 「言葉」

     その日、娘は泣きながら学校から帰って来たという。    いつもは誰かと一緒に帰って来ている ( 学校では防犯的な観点から「できるだけ複数で帰ること」が推奨されている ) にもかかわらず、この日はひとりで帰って来た。心細かったのだろう。悲しかったのだろう。近くまで迎えに来ていた妻の顔を見た途端、泣き出してしまったそうだ。    何気なく言われた「ある言葉」に傷ついたという。言った本人に悪気はないのだろうし、おそらく言ったことも忘れているだろう。もしかすると別の誰かが同じことを言われても聞き流していたかもしれない。それでも娘は傷ついていた。  娘の感受性をよく知る親としては傷つくのも理解できるし、正直聞いていて気持ちの良い話ではない。一方で、娘が同じことを誰かに言っていたらと想像している自分もいた。無邪気だった娘にいつの間にそんな邪気が芽生えたんだろうと頭をハンマーで殴られたようなショックを受けるような気がした。 「言うより、言われる方で良かったね」と次の朝、ぼくは娘に言った。 「言った子の親は悲しいと思うよ」と。 「でも言った子は親に言わないよ。言われた子は親に言うけ...

    2023-07-17

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  • 「教えているつもりが教えられている」

     その夜、海辺の町に 4 年振りの祭り囃子が鳴り響いていた。ぼくらは 3 年前に大ヒットした映画を地方都市にある三番館の破れたシートに坐って見ているような気分でベランダで風に吹かれ潮騒とお囃子の音色に耳を傾けていた。娘にとっては子供会に入って初めての夏祭りだったが、用意された法被には一度も袖を通すことなく二日間を終えた。    祭りや学校どころか外出も出来ない娘とせめてもの有意義な時間を過ごそうと「作文教室」を開くことにした。いえ、原稿を書きながら娘の相手をしてあげられることを探した結果、という方が正確かもしれない。  娘は 400 字詰めの原稿用紙に文章を書くのは初めてだった。一行目はタイトル。二行目は名前。一行空けたら次の行の頭はひとマス空けて書き始める、という基本的なルールから伝えていく。  初日は読書感想文。まずは自由に 400 字詰め原稿用紙を埋めて貰う。それなりに時間は掛かったが、うんうん言いながらなんとか埋めた。一読させて貰う。書きたいことが定まっていないのだろう。散漫な文章だった。ぼくはその中から娘の気持ちが反映された光る表現を拾い上げると対話を始めた。そのフレーズ...

    2023-07-14

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  • 「あさごはん、ひるごはん、ゆうごはん」

     たった五日間だったけれど、三食メニューを考えて作り続けることの大変さを痛感した。    体調不良の妻に代わって、毎食台所に立つことになった。仕事を始めるとほんの数時間で次の食事の準備をする時間がやってくる。しかも学校を休んでいる娘の勉強を見たりしながらだとなかなか集中できない ( まあ、半分は言い訳なのだけれど ) 。 「何か食べたいものある?」と娘に聞いても「別にない」 「何が食べられそう?」と妻に聞いても「ごめん、わからない」  冷蔵庫にある食材を脳内で組み合わせ、同じ主食が続かないよう構成し、かつ野菜とたんぱく質の摂取を心掛けたメニューを限られた時間で作る。台所に立つたびに「妻はこれを 365 日やっていたのか」、と申し訳ない気持ちになる。いや、毎日感謝していたけれどその程度の感謝ではまるで足りていなかったと実感した。そして「おいしかった」と言われるだけでどれだけ苦労が報われるかということも。  慣れない父親の苦労する姿を目の前で見ているからだろう。娘はいつも以上に残さず、素早く、しかも何度も「おいしい」と言いながら、食べてくれた。  鰹節と煮干しで取る味噌汁...

    2023-07-12

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  • 「白い闇」

      2023 年 7 月 7 日、外は白い闇だった。海霧。内陸の熱い空気が冷たい海上に達することで発生する濃霧である。    海も空も夏の新緑までもが幕で覆われたように白く、一寸先も見通すことができない。その光景は今日のぼくに「白い闇」という不条理小説を想起させた。ノーベル賞作家ジョセ・サラマーゴによるパンデミック小説。突如失明し、視界が白い闇に包まれるという伝染病が瞬く間に世界中に蔓延した中で「見えなくなった人々」と「世界で唯一失明しなかった主人公」が生き延びようとする物語だ。    読んだのは 2020 年 3 月、世界がコロナ禍に突入し掛かっていたとき。東京オリンピックが延期されるという発表の衝撃を受け、世界がこの後どうなっていくのか予測する手掛かりになればと手にした一冊だった。  その白い闇が今、現実のものとしてぼくの目の前に広がっているような戦慄を覚えた。  昨日はリモートで収録をした。リモート打ち合わせでカメラの前に現れた娘にスタッフも和んでいた。原稿を書きながら娘の勉強を見て、原稿を書きながらレゴで遊んだ。  妻の見よう見まねでかつおぶしと煮干しで出汁を取って味...

    2023-07-10

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  • 「2023年の海開き」

     夏空を真っ白な鳥が気持ちよさそうに旋回している。カモメだ。ぼくらは浜辺のテントに寝転んでいる。波の音が聞こえるが視界に入っているのは夏の空だけ。だんだんどっちが上でどっちが下なのかわからなくなってくる。空を見下ろしているような錯覚に陥ってくる。     2023 年 7 月 2 日日曜。朝からの快晴に「海開きしようか?」と誘うと、娘は大喜びで浮き輪を膨らませ始めた。  朝 8 時過ぎの浜は人もまばらだった。波打ち際で足を波に浸す。水はまだ少しだけ冷たかったが、強い日射しのせいでプラマイゼロという感じだ。 「海は大きいね」  腰まで海に浸かったところで娘が言った。浜から見ているのと海に浸かって見るのとでは見え方が違うのだろう。 「世界はもっと広いんだよ」と言うと「教室なんかこれくらいだよ」と親指と人差し指で小さな隙間を作って見せてくれた。そうだ。君のいる世界はとても小さい。そこで何があっても世界規模で見れば吹けば飛んでいく砂粒くらいのものでしかない。気にする必要なんてない。心の中でそう呟きながら娘の小さな頭を撫でた。  浮き輪で波乗りを楽しんでいる娘に 3 、 40 分ほどつきあ...

    2023-07-07

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  • 「人生は長い暇潰しである」

     娘が夏休みの計画表を作っていた。 「やるべきこと」と「やりたいこと」を書き出してカレンダーの空欄を埋めていく。 「先生がね、無駄に過ごす日を作らないようにして下さいって」 「無駄に過ごす日ってどんな日?」 「だらだら、ごろごろしているとか」  無駄に過ごす日があってもいいと思うけどな、とぼくは言った。 「まだまだ先は長いんだからさ」  無駄に過ごさなければ一生気づかなかったことも たくさんある。無駄の効用とでも言おうか。まあ、無駄の大切さに気づくのは人生の第二章ででも遅くはないのだけれど。    ある人のお見舞いに行った。  毎日、時間を持て余していると話していた。容体が落ち着き、日帰りなら外出許可が出るまでに回復したというので「どこか行きたいところは?」と聞いてみた。だが、行きたいところも特にないのだという。 「行きたいところは行けるうちに行っちゃったし、食べたいものも食べられるうちに食べちゃったしね」  思い残すことは何もないという顔をしていた。幸せそうだった。一方で、自分にそう言い聞かせようとしているようでもあった。ぼくらを悲しませぬようとつよがっているように...

    2023-07-05

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  • 「最終処分場の蛍」

     隣町に最終処分場がある。   県内での産業廃棄物処理を可能にすべく建設された公共処分場だ。企業の事業活動に伴って生じた燃え殻、汚泥、鉱滓、ばいじん、ガラスくず、石綿含有物、がれき類、廃石こうボードを有償で受け入れて埋め立てている。  その地に初めて足を踏み入れたのは、蛍を見るためだった。    かつては豊かな田んぼが広がる里山だった。人々が農を捨てて都会へ出たことで背高泡立草などが蔓延る耕作放棄地となっていた。地権者と自治体にとっては一円も生まない無駄な土地だったのかもしれないけれど、生き物たちにとっては大切な住処だったのかもしれない。計画が立ち上がった 2000 年代初頭にはダイオキシンが地下水を汚染するなどの懸念から反対運動が繰り広げられていた。しかし、ぼくらの文明が変われない限りどこかに作らなければならないものでもあった。  人は臭い物には蓋をしたがる。見たくないものからは目を逸らす。地域住民からも見て見ぬフリひっそりと事業を続けているその場所では毎年 5 月には地元の小学生を対象にした田植えが。そして、 6 月には蛍の観察会が開かれている。  場所は最終処分場から国道を...

    2023-07-03

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