「小飼弾の論弾」で進行を務める、編集者の山路達也です。12月19日(月)に行われた、行動遺伝学者 安藤寿康教授との対談を4回に分けてお届けします。動画も合わせてぜひご覧ください。

次回のニコ生配信は、2月20日(月)20:00。久しぶりの特集のテーマは、「生産性」。
どうして日本の生産性は、先進国で最低なの? こんなに残業をしているのに、給料が上がらないのはなぜ? どうやったら残業なしに、仕事をこなせるの? など、プログラマの視点から、小飼弾が生産性の問題に切り込みます。
参考図書はこちら。

次回もお楽しみに!

■2016/12/19配信のハイライト(その3)

  • 視聴者からの質問:おすすめのソフトウェア開発方法は?
  • 視聴者からの質問:兄弟姉妹の知能はどの程度似る?
  • 天然のクローン人間を研究する双生児法
  • 遺伝と収入には相関がある?
  • 経済力の格差は教育の格差?
  • 性格も一次元の値で表せてしまう?

視聴者からの質問:おすすめのソフトウェア開発方法は?

山路:弾さんにプログラミング関係の質問が来ています。

「お二人のおかげで人生の楽しみが増え、幸せです。」

ありがとうございます!

「おすすめのソフトウェア開発方法、もしくはプロジェクト管理方法ありますか?私はアジャイル開発やTDDなどに着手しては失敗しているプレイングマネージャーです。失敗のたびにメンバーへのプロジェクトの理念や開発手法をうまく伝えきれない私の力不足を痛感しています」

小飼:どんなことでもそうだと思うんですけど、まず確実に成功することをしろ、まずできることをしろということなんですよね。
 いきなりエベレストに登ろうとしてはいけません。高尾山なら登れるなら、そこから始めるんですよ。
 大きなことができる人たちも、始めから大きなことばかりやっていたわけじゃないんですね。
 ベントリーの『珠玉のプログラミング』かな、多分そこに載っていた言葉ですが、「いきなり20センチ反射鏡を作ろうとしてはいけない。まず10センチのものを作りなさい。10センチのやつをちゃんと作れるようになったら20センチの奴を作りなさい」と。
 小さくてもちゃんと完成させる。小さくても動くものを作るっていうのは、すごく重要なんです。いきなり大きなことをやらかそうとするとやっぱり失敗しますよ。質問された方は、TDDとかそういうことを言っているけども、まず本当に小さなものを作りましょう。

山路:じゃあ、この方で言えば、もうちょっと小さなプロジェクトだったり、あるいは難易度が低かったりとか、そういうようなところで。

小飼:そう。だから自分に適切な難易度の問題を見つける。同じことを、Rubyを作ったMatzさんも言っています。
 だから、自分に与えられた問題を見て、それがどんな問題なのかわからないのなら、一目散に逃げていいんです。これなら俺にもできるんじゃね?というところから手をつけましょう。これどんなことでもそうです。

安藤:どんなことでもそうですよね。

視聴者からの質問:兄弟姉妹の知能はどの程度似る?

山路:さっそく遺伝に関する質問が来ています。

「同じ両親から生まれた兄弟姉妹の知能はどうなのでしょうか? 双子は話題に出ますが、兄弟姉妹現実は結構個性的に思えるのですけど」

安藤:一卵性双生児は遺伝子がまったく同じですから、別々の所で育てても似ていたらそれは遺伝の影響と言えます。
 二卵性双生児や普通の兄弟は50%しか遺伝子を共有していません。つまり、半分は違うんですよ。
 しかも、多くの形質にはたくさんの遺伝子が関わってきます。基本的に、子どもの能力は両親の平均値になる可能性が高いのですが、平均値を中心として上にも下にも大きく散らばります。背が高い両親から生まれた子供は背が高くなる確率は高いですけれど、そこにはばらつきがあります。鳶が鷹を産むということは、遺伝でないと説明しづらいくらいばらつきがあるんですね。
 それともうひとつ。両親とも頭がいいのに、子供がそれほど頭よくない場合があるでしょう。両親とも平均より能力が高いならば、両親よりも能力の低い子供が生まれる確率の方が高くなります。統計学的には「平均への回帰」と呼ばれる現象です。

山路:「遺伝する」というと、親の形質が子供にそのまま出るみたいなイメージがありますが、実際は親の遺伝子セットを半分ずつ引き継ぐ。

安藤:しかも、ババ抜きのようにどのカードが来るかわからない。

小飼:今や、両親以外から遺伝子を受け継ぐ経路があることもはっきりしていますからね。ウイルス経由で。だから人類を馬鹿にしてしまうウイルスとか、人類を賢くしてしまうウイルスだってありえます。

安藤:遺伝子自体は変わらないけど、どこがオンになるのか、オフになるのか後天的に決まるエピジェネティクスという現象も少しずつ解明されてきています。エピジェネティクスと一口にいっても、遺伝と環境によってシステマティックに変わる部分と、ランダムに変わる部分があるので、単純ではありませんが。でも同じ遺伝子を持っている人でも形質がばらつくことはけっこうあります。

山路:本当に、この質問に対しては「それはもう、色々ですよ」としか言いようがないということですよね。同じ両親から生まれても。

安藤:そうですね。ただ、これも相対的な話ですよ。いとこ同士よりはきょうだい同士のほうが近いですし、赤の他人よりはいとこのほうが近い。
 これはちょっと今の質問とはずれますが、遺伝の影響なんてなくて、ほとんど環境だという風に感じるのはある種の錯覚です。自分ひとりだけの経験に頼っていると、他の人との違いが見えなくて、環境が自分のほとんどを作っているように思えてしまう。

山路:「あの時に、先生に一言かけてもらったおかげで、この道に進みました」みたいなエピソードが出てきたりもするけれども、それは主観で見てるからそう思えると。

安藤:そうですね。最近は、教育学でもエビデンスの重要性を強調する中室牧子さんのような研究者が出てきました。
 それでも、教育の世界では、いまだに教育委員会なんかのおじいちゃんが「わしの経験によれば……」みたいな主張をして物事が動いてしまうことが多いです(笑)。

小飼:個人的な経験は、「たまたま、お前の場合うまくいっただけだろ」と言われて反論できませんよね。

安藤:そうなんですよ。きちんとした主張をするためには、緻密な調査というのを積み重ね、調査の問題点も少しずつ直していかなければなりません。

小飼:そうやって考えると先生にはとても申し訳ないんですけども、行動遺伝学を研究するためには、ホモサピエンスでは数があまりに少なくありませんか?
 初めてのホモサピエンスから今まで生まれて死んだ人をすべて合計しても、1000億くらいなんですよね。コンピュータの世界では、1000億のサンプルなんて全然大したことないんです。

山路:そんなことをいったら、人文学系の研究はすべて成り立たなくなっちゃいますよ(笑)。

安藤:そりゃそうだ。マルクスさんはあんなに頑張ったのに(笑)。

天然のクローン人間を研究する双生児法

山路:行動遺伝学では、遺伝の影響を調べるための手法として双生児法をメインに使っているわけですよね。

小飼:さらに少なくなりますよね、サンプルが。

安藤:それについては、ちょっと言わせてください。
 私たちが双生児研究で使っている双生児のサンプル数は1万組です。心理学者が心理テストを作る時には、それよりもずっと少ないサンプルしか使っていません。心理学者が聞いていたら怒られるかもしれないですけども。

小飼:サンプルが2000くらいあると、統計学的には十分と言われますから、1万組はなかなか多いですね。

安藤:ただすべてのデータについて1万組が揃っているわけではなく、部分集合になりますが。それでも、他の人が取れないような大きなデータを使って研究していますので、それに関してはあんまり疑わないでもいいんじゃないかなと(笑)。

山路:今後遺伝子研究が進んでくると、行動遺伝学の研究手法にも変化が出てきたりするんですかね?

安藤:すでに出てきていますね。現在では、人間1人のすべての遺伝子配列を数十万円くらいで調べられるようになってきました。ある人とある人が何%程度似ているか、もっと正確に出せるわけですよ。まだ遺伝子そのものがどんな働きをしているかわかっていないことは多いのですが、情報が増えてくれば、双生児を使わなくてもいろんなことがわかってくると思います。
 それでも「双子は永遠に不滅です」(笑)。本当に同じ遺伝的な条件で生まれてきた存在は、一卵性双生児しかいないわけですよ。

山路:天然のクローン人間ですもんね。

安藤:遺伝的に完全に同一の人間の能力は、どこまで遺伝によって制約を受けるのかあるいは受けていないのか。それを生身で実証しているリアリティは、やはり大きいと思います。

小飼:生物学の基本ですよね、双子を調べろというのは。

遺伝と収入には相関がある?

山路:双生児法を用いた研究で面白いこともわかってきていると思うんですが、例えば収入と遺伝の相関関係っていうのは本当にあるんでしょうか?

安藤:ありますね。30%くらいが遺伝で説明できる。