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  • 「家族旅行の写真に」

     数少ない家族旅行の写真に父の姿はほとんどない。父は片時もカメラを手放すことなく写真を撮っていたからだ。  その父が生前、ぼくに譲ってくれたカメラがある。1993年に発売された「CONTAX TVS」。高性能のズームレンズが搭載されたコンパクトカメラ。もちろんフィルムだ。父が写真現像店を営んでいたときに仕入れたもので一度も使用されていない状態で保存されていた。ようするに売れ残りである。 「ズームできるカールツァイスなんて珍しいんだぞ。デジカメなんかより断然こっちの方がキレイに映る」  父がフィルムカメラにこだわっていたのはデジタルカメラの普及で写真現像店を畳むことになったからなんじゃないかなとぼくはひそかに思っている。  めっきり少なくなった町の写真店で電池とフィルムを購入して、父のCONTACXを初めて起動させた。翌日からの旅行の為だった。娘と妻、そしてぼくの母の4人での一泊旅行。娘が生まれてすぐに父が自宅療養に入った為、念願だった孫との旅行は父が亡くなった後になってしまった。父を一緒に連れていくつもりでバッグに入れたのがCONTACXだった。  宿での食事の後、父のCONTAXで家族写真を撮った。ぼくも入る為に...

    1日前

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  • 「暗闇の中で飛べ」

     台風 15 号が秋谷海岸を直撃したのは 9 日の深夜未明のことだった。数時間前から天気図を見るたびに、その進路がどんどん自分がいる場所に向かっているような気がしておそろしかった。波が見たこともないくらい高く上がっている。経験のない状況の中で最悪の事態も想像した。 それでも建物の中でじっとしているのが一番の安全策と判断した。テレビを見るとすでに台風はぼくのいる浜に食らいついている。幸い建物が揺れたりすることもなく、風雨ともに少なくとも建物の中にいる限りは想像していたほどには感じられない。これが「上陸」というものなのか、と思ったけれど、半島は「通過」と定義されているらしい。このあと関東に上陸と、横浜や東京への警戒を盛んに呼び掛けるキャスターの言葉が少しだけ腹立たしかった。  気持ちを落ち着ける為にシングルモルトを舐めた途端、風と雨がぴたりと止んだ。台風の目に入っていた。天気図を見ると目の後の雨雲はすでに通り過ぎたものと比べて色が薄い。峠は越えたのか、と安堵して眠りにつく。その数分後、再び風雨が激しくなったと思ったら、それまで届いていたリビングのテレビ音声が途絶えた。    ...

    4日前

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  • 「被災者」

     気がついたら被災者になっていた。 深夜未明の停電。駐車場の機械扉が開かないので電車やバスもストップしている中、車で避難することすらままならない。  救いは娘の保育園が無事だったこと。歩いて 10 分と掛からないところなのに停電していなかった。先生方も大変なときに申し訳ないと何度も頭を下げ、娘だけは快適な空調と温かい食事が待つ園に預けることができた。  停止したままの信号で依然停電が続いていることを確認する。それでもお構いなしの台風一過で気温はみるみる上昇していく。巻き上げられた潮を含む空気が肌にまとわりつく。薙ぎ倒された木々。噴き出した汗が滝のように流れていく。風にもがれた無花果の実が路上で潰れている。久し振りの夏日に地獄から甦って我が物顔で鳴き始めた蝉の合唱に苛立つ。自然の猛威に理不尽な窮地に立たれたことに対する苛立ちなのだろう。  家に戻っても暑さと寝不足で原稿が進まない。モバイルバッテリーとワープロを抱えて山側にある寝室に移動する。真夏でもエアコンいらずのこの部屋だけは窓を開け放っておけば大楠山からの清涼な風が入るのだ。あまりの気持ち良さについつい寝入ってしまう...

    6日前

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  • 「子供とこども」

     ぼくのような人間がなんとか投げ出すことなく子育てに取り組めているもっとも大きな理由は、やはり「こども」という生き物が観察及び取材対象としてこの上なく興味深いと感じているからだと思う。ましてやぼく自身の細胞が受け継がれた生命だ。そういう意味では自分の内面への興味が尽きないのと似ているのかもしれない。  こどもというのは見れば見るほど、完璧だ。完全な球体のようだ。それが年を重ねるに従って、削られたり、凹んだりして、だんだんいびつになっていく。それを個性と呼ぶのかもしれないけれど、大人が大人の都合で作り上げた社会に適応できる人間になる為と思うと果たしてそれを成長と呼ぶのだろうかと首を傾げてしまう部分もある。何よりもっとも身近な存在であるぼく自身がその完璧な球体を削ったり、凹ませたりしてしまっているのではないかという強い危惧も。  先日も反射的につまらない注意をしてしまった。自分でやりたいというのでストローとシャボン玉液の入った容器を持たせたら、いきなり逆さにしてぜんぶ溢したのだ。 「何してるの? もったいないじゃなん」  言葉を発したと同時に当たり前のことを口にした自分にうんざりして...

    2019-09-09

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  • 「異星人の脅威」

     この国が戦国時代から続いて来た藩と藩のナショナリズムでいがみ合い、時に斬り合っていたのは、ほんの150年前の話だ。そんな社会で「みんな同じ日本人ぜよ」と言い出した坂本龍馬はとても奇異に映ったことだろう。  21世紀に入ってからのグローバリズムの台頭とともに国境線は薄まり、新たなイデオロギーの対立が生まれたと思ったら、今度は一部の指導者と権力に追従するメディアによる国同士のナショナリズムの衝突に退行してしまった。  子供の頃に夢中になった未来予測の本によると、21世紀は異星人の脅威に対抗すべく世界統一政府が出来ているはずだった。  今ぼくが「みんな同じ地球人ぜよ」と大きな声で言い始めたら、多くの人が現実を見ていない理想主義者だと馬鹿にするだろう。異星人の脅威が現実にならないと分からないのだろうか。150年前の人々が黒船の大砲で夜も眠れなくなるまで隣りの藩の侍が自分と同じ日本人であることに気づけなかったように。    いつになれば人類の歴史から争いはなくなるのだろう。宇宙の平和なんてきっとアンドロメダよりも遠い何百万光年も先の話なのかもしれない。

    2019-09-06

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  • 「8月35日」

     夏はまだ続いている。朝夕の潮風には秋の成分が日に日に濃度を増しているし、土用波だし、夕陽に赤く染まるトンボの姿は秋そのものだけれど、ぼくらはまだビーサンにハーフパンツで浜辺を歩いている。  先日、自ら命を絶つ子供がもっとも多いのが夏休み明けだという話を作家の岩崎夏海氏から聞いた。  イギリスでは親の理解によりホームエデュケーションが増えているという記事を読んだ。  この町の子供たちはどうなんだろう、と娘の未来を案じた。  そして、だったら夏休みが永遠に続けばいいんじゃないか、と思った。  海を見ながら暮らしているだけで毎年、夏休みがずっと続いていくような気分になる。それはビーサンを履き出す5月初旬に始まり、ビーサンを脱ぐ10月の終わり頃まで続く。つまり1年の半分は夏休みというわけだ。ビーサンだけで言えばもっと長い人もいるし、冬でも晴天の海に出るとやっぱり夏休みみたいな気分になる。  住む場所だけじゃない。そもそもぼくの選んだ自由業という働き方そのもものが夏休みに似ている。宿題はあるけれど、いつやるかは自分で決める。自立心と自律心が必要ではあるけれど、心はいつも自由だ。  明日からは...

    2019-09-04

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  • 「ワークライフケアバランス」

     子供が生まれたときは以前にも増して働かなければと考えていた。必然的に生活費が増えるからだ。でも、現実はそうはいかなかった。    娘が保育園を休んだ。胃腸炎を伴う軽い風邪。熱はなかったが大事を取ってと僕らは判断した。妻は社内会議を休んで自宅作業に切り替えてくれた。僕はもともと自宅で執筆する予定だった。交代で娘の相手をしながら仕事をすれば、と思うだろう。僕らもそう思っていた。ところがそう上手くは行かない。誰に相手をして貰いたいかという娘の欲求を優先しないわけにいかないからだ。娘は基本的にママがいれば「ママがいい」だし、最近は「ふたりとも来て」なんてのもある。仕事があるなんて理屈は 2 歳半の子供には通じない。かといって娘の相手に追われ、仕事が遅々として進まないの妻の顔を見て放っておけるほど無責任にはなれない。結局、僕がワープロ片手に娘を外に連れ出すことになる。    かくいうこの日記も、娘がようやく午睡した車内で本業の合間に書いている (富士山と江ノ島を望む海辺の無料駐車場なのだけれど、 いつかこれを読む娘はこのときの光景を覚えているだろうか ) 。さっきまでは近所にある市の育児施設で...

    2019-09-02

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  • 「せんせい、あのね」

     先生からの連絡帳に聞いたことのない娘の言葉を見つけた。 「せんせい、あのね」  毎日いろいろ話し掛けてくれるんです。おしゃべりがたのしいです。という先生の報告だった。一生懸命、先生に話し掛けている娘のうれしそうな顔が浮かんだ。    今の先生が産休から復職された春は進級したばかりの娘もよそよそしかった。出会いがあれば別れもある。それが人生の必然であるとはいえ、 1 年経って先生にも保育園にもようやく慣れたところだったから親としては残念でもあった。  様子が変わったのは初夏の風を感じるようになった 5 月の頃。迎えにいくたびに朝送った時とは違う髪型をしていた。 「せんせいにむすんでもらった」  そう言ってうれしそうにはにかんでいた。僕はもちろん妻にもできないような高度な髪結いだった。  その頃からだ。道の片隅に咲く花を見つけては「ママにおみやげ」と摘んで帰るようになったのは。自分が食べているおやつを「半分こ」と分けてくれるようになった。食事のときにはおもちゃを盛り付けた皿を並べるようになった。「ハッピーバースデー」の歌を誕生日じゃなくても歌って「パパおめでとう」と笑ってく...

    2019-08-30

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  • 「だっこ」

     親が子を抱くという行為は、子が親に「だっこして」とせがんだときにだけするものだと思っていた。なんの疑いもなく、当然に。  だけど、そうじゃないときもある。自分の中の新しい感情の扉は月曜の朝、ふいに開いた。保育園に送る為に娘をチャイルドシートから降ろしたときだ。 「今日だっこで行ってもいい?」  娘の体温を頬で感じた瞬間、そんな言葉が口から出ていた。自分でも意外だった。日曜は仕事で留守にしていて少しも触れ合っていなかったからかもしれない。食べること。眠ること。歯を磨くこと。着替えること。風呂に入ること。トイレに行くこと。片付けること。生きる為に必要な行為がひと通り身につき、あとはそれを自ら反復して精度を高め、自立していく段階に入ったことで、子育ての終わりを感じ始めていたからかもしれない。 「いいよー」  娘が笑って答えた。いつもは手を繋いで並んで歩くクスノキの小径を娘を抱っこして保育園に向かった。自分が自分の遺伝子を受け継いだ子を抱いているという不思議さとくすぐったさに涙が出そうになる。葉がかさかさと音を立てて揺れる。晩夏の風だ。その涼しさの中に秋の訪れを感じた途端「いつか死んじゃう...

    2019-08-28

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  • 「RESTART」

     夏の終わりになると無性に聴きたくなる歌がある。  毎年この時期にビーサンをペタペタ鳴らして訪れるのは「BLUE MOON」。今年23年目の夏を迎えた一色海岸の海の家だ。葉山で間伐された竹で組み立てられた空間は見ているだけで涼をくれる。  そのステージに毎年夏の終わりになるとギター片手にふらりと現れるのがCaravanだ。どこにも属していない放浪のシンガーソングライター。彼が紡ぎ出す歌を聴いているだけで僕はここで生きているのを肯定されているような気持ちになる。勝ち負けじゃない。正しいとか正しくないとか意味があるとかないとか、そんなことはどうでもいい。雨上がりには虹が、灯りが消えた後には星空が音もなく広がっている。それは夕暮れどきなんかにハートランド片手に妻と娘と浜辺を散歩しているときに心の中を吹き抜けていく柔らかな風とよく似ている。東京で仕事をしているときはやっぱりそうは思えないからこそ、そんな風に思える瞬間が365日のうち1日でもあるだけでこの海辺の町で暮らしていて良かったと心から思う。    旅人の歌声とアコースティックギターの音色と波音のアンサンブル。あえてステージに背を向け、深まる夕闇に境界線が...

    2019-08-26

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