以前、「流されたスキーツアー」という見出しの新聞記事が話題になったことがある。
知的障がいのある子と親の会が企画した旅行を、直前になって旅館側が受入できないと断ったことに避難が集中した。
親たちは食事を変えてくれとか、部屋をバリアフリーにしてくれとか、特別なものは何も求めていないと冷静な理解を求めた。一方、旅館の主は今までに受け入れた経験がないから何をしたらいいのかわからず自信がないと理由を説明した。期待が大きかっただけに落胆する親子の気持ちも、サービスに自信がないものは受けられないという生真面目な主の言い分もわかる気がした。
両者を結ぶはずの旅行会社が、提供すべき情報を相手にきちんと伝えていないことから、顧客サービスをイメージできなかったことが不幸を招いた。
つなぎのまずさから信頼は失われ、互いの心に傷としこりだけを残した。こうした情報連携のミスから起こる不愉快なトラブルは今でも少なくない。
アベノミクス成長戦略の重点領域に「健康長寿社会の実現」がある。
なかでも健康と医療は、国民の幸福、財政健全化、産業成長に期待が大きい。これは地方自治体も同じで、住民の健康維持、増進へむけた関心はかつてなく高まっている。草津町や最上町では温泉や森林浴など自然環境を用いた保養をすすめ、松本市では健康寿命延伸都市を宣言し、まちをあげた働きかけをしている。
自治体は高齢者の要介護度が1度上がるだけで、一人当たり年間180万円も負担が増えるから、今や住民の健康問題は大きな経営課題となっている。これを地域住民の利用にとどめず、観光客などビジターに開放できれば新たな観光資源になる。それには、必要なときに必要なだけサービスを届けることができるオンデマンド交通など、タイムリーな情報発信とサービス提供が必要となる。
こうした中、ICTを活用して高齢社会を乗り切ろうという複数のプロジェクトが試みられている。
クラウド時代をむかえ、医療、介護、さらに生活領域における情報を一元管理することで、効率的な制度サービスの利用と多職種連携による支援体制を整えようというものだ。
ところが日本では、肝心の電波が届かない地域がいたるところにある。せっかくのICTもこれでは機能せず、人の動きは都市に制約され、新たなビジネスチャンスも生まれない。道路や鉄道だけなく、中山間地では生活に不可欠な情報インフラがまだまだ不足しているのが現状だ。徳島の神山町のような情報インフラの整備は、国家戦略としてより積極的に取り組んでほしいと思う。
多様化する高齢者のニーズに商品やサービスが追いつけないという話を聞くことがあるが、旅行市場はうまくいっている。お金はあるが家も車もこれ以上はいらない。こうした欲求に選びきれないほどの旅行商品があるにもかかわらず「嬉しい」を売る消費として成長している。
したがって、今やユニバーサルツーリズムも単なる社会貢献ではなく、新市場として真剣にとらえる必要がある。顧客のニーズを知り、旅先で関わる人の力を借りて実のサービスを提供する。そのコーディネイトから生まれる楽しさや心地よさという価値が旅行会社のフィーになるなら、顧客の個性の違い、新たな社会変化に応じた情報戦略とより具体的な対処法が求められる時代だろう。
【篠塚恭一(しのづか・きょういち )プロフィール】
1961年、千葉市生れ。91年(株)SPI設立[代表取締役]観光を中心としたホスピタリティ人材の育成・派遣に携わる。95年に超高齢者時代のサービス人材としてトラベルヘルパーの育成をはじめ、介護旅行の「あ・える倶楽部」として全国普及に取り組む。06年、内閣府認証NPO法人日本トラベルヘルパー(外出支援専門員)協会設立[理事長]。行動に不自由のある人への外出支援ノウハウを公開し、都市高齢者と地方の健康資源を結ぶ、超高齢社会のサービス事業創造に奮闘の日々。現在は、温泉・食など地域資源の活用による認知症予防から市民後見人養成支援など福祉人材の多能工化と社会的起業家支援をおこなう。