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  • 「どれだけ泣いてもいいから」

       ある朝、大きな破裂音でぼくは目覚めた。娘が激しく泣き始めていた。 「どうしたの?」  心配して駆け寄る。足下で赤いゴムの皮が皺苦茶になっていた。 「ふうせんがぁー」  昨晩、妻に膨らませて貰ったお気に入りの風船だった。天井に向かって何度もトスしていたら割れてしまったそうだ。    朝食の時間になっても娘は思い出してはさめざめと泣き続けた。 「形あるものはいつか壊れちゃうんだよ。また膨らませてあげるから。ね? ごはん食べよう」  妻が慰める。なんとか泣き止ませて朝食に向かわせようとする。納豆ご飯を泣きながら頬張る娘を見ているうちに、ふと気づいた。それは彼女にとって初めての喪失体験なのではないかと。 「大切なものを失ったときに泣くのはいいことなんだ。だから気が済むまで泣けばいい。涙が涸れるまで泣いていいんだよ」  ぼくは言った。続けて、ぼくや妻も今まで何度も大切なものを失って泣いて来たことも。 「ママはどんなおもちゃが壊れて泣いたの?」   5 歳の彼女にとって「大切なものを失う」と言われて想像するのはまだおもちゃが壊れることだけなのかもしれない。 「うーん、お...

    17時間前

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  • 「どうやら土作りからやり直す時のようだ」

     地力の落ちた酸性の畑には雑草が蔓延る。硬くなった土でも根を伸ばし、岩盤を突き破るほどの勢いで茎を伸ばす生命力の強い雑草だ。痩せ細った土の少ない栄養を彼らが独占してしまう為、作物は育ちにくい。トマトやジャガイモは収量が落ちるし、もっとわかりやすいのは葉物だ。土が痩せているかどうかは小松菜の葉脈の見れば一目瞭然だ。肥沃な大地で育った小松菜の葉脈は張り巡らされた毛細血管のように細かく、痩せた大地で育った小松菜は葉脈そのものの数が少ない。人間の血流と同じだ。健康な人ほど毛細血管の隅々まで血が巡っている。    何年も同じ畑で連作していると大地も痩せていく。休ませたり、栄養を補給したりしないと免疫力も生産性も落ちる。化学肥料のようなドーピングはもちろん、付け焼き刃の追肥や焼け石に水のような除草では良い作物は育たない。これもまた人間と同じだ。組織と同じだ。  どうやら土作りからやり直す時のようだ。土を掘り返して天地返しをする。土の裏側を太陽の光で消毒し、雑草を根切りし、堆肥を入れて耕し、石灰を混ぜて酸性からアルカリ性に戻していく。ふかふかの土にする。作物が育ち、雑草に付け狙われな...

    3日前

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  • 「夏草刈り」

       日中の気温が久しぶりに 25℃ を下回った日。集落の人々が一斉に始めたことがある。夏草刈りだ。      暑さでほったらかしになっていたぼくらの菜園にも腰の辺りまで伸びた夏草が群生していた。ゆるやかな曲線を描いた刃のついた鍬を手に草むらに分け入っていく。左手で草の束をひと掴みし、右手の鍬でなるべく根元の方から刈り取っていく。夏草の悲鳴が聞こえた。たくさんの人でごった返す商店街に突如現れた通り魔にでもなったような気分だ。無心で刈り取っていくたびに人間社会で生きる為に眠らせていた野生が呼び覚まされていく。狂気のようなものが呼び覚まされていく。ふと自分が行き場のない苛立ちやストレスを罪もない夏草にぶつけているような気がした。大量殺戮という言葉が浮かぶ。とはいえ、ぼくがやっているのは美容師が髪を切っているのに近いのではないだろうか。伸びた分をカットしているだけのような。もちろん後で根も掘り返して駆逐するのだけれど。それでもどこからかまた種子を飛ばし、あるいは地中から伸びて芽を出してくる。夏草との泥沼の戦いに終わりはない。  本気で根絶やしにするなら除草剤だ。が、子どもの頃にベトナ...

    5日前

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  • 「マイナス7℃の優位性」

     日が暮れると昼間の暑さが嘘のように涼しくなる。ヒグラシが鳴き始める。夜気を含む潮風に秋の成分が 3 %くらい混ざり始めているのを感じる。今日も一日生き延びたと安堵する。    苛酷な夏だ。  仕事で東京に行くと特にそう感じる。エアコンを効かせていても車の運転席は硝子越しの陽射しで亜熱帯植物園にいるような灼熱地獄だ。災害級の暑さだ。 30 年前の東京の平均気温は 27.2℃ だったそうだ。地球温暖化とヒートアイランド。緑が減ったこと。コンクリートが増えたこと。排気ガスとエアコンの室外機。東京中の空調を一斉に消せば 1℃ くららい下がりそうな気もするが今更 1℃ 下げるために消すこともできない底無しの借金地獄。驚くのは行く先々で設定温度が 19℃ くらいになっていることだ。遮光設備のない窓の大きいオフィスが多いことも原因のひとつなのだろうが、ここまで冷やさないと体感温度が適温にならないのはもはや建築ミスと言えるのではないだろうか。  三浦半島の自宅にいるときはどれだけ暑い日でもエアコンの設定温度は 28℃ で十分だ。東京や横浜に比べて外気温は 5℃ から 7℃ くらい低い。熱中症警戒アラートが発令され...

    2022-08-05

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  • 「2022年7月28日」

     夕闇が迫る午後 7 時過ぎ。打ち上げまであと 15 分と迫ったところで、よく冷えたスパークリングを開栓する。冬瓜や茄子やパプリカなどの夏野菜と手羽先を煮込んだ「冷やし夏おでん」に舌鼓を打つ。夜気を含む潮風が火照った肌を心地良く冷ましてくれる。夜空との境界線が消えた海を見ると、江ノ島を望む西の空に遠雷が光り始めていた。    海辺の町から祭り囃子が聞こえなくなって 3 年になる。担いだまま海に入っていく神輿も、境内の縁日も「夏休み」の麦わら帽子みたいに消えたままだ。 3 歳の夏に経験したきりの娘はどちらも覚えていないだろう。だからこそ 3 年振りに葉山で花火大会が復活することは世界的なパンデミックが出口に近づきつつあることを予感させてくれる希望のひとつだった。  都心からの人出で賑わう鎌倉や逗子の花火大会と違って、葉山の花火大会はローカルなイベントだ。逗子や鎌倉のように JR の最寄り駅がないアクセスの悪さ。平日開催という日程。しかも花火自体も 40 分で終わるといわれれば都心から往復二時間以上かけて訪れる人が少ないのも頷ける。メイン会場となる森戸海岸と一色海岸は場所取りなどせずとも観...

    2022-08-03

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  • 「毒樹の果実」

     刑事ドラマで若い刑事とベテラン刑事のこんなやりとりを見たことはないだろうか。 「お前この証拠が裁判で通用すると思ってるのか?」  たとえば、正義感だけで突っ走る若い刑事が、捜査令状も取れていないまま容疑者のアジトに踏み込んで決定的な証拠を掴んだようなケースだ。 「悔しいだろうが、この証拠は無効だ」 「犯罪に目を瞑れってことですか?」 「お前のやったことも立派な犯罪なんだよ!」  法律の世界には「違法収集証拠排除の法則」というものがある。前述の若い刑事の住居不法侵入や拷問による自白の強要など違法な手段で知り得た証拠は裁判においてその能力を認めないというものだ。 「毒樹の果実論」  法律を囓った人間なら一度は聞いたことがあるだろう。違法な手段で得た証拠が裁判で例外的に認められるのは民事裁判における不貞判定、すなわち浮気の証拠ぐらいだったように記憶している。  ひとつの犯罪によって白日の下に晒された問題をメディアや良識ある知識人までもが鬼の首を捕ったかのように振りかざし、巨悪を追求しようとしている。とても危険なことだと思いながらその行く末を憂慮している。たとえそれが...

    2022-08-01

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  • 「一年早い夏休み」

     本格的な夏の訪れとともに七度目の登園自粛。園の感染状況と小児科の逼迫具合を見て自主的に判断した。娘の命を守ることが園の先生方と医療従事者の負担軽減に繋がればと。が、感染リスクは限りなくゼロに近づく一方で、親の負担は増える。在宅で仕事をしながらの育児。七度目とはいえ「いつまで続くんだよ」と溜め息が出る瞬間も一度や二度じゃない。それでも行動制限が出ているわけじゃないので気分的には自由だ。感染対策をした上であればどこへでも連れて行って遊ばせられる。家の周りには海も川も里山もある。来年には小学生だ。夏休みはずっと子どもが家にいる日々が待っている ( 娘は学童に入ることを頑なに拒んでいる ) 。ならばと今回の状況を利用して来年からの夏休みを親子で体験学習することにした。    宿題は午前中の涼しいうちに、というのがぼくの子どもの頃の教えだった。が、海辺の町には「海で遊ぶなら午前中の涼しいうちに限る」という常識がある。 12 時から 14 時はもっとも陽射しが強く、浜辺で遊ぶのは地獄だ。そこで午前中に海などの屋外で遊び、昼食後からの熱い時間に空調の効いた室内で過ごすことにした。ぼくらは仕事、...

    2022-07-29

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  • 「依存し過ぎないこと」

     長葱が好きだ。毎日何らかの形で口にしている。蕎麦や納豆をよく食べるのも、長葱を食べたいがゆえだったのだと数年前に気づいた。にもかかわらず、長葱を栽培したことはない。菜園を始めてもう10年になるのにだ。どうやら自分では育てられないと思い込んでいるようだ。ぼくは農薬も化学肥料も使っていない。化学の力に頼らない農法において今のぼくの技術ではモヤシのように細い長葱しか育たないのではないかと。だから長葱はプロの農家さんに依存して生きている。  自立心は強い方だと思う。高校に入る段階で家賃と生活費はアルバイトで賄うのでひとり暮らししたいと親に訴えていたし(高校を出るまではダメだと一蹴されたけれど)、仕事も30年以上自由業だ(もちろん多くの方に支えられているおかげだと感謝してはいるけれど)。喫煙はやめると決めたら一日でやめられたし、3ヶ月で30㎏というダイエットも一度で成功した。酒は飲むけれど1ヶ月以上飲まなくてもそれはそれで平気だ。ギャンブルもしないし、他者が創造した神の存在も信じていない(創作を生業としているがゆえにその台所事情も胡散臭さも知っているからだと思う)。だから、政治も宗教も信じていない...

    2022-07-27

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  • 「ぼくと父の二人旅」

    「やだ、あんた覚えてないの?」  母が素っ頓狂な声を上げた。ぼくには父親と二人で旅をしたことが一度だけあると母が話してくれたときのことだった。ぼく自身には父と旅をしたという記憶さえなかったのだ。  1975年、ぼくが小学校に上がる前の年の夏の話だった。行き先は大島。往復のフェリーで二泊、島で一泊か二泊したそうだ。そういえばアルバムに父と島らしき場所で並んでいる写真が一枚だけあったのを思い出した。一緒に旅をした幼馴染みのお父さん(父の友人である)が撮ってくれたものだった。探してみたら同じ場所で幼馴染みの女の子と二人で並んでいる写真もあった。父親同士が計画した父の子の旅だった。  残された写真を見ても何ひとつ思い出すことができなかった。子どもの頃の記憶というのは時々思い出して自分語りしておかないと完全に忘れてしまうものなのかもしれない。  父はもうこの世にはいない。一緒に旅をした幼馴染みの女の子とも中学を卒業して以来会っていない。父の友人の方とも父が亡くなる直前に病室でお会いしたのが最後だ。  失われた記憶の唯一の手掛かりである、父との写真をもう一度見つめる。35歳の父は6歳のぼくに旅先で...

    2022-07-25

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  • 「なにもしない一日」

     三連休の最終日、仕事に出掛けようとしたぼくに娘が言った。 「つむちゃん、今日何するの?」  このところ休んでいない。年長になってからは保育園も休まなくなったし、週二日の休日のうち一日はバレエ教室に通い、残りの一日は友達と遊んだり、祖父母の家に行ったり、なにがしかの予定が入っていた。たまには家でゆっくり身体を休めておくのも必要なんじゃないか、と思っていたところだった。  「なにもしない一日っていうのはどう?」  ぼくはそれだけ答えて、仕事場へ出掛けた。    横浜横須賀道路を走りながら「なにもしない一日」を過ごしたのはいつだっただろうと考えた。緊急事態宣下ではそんな日があったような気もする。娘は登園自粛していたし、ぼくも妻も在宅勤務だった。おまけに予定していた仕事がなくなったりしていた。でも、暇ではなかった。保育園に行けない娘を畑に連れて行ったり、浜辺で遊んだり、ごはんを食べさせたりして、その合間に仕事をしていた。時間があるようで、なかった。  「暇だなあ」と呟いたのは数年前、八丈島を旅したときが最後かもしれない。八丈島は暇を味わうために行く場所だ。到着して明日葉そば...

    2022-07-22

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