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niwatoriさん のコメント

すごい。この1シーンだけで、すごいと思った。
引き込まれた。
No.14
139ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
3  龍王院弘(りゅうおういんひろし)の身体は、まだ震えていた。  しでの幹に背を預けていなければ、その場にへたり込んでしまいそうだった。  膝が、がくがくとしている。  全身が細かく震えている。  全ての力を、あの一瞬で使いきってしまったようであった。  筋肉に、強い負荷がかかった後、その部位が震えることはある。  もちろん、それもあるだろう。  だが、それだけではない。  恐怖。  それはある。  疲労。  もちろん、それもある。  しかし、その中に、間違いなく混ざっているものがある。  それは、うまく言えない。  言葉にならない。  あの、圧倒的な力に対しての畏怖(いふ)。  おそらくは感動も混ざっている。  そして、自身の肉体への驚嘆。  こんなことが、できたのか。  自分の肉体が、あのように動いたのか。  あのように機能したのか。  間違いなく、自分は、あの時死んで、喰われていたはずだ。  それが、助かった。  思考して反応したのではない。  意志も発動してはいなかった。  無意識のうちに、自分の肉体が動き、あれを避けたのだ。  そのただひとつの動きのために、これまでの、自分の一生はあったような気がする。  苛(いじ)められた日々も、宇名月典善(うなづきてんぜん)との出会いも、そして、あの気の遠くなるような日々の稽古も、まさに、さっき自分の肉体が動いたそのためにあったのだ。  これまで身体と、心に蓄積された哀しみ――  そういうことすらも、この日のためのものであったのだ。  三十数年――  それらの全てを、根こそぎ、さっきの一瞬で使いきってしまったのだ。  そう思う。  今の肉体は、抜け殻だ。  今、息をしているのが不思議なくらいであった。  よくぞ……  よくぞ、生命をながらえた。  そう思っている。  あの獣は、どこへ消えたのか。  あの獣を追って、ツォギェルという男もいなくなった。  どこへ行ったのか。  やつは、何者か。  頭のどこかで、そんなことを考えている。  考えようと、意志して考えているのではない。  どこへ消えたのか、知りたいと思って考えているのでもない。ただ、勝手に頭の中に浮かんでくる様々の想いを、そのまま放置しているだけだ。  月光が、木の間から洩れて、龍王院弘に当っている。  森の樹々が、静かにざわめいている。  さわさわ、  さわさわ、  秋の、湿った落葉の匂いの中に、龍王院弘はいる。 初出 「一冊の本 2013年7月号」朝日新聞出版発行 ■電子書籍を配信中 ・ ニコニコ静画(書籍)/「キマイラ」 ・ Amazon ・ Kobo ・ iTunes Store ■キマイラ1~9巻(ソノラマノベルス版)も好評発売中   http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/
キマイラ鬼骨変
待望の新章「鬼骨変」がニコニコで連載開始!



⼰の内に「獣」を秘めた⼆⼈の⻘年を描いた、作家・夢枕獏の“⽣涯⼩説”。

1982 年に朝日ソノラマから第1巻「幻獣少年キマイラ」が刊⾏されてから 31 年、これまでに別巻を含めて 18 巻(ソノラマノベルス版〈朝日新聞出版刊〉は本編 9 巻、別巻1 巻)が発売されている。