批判されるべきは柳井氏なのか? (ブラック企業/ユニクロ問題雑感)

今回はabz2010さんのブログ『カンタンな答 - 難しい問題には常に簡単な、しかし間違った答が存在する』からご寄稿いただきました。

※この記事は2013年04月24日に書かれたものです。

■批判されるべきは柳井氏なのか? (ブラック企業/ユニクロ問題雑感)
ユニクロの大株主であり社長でもある柳井氏の二つのインタビュー記事が話題を呼んでいる。

「甘やかして、世界で勝てるのか」 2013年04月15日 『日経ビジネスオンライン』

http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130411/246495/?rt=nocnt

「「年収100万円も仕方ない」ユニクロ柳井会長に聞く」 2013年04月23日 『朝日新聞デジタル』

http://www.asahi.com/business/update/0423/TKY201304220465.html

両記事とも「ユニクロはブラック企業ではないか?」との批判に柳井氏が「グローバル戦略」というキーワードを軸に反論している内容になっており、一部では更なる批判を招いているが、少し違う観点からこの問題について考察してみたい。

まずグローバルスタンダードを語るときに柳井氏が敢えて?混同して話しているのが、たとえグローバルな経済下であっても直接世界と戦っているのは企業(経営者&資本家)であっても労働者ではないという事である。

労働者は与えられた仕事をこなして給与を貰うと共に、あわよくば自らのスキルを上げてより良い条件の所に転職を狙うというのが欧米における一つの労働者のスタイルであり、「企業の戦い」と「自らの労働」を直結して考えているのは、マネージメントレベルかその予備軍だけで、しかも彼らにしたところでそうやって高いレベルでキャリアを積めば更に良い条件で転職ができるようになる、という事を常に念頭に置いているように見える。そういう意味では「労働者の戦い」は直接的にはその属する労働市場において他の労働者との間で行われているとも言えるだろう。

一方で、日本では伝統的にかなり下の方の人間まで自らの労働が「企業の戦い」の一部だと認識しているように見える。これは終身雇用等によって企業の成功と自らの成功が密接に結びついていたことにも起因するかもしれないし、単に日本人の気質によるものかもしれないが、とにかくこの一体感が日本経済の成長にとって非常にプラスに働いてきたのだとしても、本来それは資本主義における必然でもなんでもなく非常に日本ローカルな一現象に過ぎない。

企業の戦いと労働者の戦いは別、という目で見ると、柳井氏の言うところの「甘やかして世界に勝てるのか?」というのは「(国内の労働者を)甘やかして、(ユニクロという企業が)世界に勝てるのか?」という企業側の戦略論の話にすぎない。つまり「ユニクロという一企業が世界で勝つための合理的な戦略が国内労働者を限界まで追い込むことだった」という話である。(念のために書いておくと、もちろんそれが完全な違法行為にまで及んでいるとすれば「ブラック」化が合理的な戦略であることはそれを正当化する理由には全くならない。違法行為をしないと勝てないならそもそも勝つ価値が無いだけである。一応ここではユニクロのケースはグレーではあっても明らかに違法とまでは言えないレベルという前提で話を進める。)

興味深いのは柳井氏がこういった戦略をグローバルスタンダードであるかのように語っている点であるが、「ブラック」化が仮にグローバル市場で勝つための合理的な戦略の一つであったとしても、それがスタンダードであるという話とはかなり乖離がある。"KAROSHI(過労死)"なんて単語が日本発として英語に取り入れられてしまったのは、そのようなスタンダードは日本以外では殆ど存在しないからである。柳井氏はインタビューの中で「グローバル経済というのは『Grow or Die(グロウ・オア・ダイ)』(成長か、さもなければ死か)。非常にエキサイティングな時代だ。変わらなければ死ぬ」と話しているが、もちろんこの場合の「成長か、さもなければ死か」は企業の話であり、成長しない労働者が過労死しなければいけないという話では全くない。

結局の所、氏が進めようとしているのは"KAROSHI"を生んだ日本ローカルのスタンダードを最大限活用してユニクロがグローバルな経済で勝ち残ろうという話に過ぎない事になる。

そう考えたうえで、では柳井氏は批判されるべきなのか?という事を考えると筆者はそうとも思わない。

企業経営者であり資本家(企業オーナー)でもある柳井氏にとって、その利潤を最大化する為の最も合理的な戦略が「ブラック」という批判を受けているということであるとすれば、それが合理的である以上、単に「柳井氏が間違っている」とは言えないからである。

既に何度か書いたが、筆者は今の先進国の状況を考えると、放っておけば国民の所得が3極分化していくのは避けられないと考えている。それは最低生存費にさや寄せされていく層、先進国の勝ち組の所得水準にさや寄せされていく層、そして柳井氏のような資本家層の3極である。もちろん全ての層の構成員は自らの分け前を増やす為に努力するわけだが、その戦いで最下層が大きく負けて「ブラック」環境に落ち込んでいく一方で資本家が大きく勝ち続けているのが近年の先進国のトレンドであるように見える。これは別に資本家がなにか悪いことをしているという話ではなく、この戦いにおいては(そして少なくとも近年の先進国のような環境下では)資本家が強いという事をあらわしているに過ぎない。

よって「ブラック」化が経営者・資本家にとって合理的な戦略である以上は、倫理的におかしいと批判した所で本質的には意味が無い。必要なのはその戦略が合理的でなくなる環境を作るか、それを違法化してしまうかのどちらかの対策である。

前者について言えば、人手不足倒産が起こるほどの好況になれば自ずとブラック企業は無くなっていく。しかしながらその様な状況を現在の先進国で長期安定的に維持するのは殆ど不可能であり、理想的ではあるが現実的な対策とは言いがたい。

そうすると現実的な対応策は後者、つまり法律で縛るしかないことになる。こちらは前者と比較すれば簡単であり、現状を見ればそもそも新しい法律を作る必要すら無いかもしれない。まずは今ある法令をグレーゾーンなど許さずにがちがちに守らせることから始めればよい。

それでは世界と戦えなくなるという意見もあるだろうが少なくともユニクロについて言えばそんなことにはならないだろう。

収益性は確かに落ちるかもしれない。そうなれば柳井氏が受け取っている65億円とかいう配当のいくらかは減ってしまうだろう。しかし配当は企業が世界を相手に競争し、商品を売り、人件費を含む経費も払い、減価償却もし、金利も払い、必要であれば内部留保を確保して再投資をし、現預金までも積み立てた後に残ったお金から出ている訳で、これが減ったからといって直ちに企業の競争力に影響を与えるものではない。もちろんそうなれば株価は下がるだろうから柳井氏の資産も減るし、企業の成長が遅れる可能性もある。しかしだからと言ってそれでユニクロの経営が傾くわけでもないだろう。(それに最初にも書いたが法令順守をするだけで傾くようなら、そもそも問題外とも言える。)

結局この辺りは程度問題であり、労働者の取り分が多すぎ資本家の取り分が少なすぎるようなら経済が活性化しなくなるし(その最たるものは共産主義)、逆に労働者の取り分が少なすぎ資本家の取り分が多すぎても、やはり「最大多数の最大幸福」からかけ離れた状態に落ち込んでしまう。そして「最大多数の最大幸福」は資本主義社会において自律的に達成されるものでもない以上、この問題のバランスを取るべきは政府であって企業や資本家ではない。柳井氏のような優秀な経営者が「ルール」内で自己の利潤最大化を目的に最大限に能力を発揮した時に、結果として最も国民全体の効用が高まるように「ルール」を決める事が必要なのであり、現状が問題だとすればその「ルール」を決める権利を国民から負託されている国会議員こそがこの問題において批判されるべき対象なのではないだろうか?

執筆: この記事はabz2010さんのブログ『カンタンな答 - 難しい問題には常に簡単な、しかし間違った答が存在する』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年10月24日時点のものです。

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