2011年に旋風を巻き起こしたアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』。テレビ版の再編集版にあたる『魔法少女まどか☆マギカ[前編]/始まりの物語』と『魔法少女まどか☆マギカ[後編]/永遠の物語』(ともにアニプレックス配給)は2012年10月の公開から順調に興行収入を伸ばし、2012年11月11日時点で両作合わせて10億円を突破しました。
劇場版では、テレビ版の監督を務めた新房昭之氏が総監督として引き続き指揮をとり、音響を新録・映画館で観る上でのカットの修正など、編集や演出の随所にこだわりを垣間見せています。『それゆけ!宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ』『ひだまりスケッチ』『化物語』など、数々の作品を送り出してきたベテラン監督に、『劇場版まどか☆マギカ』の魅力と見どころを探るため、直接お話をうかがいました。
−−まずは改めて“魔法少女”ものをオリジナルストーリーで作ることになったいきさつをお聞かせ頂きたいのですが。
新房:もう随分昔の話なので忘れてしまってますけど(笑)。もともとはプロデューサーの岩上(敦宏)さんが言い出して、僕も『魔法少女リリカルなのは』をやっているので、「やりたいですね」という話をしていたんです。脚本の虚淵玄さんとははじめて仕事をするし、蒼樹(うめ)さんとは『ひだまりスケッチ』を一緒にやっていますけれど、彼女の絵で魔法少女をするという発想が僕にはなかったから、「それは面白そうだな」って思ったのを覚えていますね。
−−「魔法少女」という言葉をタイトルに入れるのにこだわったというお話がありますが。
新房:原作ものではなくオリジナルですから、まったくジャンルが分からないのはつらいな、と。「魔法少女」と入れると、「あぁ女の子が変身するんだな」と分かる。そういう理由が大きかったですね。
−−新房監督の中で、「魔法少女」というのはどういう位置づけなのでしょう?
新房:自分でもよく分からない(笑)。ただ、剣を持って戦う、というのには違和感があります。「魔法」があるから戦っているという方が説得力があって、自分でも違和感なく入れるというのはあるかもしれないですね。
−−ファンの間では、SFなのか魔法少女ものなのか、という議論がありますが。
新房:どっちでもいいですよ(笑)。観る人が判断すればいいことですから。僕はタイトルに魔法少女とついていれば満足です。まぁ、言葉遊び的な要素が多いですよね。作る側としては意識して描くことはないよね、というのはありました。魔法のテクノロジーを描いているわけではないですし。日本SF大賞にもノミネートされたのは光栄でしたけどね。
−−『まどか☆マギカ』では虚淵さんの脚本や構成が大きなファクターだと思うのですが、監督のファースト・インプレッションはどうだったのでしょうか?
新房:何よりストーリーテリングがすごく面白かった。読む者を飽きさせないサービス精神も旺盛でした。最初、岩上さんから虚淵さんの作品を本でもらって読んでいたので、僕の中では彼のことをシナリオライターではなく作家として認識していたんですね。だから、上がってきたプロットを読んで、整合性が取れていて「なるほどな」という。逆に、自分たちが読むと面白いけれど、キャラクターが認知されなければ観てもらえないだろうから、そこをどう伝えればいいのか知恵を絞らなければ、という感じでした。
−−先ほど触れていらっしゃいましたが、蒼樹さんのほんわかとしたキャラクターデザインで、戦う少女というのは一見ギャップがありますよね。
新房:蒼樹さんにはある程度自由に描いてもらったのですが、最初の会議でほぼOKでしたね。
−−魔法少女の変身シーンもみんなキュートに描かれています。
新房:ほとんど現場に任せていたのですけれど、一つだけ変身シーンに限らず全編通してですが「裸にはしないでね」と(笑)。僕の中では、美少女が裸になるというのは『イデオン』の刷り込みだと考えているんです(笑)。それが嫌だったんですよね。この作品はそういう話じゃない、と。
−−なるほど(笑)。一方で魔女との戦闘シーンには劇団イヌカレーさんが携わっていますが、独特の世界観ですね。紙芝居や影絵のような造形もあって、まさに「異空間設計」というクレジットの通りでした。
新房:今までにない演出が欲しいという意図でのオーダーだったのですが、完全に「イヌカレー・ワールド」ですね。女性的なメルヘンな要素もありながら紙一重の危うさもありますね。
−−戦闘シーンのアクションもかっこいいですよね。特にマミのガンアクションはファンの人気が高いです。
新房:シナリオ段階で既にアイディアはあったのですが、誰が決めたというのではなく皆でディスカッションして、アクションディレクターの阿部望さんが武器などを調べて描いてくれて、あのような形になりました。
−−そのマミは、テレビ版では3話で死んでしまうのですが。
新房:プロットの時点で早い段階で死ぬとというのは決まっていたので、狙っていたところではあります。これでファンが離れるのではとドキドキしました。人気が出て嬉しいというよりほっとしましたね。
−−特に女性ファンの間では、恭介を巡るさやかと仁美のエピソードが話題になっています。「あなたには私の先を超す権利がある」という仁美の言葉には賛否両論あるようです。
新房:ストーリー上さやかが魔女化する一環ではあるけれど、そういう論争が出てくるところは面白いですよね。正々堂々と恋の勝負をしているように見えるけれど、仁美が自分の勝ちを分かっていて言っているのか。さやかにわざと告白させるために言っているのかもしれないし。ストーリーを進めるためのエピソードがいろいろな解釈をしてもらえるところが面白いですね。
−−テレビ版と、映画の前後編との違いについてもお聞かせ頂きたいのですが。ただのダイジェスト版には留まらない完成された作品という印象を受けました。
新房:これはテレビを原作にした映画なんですよね。だから「あの場面がなかった」とかいう声がどうしても出てくると思うけれど、それだけ細かく観ているファンが多いということでもありますし。
−−後編にも、テレビ版オープニングテーマの『コネクト』が入っていますが。
新房:最初は入れるつもりはなかったんです。劇中でテレビのオープニングが流れるということは普通はやらない。それでもあえてやったのは、ファンムービーという側面があるからです。賛否はあると思いますが、それでもいいんじゃないかと。それに、大きな画面で観てもらいたいという思いもありました。
−−テレビ版よりも、画面が少し暗いような感じを受けたのですが。
新房:それは、夕方と夜の場面が多いからですね。だから、劇場版では場面によってはテレビ版とわざと時間を変えて、バランスを取ったところもあります。テレビだと一週間のインターバルがあるし、CMも入るので場面が切り替えやすいのですが、映画だと全く違うので、そこが難しかったですね。
−−見滝原の街並みもかなり作りこまれています。風力発電が回るシーンもありますね。
新房:工業地帯にロケもしていて、絵的に映えるというのがあります。本当をいうと、風力発電はレンズ型のものにしようとも悩んだんですよ。でも絵にならないのでやめました。騒音が抑えられたり、たくさん風が取り込めてそちらの方が実際にはいいらしいのですけれどね。
−−まどかの家がモダンだったり、一方でほむらの家はヨーロッパの市街地を思わせる作りで、無国籍なイメージを受けました。
新房:ほむらの家はキャラクターの印象が欲しくて、イメージを湧かせていってああいう感じになりました。まどかの家も、実際に今も既にあったりする住宅を参考にしています。学校も全面ガラス張りの教室のところがあるようですし。
−−教室の机が床に収納されたり、近未来的な描写もありますね。
新房:本当は、学校に着いてカードで入ると自宅に連絡が行くようなシステムになっている。描写はされていないけれど、そういう設定なんです。決して夢物語ではなく、モデルケースがあったり近い将来にそうなるであろうというものを取り入れています。これは原作ものではなく、オリジナルストーリーだからこそやれることです。
−−そのような細部へのこだわりも見どころですね。
新房:場所を説明するだけの絵にあんまりしたくなかったというのはありますね。それならばテロップでいいわけで。これは『まどか☆マギカ』に限らずそうしています。
−−それにしても、試写会をせず公開3日前に関係者でご覧になったというのには驚きました。
新房:今のシネコンはデータで納品されるからそれも可能になりました。試写の際には自分も虚淵さんもいなかったんですよ(笑)。
−−実際に劇場でご覧になっていかがでした?
新房:大きな画面では観るもんじゃないな、と(笑)。でも、スクリーンならではの迫力はあるので、そこをファンの方にはご覧頂きたいですね。
−−特に音響は全て新録ですね。
新房:音楽も新曲がいくつも入っていて、梶浦(由記)さんにオーダーしたら「そんなに?」と驚かれてしまったのですが(笑)。シーンがテレビ版から完全に変わるわけではないですけれど、印象は違ってくると思います。そういうところも含めて楽しんでもらいたいですね。
43館という限られた公開劇場数での大ヒットもあって、2012年11月23日から全国26館でのセカンドラン上映もはじまり、今後も上映スクリーンが順次増える予定だという『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』。2013年に公開が予定されている『[新編]/叛逆の物語』への期待も高まるところですが、まずは前後編を鑑賞して、新房総監督以下スタッフの細部にまで渡った劇場版仕様の物語を堪能する必要がありそう。もちろん、テレビ版が未見で「乗り遅れた!」と感じている人にとっても楽しめる内容になっています。アニメファンならずとも映画館に足を運ぶ価値のある再編集版で『まどか☆マギカ』の世界に触れてみてはいかがでしょうか。
劇場版 魔法少女まどか☆マギカ
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