日本人は、“出世魚”が大好きだ。スズキにクロダイ、ブリにボラ……味がいいものはもちろん、普段食用にされにくい魚でも、出世するというだけでもてはやされる。
また、日本各地で異なった出世過程をたどる魚も少なくない。有名なところでは
スズキ(関東:セイゴ→フッコ→スズキ 関西:セイゴ→ハネ→スズキ)
ブリ(関東:ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリ 関西:ツバス→ハマチ→メジロ→ブリ)
などがある。このあたりも、日本人の出世志向を表しているといえるだろう。
しかし、そんな出世魚たちとは対照的な、全く出世をしない魚がいることをご存じだろうか。「いやいや、出世魚以外は基本出世しないだろ?」とおもったそこのあなた、それはもちろん正解。しかし、今回はそういうことではなく、あるユニークな名前と扱われ方をする魚についてご紹介したいと思う。
その魚とはこちら。
(画像が表示されない方は、http://rensai.jp/wp-content/uploads/2012/11/RIMG0407-300x150.jpg からごらんください)
見た目はイワシやニシンに似ているが、大きさが全く異なる。最大で70㎝を超えるというこの魚、正式和名を“ヒラ”という。この魚は出世をしないので、生まれてから死ぬまで当然“一生ヒラ”である。本人(魚?)たちは全く気にしていないだろうけど 、ちょっとかわいそうな名前だと思うのは筆者だけであろうか……。
名前の由来はその体型から来ている。ごらんのとおり、著しく側偏(平べったい)しているのだ。釣りをする人は、東京湾でよく釣れる“サッパ”を、外見はそのままに大きさを10倍していただければ、容易に想像ができると思う。
ちなみにこの魚、一部のルアーマンからは“有明ターポン”と呼ばれているらしい。有明海のような砂泥底の内湾に生息し、世界中のルアーマンが憧れる怪魚ターポンに見た目が似ているから、というのがその理由だという。確かに見た目は似ていなくもないが、ターポンはイセゴイ科、ヒラはニシン科と種類が異なり、またターポンは非常にまずいため食用にはされないという。
さてこのヒラ、名前はかわいそうであるが、生息地域では珍重される魚である。筆者の祖父母が住む岡山では市場価値も高く、有名な“ばらずし”に県魚サワラとともに供されたり、 酢締めにしたものが冠婚葬祭の宴会で食べられることもしばしばだ。ほかにも、黄海周辺でよく獲れ、中華料理の食材にされるという。
ヒラはこれからの季節に脂がのり旬を迎える。ニシンの仲間であるため味もよく、筆者も先日、皮つきの酢の物や塩焼き、煮物で賞味したがとてもおいしかった。小骨が多いため骨切りが必要になるが、大きいため食べ出もあり、手間をかける価値のある魚だと思っている。
そんな有用な魚であるヒラ、ではなぜ日本の心臓部たる東京で食べられていないのか? 理由は簡単、残念なことに関東の海には生息していないのだ。大阪湾以南に住み、足がはやいため地元での消費が中心となっている。輸送手段が発達した現在でも、先にあげたとおり骨切りが必要になるなど、食文化がない地域にはなじみにくい魚のため、今に至っても東京の店で手に入れるのは非常に難しい。
しかし、そんなわれわれ関東民でもヒラを購入できる場所が存在する。それはずばり、東京・上野のアメ横商店街である。
アメ横センタービルを中心に、エスニックな香りが漂うこのディープなエリア、その中でもディープすぎて多くの観光客は足を踏み入れないと思われるセンタービル地下の魚屋でそれは手に入る。
アジア各国の言葉が飛び交い、生きたスッポンや食用ガエル、雷魚にナマズまで売られているなかでヒラを購入するのは勇気がいるかもしれないが、どの店舗も冷やかしでない客にはとても親切にしてくれるので、ぜひ買いに行ってみていただきたい(頼めばさばいてもくれる)。このセンタービル地下は筆者のお気に入りの場所で、ここで記事が2、3個書けるがそれはまた次回に回そうと思う。
近年、出世を望まず責任を負いたがらない、いわゆる草食系男子の派生系サラリーマンが増えているという。主任や係長などの中間管理職上司の悲哀を身近で感じているがゆえの志向であり、筆者としては世間で言われるほど彼らを責める気にはなれないのであるが、どうせ一生ヒラでいるつもりなら、ぜひ“ヒラ”を見習って、骨ばっていて味のある人材になってもらいたい、と思う。
※この記事はガジェ通ウェブライターの「茸本 朗」が執筆しました。あなたもウェブライターになって一緒に執筆しませんか?
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