「小飼弾の論弾」で進行を務める、編集者の山路達也です。

今回は、5月9日(月)に配信した、ユーザーインターフェイス研究の第一人者、増井俊之さんとの対談テキスト(全3回)をお届けします。

次回のニコ生配信は、7月3日(月)20:00、近未来SF小説の旗手、作家の藤井大洋さんとの対談。藤井さんは、遺伝子組換え技術をテーマにした『Gene Mapper』を電子書籍で自ら刊行、そこからプロのSF作家になったという異色の経歴の持ち主です。
5年後の近未来を迫真の描写で描く藤井大洋さんと、科学技術がもたらす可能性と脅威について語ります。

お楽しみに!

2017/05/09配信のハイライト(その1)

  • ジョブズにスカウトされて、iPhoneにフリック入力を実装
  • みんなジョブズに騙されてる!?
  • HTMLは、ティム・バーナーズ=リー最大の過ち?
  • Surface Proを試してみた……けどMacに戻ったワケ

ジョブズにスカウトされて、iPhoneにフリック入力を実装

山路:今回は、ユーザーインターフェイス研究の第一人者である増井俊之さんにゲストでお越しいただいております。増井さん、よろしくお願い致します。

増井:どうも、慶応義塾大学の増井です。よろしくお願い致します。

山路:実は、増井さんは、知る人ぞ知る、恐らくは、みんな気づかないうちに使っているモノを作られた方でして、なにかというと……。

小飼:みなさん、スマホでフリック入力をしている方は、どれくらい、いらっしゃいますか? フリック入力ができるのは、増井さんのおかげです。

山路:おかげです! あと、日本語予測変換のシステムをiPhoneに最初のバージョンに搭載したということなんですよね。フリック入力の開発も、その時に担当されたということですか?

増井:そうですね。最初は、フリック入力じゃなかったんですけど、その後いろいろ相談したら、あれが人気だったということで、採用されました。

山路:たしか私が増井さんに初めてお会いしたのは、増井さんがAppleに勤められているころでした。サンフランシスコのMacWorldに行った時に、私の知り合いのひとりが、増井さんと面識があって、その時に増井さんのお家にお邪魔して。

小飼:それは羨ましいな。

山路:確か、冷凍ピザを出していただいて、さらに、なんとなくアニメをダラダラ見て、一晩過ごすという、非常に貴重な経験をさせていただきました。どうも、その節はご迷惑をおかけしました。

増井:いえ、どうも。

山路:AppleでiPhoneの開発に参加されていたというと、すごくインパクトのある話だと思うんですけど。そもそも、どういう経緯で、このAppleでの開発を行うことになったんでしょうか?

増井:私がAppleに行った時は、2006年くらい。つまり、iPhoneのアの字もなかったわけですよね。たまたま私の自宅に電話がかかってきまして。

山路:自宅に電話だったんですか!?

増井:そうなんですよ。先方はメールで連絡をしようとしたらしんですけども、SPAMフォルダに落っこちちゃって。しょうがないから、電話を直接、アメリカからかけて来た人がいて。なんで俺の電話番号を知っているんだと思ったら、うちのホームページに書いてあったんですよ。

一同:(笑)

山路:セキュリティが甘い(笑)。

増井:よく、その電話番号とか隠す人が多いじゃないですか? でも、隠して困ったことは一度もないんですけど、隠さなかったから嬉しかった、良かったことはあるんで、そういうこともあるのかなという気がしまして。その時は「Appleから、ちょっと一回、遊びに来ないか?」みたいな。よくわからないことを言われまして。「はあ……」とか言って、「なんか面白い事をしましょう」と言って、その時は全然リクルートの話もなければ、もちろんiPhoneの話もないし、「ちょっと遊びに来ない?」というから、フワッとした感じで、行ったわけですよ。最初の2日くらいは、「見学をさせてあげるから」という話があって、1日目は普通に見学して回ったんですけど、「じゃあ次は、ジョブズに会うか?」とか突然に言われて、ジョブズと会ったら、「君、いつから来るの?」とか言い出して。

山路:ジョブズ自身が?

増井:いきなり言い出したわけですよ。「え!? そもそも私は見学に来ただけなんですけど」と断ったところ、向こうは完全にジョブハンティングのつもりだったらしくて。もちろん「何をするんですか?」と訊くじゃないですか? 「そんなことは言えないんだけど、すごく面白いことをやるから、来なきゃ損だよ」みたいなことを言うわけですよ。それは、まあ事実だということがわかったわけですけど、その時には何をするかまったくわからないから、「パソコンで検索でもするんですか?」みたいな、とろいことを言っていたら、「いや、そんなんじゃ全然ないんだけど」とか、いろいろ言っているうちに「じゃあね」と言って終わってしまった(笑)

山路:その時に、日本語入力がうんぬんという話が出たわけではないんですか?

増井:だってiPhoneの話自体がないですから。何か知らないけど、「Appleという名前でやれそうな面白い仕事があるよ」と言われたわけですね。

山路:「すごい!」ってコメントにも出ている。

増井:そういうのは、ジョブズの常套手段で彼はずっとそうやっているらしくて。例えば、NeXTってコンピュータがあったじゃないですか? あの時、人を集めた時もずっとそんな感じで、何をやるか全然言わずに、人を集めていたらしいですよ。

山路:面白そうなプロジェクトがあると言って、とりあえず入らせてしまう。神通力がすごいですね。

増井:それは、ジョブズだから。ジョブズがそこまで言うんだったら、行ってみようと思うじゃないですか? そのころ、いろいろ他の仕事もあったんだけど、それはどうしたらいいですかと聞いたら、それはなんとでもなります、みたいなことを言われて。

山路:実際にAppleに勤められていて、どんな会社でした?いろいろ秘密のこともあると思いますけど、言える範囲で。

増井:だいたい、みなさんご想像の通りではないかなと思いますね。全然違うということはない。

小飼:みなさんはどんな想像をしているんでしょう?(笑)

増井:なんとなく、秘密っぽいところですよね。でも、キャンパスとか明るくて、みんな楽しそうにやっているとか、食堂が美味しいとか、いろいろなイメージがあるじゃないですか? それは、その通りですね。

山路:働きやすかったですか?

増井:たしかに、エンジニアは優遇されているところはあります。というのは、エンジニアはだいたい、ひとりひとつ個室を持っているんですね。ところが同じ時期にGoogleに行っても、あそこは3人ぐらいずつ詰め込まれていたりするし、駐車場がないし、だから、朝からGoogleに行ったら、駐車場を探すのが大変で、会社に行ったら3人詰め込まれているし、環境的には、いいわけではないんですけど、Appleはその点はすごくいい環境でした。

山路:プロジェクトの進捗状況管理はうるさかったですか?

増井:それはたぶん、部署によってだいぶ違うと思うんですよ。だから他の部署のことは全然知らないんですけど。iPhoneの日本語入力に関しては、あんまり、そういうことはなかったですね。そもそも、よくわからなかったからじゃないかと思うんですけど。

小飼:「給料いいのかな?」(コメント)と言われていますけれども。

増井:その辺はシリコンバレーの常識みたいなものがあって、たぶん人ごとに違うと思うんですよ。だから、わからないですね。

山路:(日本で)最初に出たiPhone3Gとかで搭載された日本語入力のシステムって、結構、『らき☆すた』とか、その当時のアニメの単語がやたら高精度に変換されるというか、単語が登録されていましたよね?

増井:実は自前だったので、つい趣味が出てしまいましたけども(笑)。それは、iPhone用じゃない、自分用に使っている辞書とかも流用したから、そういうのが紛れ込んだかもしれないし。

山路:紛れ込んだ(笑)。あきらかに確信犯ですよね。

増井:会社の会議で決めたわけじゃないです。

山路:「日本人がフリック入力を作った!」(コメント)その通りです。

増井:ただ、言っておきますけど、フリック入力の考え方自体は、あそこで発明したものではなくて、以前から似たようなものはあったわけです。だいぶ前のユーザーインターフェイスの研究で、パイメニューというのがあったんですよね。パイメニューというのは普通のプルダウンメニューと違い、円状のメニューを出してから方向でやることを決めるというもの。例えば8種類のメニューがあったときに、方向だけでわりと簡単にメニューを選べるというメリットがあります。それの改良版で、ティーキューブというのを考えた人がいて、それは最初の押す位置も含めてパイメニューをやるんですよ。右の方を押してから右にやるとなんとか、左の方に押してから左にやるとなんとかとやると8×8で64種類いけるじゃないですか?だからそういうメニューが良いよっていう論文みたいなのが大分前にありましてね。それを文字入力に使っている人もいたんですけども。ホントに製品化したのはフリックみたいなのが初めてだろうということで。アイデア自体は別に新しくも何でもないんですが、ティーキューブ的なものと予測変換とかを組み合わせて、使えるものにしたというのが、今の製品になった感じですね。

山路:ティーキューブは、実際に使うには、ちょっと複雑すぎたということですか?

増井:いや、パイメニューというのは昔からあって、一部のシステムでは使えていたんですけど、例えば『セカンドライフ』かなんかは、パイメニューとか組み合わせていたということはあります。人をクリックしてから向きによって何かやらせることとか、そういうのがなかったわけじゃないんだけど、今、誰もがGUIで使っているほどは流行らなかったという状況ですね。

山路:なるほど、それはやっぱりiPhoneの普及力みたいなところもあった?

増井:あるいは、iPhoneのというか、ジョブズが言っているから良いんじゃない?ということで、みんなが練習をして、意外と使えるということになったと思うんですけど。

小飼:ガラケーのUIが足掛かりにもなっていますよね?

増井:それはそうですね。3×3に「あかさたな」を割り当てて。

小飼:ティーキューブだといきなりすぎてこれまでガラケーを使っていた人はお手上げってなっちゃいますけど、iPhoneでは普通にガラケーみたいな入力もできますよね。「あ」のところを押して、「う」を出したかったら、1.2.3と3回押すと「う」になりますよね。

増井:今は、それが「できる」、「できない」の切り換えができるようになっています。ガラケーの人が迷わないようにしました。

小飼:結構、足がかりは重要ですよね。

山路:iPhoneって何気にこう、昔のやつを上手く踏襲しつつやっているところはあるのかなと。

増井:iPhoneだけじゃなくて、Mac自体がそうですよね。この間すごく古いMacintoshのエミュレーターでソフトウェアを動かしているのを見ました。もちろん遅いけど、やっていることは30年以上全然変わらないんですよ。もう、みんな慣れちゃっているから変えられない。

山路:車のアクセルとブレーキみたいな感じになっちゃって。

増井:そうですね。車のアクセルの場合は、あまり変えない方が良いと思うけど。コンピュータのメニューは変えた方が良いかもしれないけど、変えられないですよね。

山路:人間工学的には「こうした方がいい」というのがあっても、馴染んでいたり、入門書がいっぱい出ていたりとか、そういう慣性がついて変えられないというのが、あるのかもしれないですね。

増井:あとで言いたいところのひとつですけど、とにかく人は慣れているものから絶対に変えられないというのがありまして、だからフリックでも、「あかさたな」は、昔と全然変わらない順番です。

山路:ちなみに今、視聴者から「他の日本語入力案とかありますか。すごく聞きたいです」というコメントが来ています。

増井:普通に考えて、50音順に並べるとか、考えられますよね。アルファベッドでやっちゃうとか、いろいろ考えますし、試してみましたけども、人気があるのはどれかということになると、やっぱり昔とそんなに違わないのが残っちゃうんです。

山路:iPhoneでは、フリック入力以外にどんな配列を試されました?

増井:例えば50音配列なんか、50個キーボード並べるとか、そんなことはやってみましたけど、それは、さすがに小さくて打てないんですよ。

小飼:iPhoneの何がすごいかと言ったら、「なくしたこと」ですよね。iPhone以前は、「手描きをちゃんと認識しないといけない」という妄想に囚われていました。Zaurusにしても。

増井:PalmなんかでもPalm用の変なGraffiti(アルファベットを簡易化したGraffitiを使うことで、文字認識精度を上げていた)があって。

小飼:iPhoneは、画面にキーボードを表示しておけばいいだろうとやってみて、それをみんなが受け入れちゃった。

みんなジョブズに騙されてる!?

増井:あの辺は、みんなジョブズに騙されているだけでしょう。そもそも、なんで画面にキーボードを表示しているのかといえば、格好いいからではありません。