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  • 「コメディアンの背中」

     僕の家には相模湾と富士山と江ノ島が一望できるベランダがある。この景色がこの家を買うことにした決め手だった。独身男の一人暮らしだ。ビール片手に夕陽に染まっていく海を見る、とか朝はコーヒー片手に夏の海辺のすがすがしい空気を、なんて姿を想像した。もちろんそういう時期もあった。結婚してしばらくの間もそういう絵に描いたような優雅な時間を何年か過ごした。  ところが、最近はそうもいかない。初夏の晴れた朝、僕はすがすがしい朝の海と冷めてゆくコーヒーをうらめしそうに見ながら、床に散らばったごはんつぶをせっせと拾い集めている。娘が箸を使って自分で食事するようになってからは散らかる量も増えた。おむつが徐々に取れているから、これからの朝にはおねしょで濡れた布団を干すことも加わるのかもしれない。この家を買ったときはまさか海の見えるベランダに黄色い地図が描かれた子供の布団を干す朝なんて想像もしていなかった。  まるでコメディじゃないかと自嘲気味に笑う。もちろん二枚目を気取ったこともないけれど、三枚目が似合うほどおもしろい人間でもないと自分では思っている。それでも娘を傷つけないように諭す為にひねり出...

    2時間前

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  • 「蛍」

     繰り返す穀雨と梅雨晴れが夏野菜を育ててくれる。と同時に、激しい雨と灼けつく陽射しは地獄の底まで届くような地下茎のスギナやハマスゲ、メヒシバやブタクサなどのいわゆる雑草も繁殖させてしまう。使っているのは土壌には優しいが即効性は弱い有機肥料だ。直ちに抜かないとせっかくの栄養分がこれらの草に搾取されて肝心の夏野菜が実をつけてくれない。  なのでこの時期は晴れ間のたびに草刈りに追われることになる。縮こまって固くなった腰を伸ばすと目に入るのは道を挟んだ向こうの大きな畑。作物以外の雑草なんて1ミリも生えていないし、ナスやトマトがたわわに実っている。地表に撒かれた粒状の化学肥料と土作りの際に農薬を散布して雑草の芽を死滅させたおかげだ。  小さいながらも自家菜園に取り組むようになって7年。何度使いたいと思っただろう。草刈りからも解放されるし、収量も格段に増える。国営放送の家庭向け園芸番組でも当たり前のように化学肥料を使っている。もはや使う方が常識という時代なのだ。むしろあるのに使わない方が理由を求められる。車やバスがあるのに30㎞の道程を徒歩や自転車で通勤している人が健康や環境の為です、と表...

    2日前

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  • 「つちふまず」

     抱っこするか、手をつないで歩くか。娘と外出するときはそのどちらかの選択肢しかなかった。ベビーカーや三輪車を除いては。  保育園までの道を手をつないで歩く。途中10メートルほど国道の脇を歩かねばならない箇所がある。最近の娘はそこを通るたびに「ブーブー来るから走っちゃダメ」と自ら歩道の端を歩くようになった。  昨今の事故で保育士さんたちが散歩のたびに交通ルールの徹底をかつてないレベルで行っているのが痛いほど伝わって来る。必要なことだし、とても有り難いけれど、切なくもなる。アスファルトで舗装された道路は自動車が走る為に作られたものだという事実に。どうして人間は自ら作り出した自動車にここまで脅え、身を潜めて歩かねばならないのだろうということに。僕らは日々当たり前のように歩いているけれど、そもそも人が歩くだけだったらアスファルトで舗装する必要などなかったのだから。  自動車社会で逞しく生きていく一歩を踏み出したばかりの娘が保育園の前で足を止めた。「どうしたの?」と訊いたら「赤ちゃんに戻りたい」と淋しそうに呟いた。車に脅えているのだろうか。いや、それだけじゃない。ごはんは自らスプーン...

    5日前

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  • 「一粒の種」

      6月5日は僕にとって師と呼べるひとりである塩屋俊さんの7回忌だった。俳優であり、鈴木亮平さんらを育てた演技指導者であり、演出家であり、実業家だった方だ。  ドラマの企画を依頼された初めての出会いが僕が29歳の時だったから、もう30年のおつきあいになる。最初の企画も含めて10年近くは形になった仕事がなかったけれど、僕のことを面白がってくれてたびたび食事に誘ってくれたり、時にはその席で色々な方を紹介してくれたりした。シェイクスピアを原作にした連続ドラマを書くことになったときも、プライベートのおつきあいの中で演劇人としてご教授下さった。一話の脚本を読んで下さって太鼓判を押してくれた。    ブルゴーニュの赤ワインが大好きだった。だから目を閉じると思い出す塩屋さんはいつもたゆたう深紅の向こうで笑っている。  転機は2009年だった。全国の農家を巡る旅を番組にしたり、自分でも畑を始めていた僕の話にとても興味を持って下さって、ご自身も仲間と故郷の大分で農業を始められた。  都会育ちだった僕自身の農業体験を書籍化するときに「こんな役割が担えたら」という願いとともにつけた『種蒔く旅人』というタイ...

    2019-06-12

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  • 「emotion」

     理詰めで紡いだ物語が人を感動させることができるだろうか。何より自分自身を感動させることができないのではないだろうか。  特に脚本なんかを書くときにはいつも自分なりにではあるけれど湧き上がる感情の赴くままに言葉を紡いでいく瞬間があった。読み返すといつも、自分だけの力ではなく、作品に関わる人々の思念のようなものに書かされたのではないかとすら感じる一節があった。少しぐらい破綻していても、日本語の使い方が間違っていてもこれが正解だと言い切れる確信があった。それを他人が評価したかどうかは全く別の問題なのだけれど。  いわゆる「感受性」というものなのだろうか。だとすると厄介なことに、今はその感受性がすべて娘に向かってしまっているような気がしてならない。娘という知的生命体への興味に注がれてしまっているような気がしてならない。まるで児童心理学の研究者にでもなったみたいに、日々成長する人間の心の深淵を覗きたいとのめり込んでしまっているのだ。端的に言うと、自分だけの表現や言葉は「発見と感動」からしか生まれない。その発見と感動が 初めての子育ての中にあまりに多過ぎて、他がすべて色褪せて見えて...

    2019-06-10

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  • 「抜き打ちテスト」

     第一問「娘がTシャツの上にこれを着る、とクローゼットから引っ張り出して来たのはダウンジャケットだった」  第二問「用意した靴ではなく今日はこれ、と言ったのは処分しようとしていたサイズの小さくなった靴だった」  始まった頃はイヤイヤ期だとか自我の芽生えにありがちなワガママなのかなと流していたけれど、ちゃんと向き合ってみるとそうではないことが分かる。明らかに親である、そして大人である僕らを試している。なぜなら娘自身も「暑いのにダウンジャケットはおかしい」ことや「サイズの小さくなった靴はキツい」ことは理解しているからだ。その証拠に保育園の近くまで来ると季節に合わない服装も小さくなった靴も自らから脱いで正しい服装に着替える。なので僕らは娘のこういう行動を「抜き打ちテスト」と呼んでいる。  今朝も「また抜き打ちテストだよ」と言葉には出さずに妻と目を合わせた。 第一問「季節に合わない服」 A.気の済むまで好きなようにさせる B.それは冬に着るものだからダメ、と説明する。 C.「そうだよね、寒いもんね」と自分もダウンジャケット姿で外に出て「なわけねーだろ」とノリツッコミする。 第二...

    2019-06-07

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  • 「大和(カリフォルニア)/TOURISM」

     戦艦大和の名は古代日本において国全体を指した「大和国」に由来するという。東京都目黒区のアパートで生活していた両親が長男である僕の出生後すぐに引っ越したのが同じ名前を持つ神奈川県大和市の公団住宅だった。  どこまでも同じ棟が続く団地の風景は東ドイツのような社会主義の匂いがした。公園も植栽も何もかもが人工的な不自然の中で唯一の自然であるはずだった境川は生活排水でいつも臭い匂いを発していた。その高架上を数分おきに駆け抜けていく東海道新幹線。そして昼夜問わず頭の上を飛んでいく米軍機。それらの爆音が団地内のどこにいてもいつも響き渡っていることに、僕はいつも苛立っていた。せめてもの慰めはNHKの受信料が半額だったことぐらいかもしれない。  もっとも失望したのは小学6年時の歴史の授業だ。「日本は1951年に独立しました」という教師の声を校庭の上を飛んでいく米軍機の爆音が掻き消したのだ。「独立なんかしてないじゃないか」と多感な少年がすべての大人を疑い始めるのには十分過ぎる出来事だった。  厚木基地は市内の日本人が足を踏み入れてはいけない地域にあった。年に一度だけ、日米友好の名の元に基地のゲート...

    2019-06-05

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  • 「残せるものはなんですか?」

     6月だというのにもう水着で泳いでいる。ジェットスキー。ヨット。スタンダップパドルボート。思い思いのマリンスポーツを楽しんでいる。二日酔い気味の僕はテントで波の音を聞いている。この浜は国道に面していないのでとても静かだ。ふと思いついてAFNにチューニングを合わせる。かつてFENと呼ばれていた米軍向けラジオ。今やスマホアプリでも聴けてしまう時代だ。厚木基地を飛び立った米軍機が横須賀港に停泊している空母に向けて頭の上を横切っていく。横須賀が日本の中のアメリカでもあることを実感する。文庫本を広げる。中断していた中村文則さんの「何もかも憂鬱な夜に」。たった一行でこの陽気とはまるで違う世界に没頭させられてしまう。  やがて妻と浜辺で砂遊びをしていた娘が隣りにやって来た。僕の真似をして妻の文庫本を広げた。文字ばかりなのにどうするのだろうと思っていたら「むかしむかしあるところにオレンジのヤギさんとピンクのヤギさんが…」と勝手に話を作って朗読し始めた。  昨日で50歳になった。今書いているこの文章はもちろん、彼女が生まれてから書いているものはすべていつかどこかで娘が読んだり見たり聴いたりすることを想...

    2019-06-03

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  • 「50歳の貌」

     ミシェル・ウエルベックの処女作に心から共感した一節がある。  一生読書して過ごせたら、どんなに幸せかと思う。僕は七つの時分にはすでに読書の力を知っていた。この世界の仕組みは痛々しく、生きづらい。僕にはそれが修復可能とは思えない。実際、僕には一生読書して過ごすほうが向いていると思う。そんな人生は、僕に与えられなかった。(ミシェル・ウエルベック「闘争領域の拡大」より引用)  7歳で人生における大きな挫折をした僕はそれまでに習慣づいていた読書によって救われたおかげで今がある。今でも現実が救いのない出来事で殺伐としているときは知りたくもない人の心の闇で溢れ返るSNSを閉じて、最後まで読み通すだけで救いをくれる書物を開く。一生読書だけをして過ごせたら、どんなに幸せかと思いながら。  先日読み始めた文庫本がおそらく40代最後の一冊になるのだろう。通りがかりの古本屋でたまたま手に取った伊集院静の『なぎさホテル』。還暦を迎えた作家が人生の目的を失っていた季節を過ごした逗子なぎさホテルでの7年間を追想した自伝的な一冊だ。  僕は17歳の雨の夜に自分と約束した。「居酒屋でビールジョッキ片手に、あの頃...

    2019-05-31

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  • 「父性が戦争に利用されるようなことがあってはならない」

     先日、ラジオで「男の美しさ」であるとか「本質的な男らしさ」について話していて、頭の中にはある人物のことが浮かんでいた。 「金閣寺」や「憂国」で知られる作家の三島由紀夫だ。ボディビル、剣道に空手、そして自衛隊で肉体を鍛え上げた文武両道の達人は「男は一人残らず英雄であります」で始まる著書『第一の性』で「本質的な男らしさ」や「男の清潔さ」について説いた。  氏が自衛隊に立て籠もって切腹したのが1970年。「あしたのジョー」でも描かれていた男が獣のように美しく、かつシリアスだった時代のカウンターカルチャーだったのだろう。80年代に青春を送った僕は「男が軟弱になった」と言われる世代だ。漫画で言えば「タッチ」の上杉達也。努力や根性を嫌い、いつも欠伸ばかりしている。でも、いざとなったら愛する女の為にだけ力を発揮する。そういうヒーローに憧れた(努力もしなければ根性もないので、実際そうなれるのはひと握りの天才のみ)。それでも女性にモテる為ならと「やさしい人が好き」という声に応えているうちに、「本質的な男らしさ」みたいなものからはどんどん遠ざかっていったように思う。  自分を「男らしい」なんて感じ...

    2019-05-29

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