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国会で選挙権年齢を20歳から18歳に引き下げる改正公職選挙法が成立し、6月19日に公布された。来年の6月19日から施行されるため次回の参議院選挙から適用される公算が大である。18歳への引き下げは世界の趨勢に合わせたものだが、政治教育を行わない日本で選挙年齢だけを世界に合わせると何が起こるかを私は心配している。
日本の学校教育はことさらに「政治的中立」を重視する。そのため学校で現実の政治を教える事はほとんどない。しかしそこを変えないと、年齢引き下げが政治理解を歪めてしまう危険が増すと思うのである。
つまり「政治的中立」重視の教育はこれまで「政党に批判的」な政治土壌を生んできた。政党支持を国民に「一党一派に偏する考え」と思わせてきたのである。党員獲得に苦労してきた政党は選挙年齢引き下げにより若者の支持獲得の人気取りに走り、それが幼稚なポピュリズムを生み出す危険を孕むが、そのポピュリズムを見抜く目を若者は教えられていない。
そもそも選挙権は納税者が自分の払った税金の使い道について意思表示するための権利だった。だから選挙権は納税者に与えられてきた。それが誰にでも与えられるようになったのだが、それでも年齢制限を導入したのは自立した人間を対象にしたのだと思う。
ところが諸外国と比べて日本の18歳は圧倒的に自立していない。諸外国には奨学金制度の充実などで親からの自立を促す仕組みがあるが、日本では圧倒的に親がかりの学生が多い。選挙年齢引き下げを実施するには、親から自立できる仕組みの構築も欠かせないと思うのだが、そうした議論があまり見えない。
私は1990年に米国の政治専門チャンネルC-SPANの配給権を取得して、日本にもC-SPANのようなテレビチャンネルを作ろうとした事がある。C-SPANは米国議会の審議を全米7千万世帯に放送するケーブルテレビチャンネルだが、私が勤務していたテレビ局を辞めてでもC-SPANと提携しようと思ったのは、C-SPANが全米の高校と大学に議会映像を教材として使わせる活動に力を入れていたからである。
C-SPANはスクールバスの形をした中継車で全米の高校と大学を巡って歩き、学生の政治討論番組を放送すると同時に、教師に対し議会審議を教材に使うよう宣伝活動を行っていた。教師は録画された議会映像から教材になると思う議論をピックアップし、それを学生に見せ、現実の政治家の生の議論を素材に学生たちに政治を教える。
私はインディアナ州のパデュー大学で実際に授業を見たが、その政治教育の実態に衝撃を受けた。日本で教育を受けた私には現実の政治を素材にした授業を受けた記憶はない。しかし米国では1980年代から議会審議を教育の素材にしていた。日本で学生が国会を見ると言えば、バスを連ねた国会見学で、見ているのは建物だけである。政治家の議論に関心を持つはずはない。
若者が、政治を汚いと考え、政治家を尊敬せず、投票所にも行きたがらない日本と、現実の政治家の議論を授業の教材にしている米国。この差はこれからさらに開いていくだろう、しかしそれでいいのか。私がC-SPANのようなテレビチャンネルを日本にも作ろうと思った直接の動機はそこにある。
C-SPANと提携した事で私は米国の政治教育の実態をさらに知ることになった。まず上下両院の本会議場で小学生くらいの子供が走り回っている事に気が付いた。聞いてみると議員の書類運びをボランティアで子供たちにやらせているという。それが子供の心に議会の重要さを身体で染み込ませる事になるというのである。
また高校や大学の卒業式で祝辞を述べるのはほとんどが現職政治家である。若者の巣立ちの時に教訓を垂れるのは政治家の仕事なのだ。「政治的中立」に縛られた日本の学校では想像もできない。父兄から抗議の声が挙がり、社会的に問題視され、そんなことをする学校は文科省からお目玉を食らうのではないか。
そして学校ではディベートを教える。それは政治的な問題を取り上げ、学生を賛成と反対とに分けて討論を行い、勝敗を競うのである。大事なことは学生が自らの意見を述べるのではない。教師から機械的に割り振られた賛成と反対の意見を述べるのである。従って本人が賛成でも反対側に立って論争に勝たなければならない。
そうなると学生は自分と異なる意見が何を根拠にした主張なのかを知ることになる。これは民主主義にとって本質的に重要なトレーニングになる。つまり一方的に自分の意見を相手に押し付けるのが民主主義ではない事を自覚させるのである。
かつて特定秘密保護法案の採決の時、「民主主義は多数決だから多数の意見が正しい」と書いた読売新聞政治部次長を私は徹底的に批判したが、民主主義は「少数意見の尊重」にこそ本質がある。ディベートは学生にそれを教えている。
私はC-SPANと同じテレビチャンネルを作るため、旧郵政省よりも先に旧文部省を訪れ、政治教育の必要性を米国を例に説明した。このままでは日米の政治を支える有権者の意識に差がついていくという危惧を語った。しかし旧文部省の官僚が言ったのは「学生に社会党と共産党の政治家しか見せない先生がいるから駄目です」の一言だった。「もう冷戦は終わっているのに」と私は言ったが聞く耳を持ってはもらえなかった。そして私は打ちのめされた。
選挙年齢引き下げのニュースを私はそうした思い出と切り離して聞くことが出来ない。そして選挙法改正の意図は日本の民主主義の深化とは異なるところに起因しているという疑念を拭い去る事も出来ない。しかし来年の6月19日から施行される事になったのだから、政治教育の必要性を主張し続けていくしかない。
安倍政権は最近「今なぜ解釈改憲なのか」と問われ、「冷戦で安定していた安保環境が変わったから」と言うようになった。それならなぜ冷戦が終わった25年前に日本は根本的な安保体制の見直しを図らなかったのかと私は思うが、キッシンジャーに言わせれば「日本は分かりきった事をやるのにも15年はかかる」らしいから、15年くらい経たないと政治教育の必要性が課題になる事もないのかもしれない。気長に主張していくしかない。
【関連記事】
■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article
<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
日本の学校教育はことさらに「政治的中立」を重視する。そのため学校で現実の政治を教える事はほとんどない。しかしそこを変えないと、年齢引き下げが政治理解を歪めてしまう危険が増すと思うのである。
つまり「政治的中立」重視の教育はこれまで「政党に批判的」な政治土壌を生んできた。政党支持を国民に「一党一派に偏する考え」と思わせてきたのである。党員獲得に苦労してきた政党は選挙年齢引き下げにより若者の支持獲得の人気取りに走り、それが幼稚なポピュリズムを生み出す危険を孕むが、そのポピュリズムを見抜く目を若者は教えられていない。
そもそも選挙権は納税者が自分の払った税金の使い道について意思表示するための権利だった。だから選挙権は納税者に与えられてきた。それが誰にでも与えられるようになったのだが、それでも年齢制限を導入したのは自立した人間を対象にしたのだと思う。
ところが諸外国と比べて日本の18歳は圧倒的に自立していない。諸外国には奨学金制度の充実などで親からの自立を促す仕組みがあるが、日本では圧倒的に親がかりの学生が多い。選挙年齢引き下げを実施するには、親から自立できる仕組みの構築も欠かせないと思うのだが、そうした議論があまり見えない。
私は1990年に米国の政治専門チャンネルC-SPANの配給権を取得して、日本にもC-SPANのようなテレビチャンネルを作ろうとした事がある。C-SPANは米国議会の審議を全米7千万世帯に放送するケーブルテレビチャンネルだが、私が勤務していたテレビ局を辞めてでもC-SPANと提携しようと思ったのは、C-SPANが全米の高校と大学に議会映像を教材として使わせる活動に力を入れていたからである。
C-SPANはスクールバスの形をした中継車で全米の高校と大学を巡って歩き、学生の政治討論番組を放送すると同時に、教師に対し議会審議を教材に使うよう宣伝活動を行っていた。教師は録画された議会映像から教材になると思う議論をピックアップし、それを学生に見せ、現実の政治家の生の議論を素材に学生たちに政治を教える。
私はインディアナ州のパデュー大学で実際に授業を見たが、その政治教育の実態に衝撃を受けた。日本で教育を受けた私には現実の政治を素材にした授業を受けた記憶はない。しかし米国では1980年代から議会審議を教育の素材にしていた。日本で学生が国会を見ると言えば、バスを連ねた国会見学で、見ているのは建物だけである。政治家の議論に関心を持つはずはない。
若者が、政治を汚いと考え、政治家を尊敬せず、投票所にも行きたがらない日本と、現実の政治家の議論を授業の教材にしている米国。この差はこれからさらに開いていくだろう、しかしそれでいいのか。私がC-SPANのようなテレビチャンネルを日本にも作ろうと思った直接の動機はそこにある。
C-SPANと提携した事で私は米国の政治教育の実態をさらに知ることになった。まず上下両院の本会議場で小学生くらいの子供が走り回っている事に気が付いた。聞いてみると議員の書類運びをボランティアで子供たちにやらせているという。それが子供の心に議会の重要さを身体で染み込ませる事になるというのである。
また高校や大学の卒業式で祝辞を述べるのはほとんどが現職政治家である。若者の巣立ちの時に教訓を垂れるのは政治家の仕事なのだ。「政治的中立」に縛られた日本の学校では想像もできない。父兄から抗議の声が挙がり、社会的に問題視され、そんなことをする学校は文科省からお目玉を食らうのではないか。
そして学校ではディベートを教える。それは政治的な問題を取り上げ、学生を賛成と反対とに分けて討論を行い、勝敗を競うのである。大事なことは学生が自らの意見を述べるのではない。教師から機械的に割り振られた賛成と反対の意見を述べるのである。従って本人が賛成でも反対側に立って論争に勝たなければならない。
そうなると学生は自分と異なる意見が何を根拠にした主張なのかを知ることになる。これは民主主義にとって本質的に重要なトレーニングになる。つまり一方的に自分の意見を相手に押し付けるのが民主主義ではない事を自覚させるのである。
かつて特定秘密保護法案の採決の時、「民主主義は多数決だから多数の意見が正しい」と書いた読売新聞政治部次長を私は徹底的に批判したが、民主主義は「少数意見の尊重」にこそ本質がある。ディベートは学生にそれを教えている。
私はC-SPANと同じテレビチャンネルを作るため、旧郵政省よりも先に旧文部省を訪れ、政治教育の必要性を米国を例に説明した。このままでは日米の政治を支える有権者の意識に差がついていくという危惧を語った。しかし旧文部省の官僚が言ったのは「学生に社会党と共産党の政治家しか見せない先生がいるから駄目です」の一言だった。「もう冷戦は終わっているのに」と私は言ったが聞く耳を持ってはもらえなかった。そして私は打ちのめされた。
選挙年齢引き下げのニュースを私はそうした思い出と切り離して聞くことが出来ない。そして選挙法改正の意図は日本の民主主義の深化とは異なるところに起因しているという疑念を拭い去る事も出来ない。しかし来年の6月19日から施行される事になったのだから、政治教育の必要性を主張し続けていくしかない。
安倍政権は最近「今なぜ解釈改憲なのか」と問われ、「冷戦で安定していた安保環境が変わったから」と言うようになった。それならなぜ冷戦が終わった25年前に日本は根本的な安保体制の見直しを図らなかったのかと私は思うが、キッシンジャーに言わせれば「日本は分かりきった事をやるのにも15年はかかる」らしいから、15年くらい経たないと政治教育の必要性が課題になる事もないのかもしれない。気長に主張していくしかない。
■《乙未田中塾》のお知らせ(7月28日 19時〜)
田中良紹塾長が主宰する《乙未田中塾》が、7月28日(火)に開催されることになりました。詳細は下記の通りとなりますので、ぜひご参加下さい!
【日時】
2015年7月28日(火) 19時〜 (開場18時30分)
【会場】
第1部:スター貸会議室 四谷第1(19時〜21時)
東京都新宿区四谷1-8-6 ホリナカビル 302号室
http://www.kaigishitsu.jp/room_yotsuya.shtml
※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で懇親会を行います。
【参加費】
第1部:1500円
※セミナー形式。19時〜21時まで。
懇親会:4000円程度
※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。
【アクセス】
JR中央線・総武線「四谷駅」四谷口 徒歩1分
東京メトロ「四ツ谷駅」徒歩1分
【申し込み方法】
下記URLから必要事項にご記入の上、お申し込み下さい。
http://bit.ly/129Kwbp
(記入に不足がある場合、正しく受け付けることができない場合がありますので、ご注意下さい)
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■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article
<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
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