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ゼロゼロ年代のプロレス界を席巻しかけたファイティングオペラ『ハッスル』とは何だったのか――制作にもタッチしていた木原のオヤジこと木原文人インタビューです!
――今日は木原さんが運営として関わっていた『ハッスル』のお話を伺います。
――活動停止してますが、オフィシャルサイトは辛うじて息をしています(笑)。木原さんは『ハッスル』の前身ともいえるイベント旧W-1でもお仕事をされてたんですよね。
木原 そうですね。旧W-1には全日本プロレスが関わってましたから。
――旧W-1は石井館長や谷川(貞治)さんらK-1が武藤さんたちと手を組んでプロレスのイベントをやるというものでした。
木原 ボクは旧W-1の運営には関わってないんですが、全日本と同じように現場ですよね。リングアナはやってないですけど、音響や外国人選手の送り迎えとか。全日本のバスにK-1や格闘家を乗せて、神楽坂の三宝に連れていった記憶がありますよ。
――元女子プロレスラーの栗原あゆみさんの実家の焼肉屋!(笑)。
木原 好きなだけ焼肉を食べさせましたね(笑)。ボクは運営に入っていたわけではないので、全日本がどういう経緯で旧W-1と関わったのかはよくわからないんですけど。主導権はK-1さんじゃないですか。 K-1さんからのアプローチに武藤さんや当時全日本のブッカーだった渡辺(秀幸)さんが乗っかったイメージはあります。 渡辺さんは頭が凄く切れる方でしたね。
――渡辺さんはもともとは新日本の取締役だった方で、武藤さんと一緒に全日本に移籍して。全日本にいた方々からすると、K-1との絡みに抵抗感はなかったんですか?
木原 ボクは全然なかったですよね。何か力になればいいなあぐらいしか思わなかったんですよ。それは旧W-1に限らず昔からそのスタンスで。そこは馬場さんの影響が強いですよね。「あれもプロレス、これもプロレス」。そのときに面白いものをやるのが馬場さんでしたから。武藤さんもいろんな顔を持つ方じゃないですか。いまもW-1をやりながらプロレスリングマスターズもやっていたり。旧W-1にはグレート・ムタでしか上がってないですから、武藤さんの別の顔を出すイベントというイメージですね。
――関わってみた旧W-1にはどんな印象がありますか?
木原 それまでのプロレス界にはなかった発想でやられていて、いろいろと勉強になりましたよ。たとえば横浜アリーナ大会の次は東京ドームでやったじゃないですか。あそこに繋がってる感があったんです。
――繋がっている感ですか?
木原 覚えているかわからないですが、横浜ではサップがムタに勝ったんですが、 最後にリングが大爆発。リング上にいたサップは黒幕に包まれて終わりましたよね。東京ドームが始まるときリング上は黒巻で包まれてたんですけど、そこから爆発と共にサップが現れて。
――あー、なるほど。横浜の“続き”という演出ですね。
木原 ボクらの世界では考えられない演出の仕方ですよね。時代は流れていきますから、新しいことにトライしていく必要性を感じましたね。
木原 馬場さんもその時々の時代に合わせたプロレスをやっていたと思うんですね。70年代は完全なNWAプロレス。ファンクスもコテコテのNWA プロレスだったのに、全日本のブッチャー&シークの抗争になると大ベビーフェイスになりましたからね。
――80年代になると、新日本から長州さんのハイスパートレスリングを受け入れて。
木原 選手の半分以上が新日本系だったときもありますからね。90年になったら流血戦や場外リングアウトの不完全決着を排除した四天王プロレスの時代になって。あのスタイルはアスリートプロレスの世界ですよね。馬場さんは時代に合ったものを提供してたんだと思いますよ。
――柔軟の頭を持つ馬場さんは、もしかしたら旧W-1的な世界をやっていたかもしれない。
木原 その可能性は充分ありましたね。旧W-1と『ハッスル』の違いをいえば、旧W-1の方が格闘家に気を遣ってました。武藤さんたちも気を遣っていて、あんまり踏み込まなかったような気がします。もっとやらせればできたのかなって。 逆に『ハッスル』は、のめり込めませましたからね。
――プロレスは、どっぷり浸かるもんだと。そこが『ハッスル』。
木原 『ハッスル』に関していえば、『ハッスル1』と『ハッスル2』って別物だったじゃないですか。
――端的にいうと『ハッスル1』は普通のプロレスイベントでしたが、『ハッスル2』からファイティングオペラとしての世界を作っていくようになりましたね。
木原 そうなんですよ。あの『ハッスル2』の横浜アリーナ大会って70・80年代の全日本プロレスらしい雰囲気だったんですよね。タイガー・ジェット・シンや和田京平さんもいて、ルチャの試合があったからかもしれないですけどね。後楽園ホールでやっていた『ハッスルハウス』もそう。 フザ・フライング・バンパイア25世やザ・ピラニアン・モンスターとかのモンスター軍から、昔の全日本の外国人レスラーの匂いがしたんですよねぇ。
――ブラックハーツやキマラじゃないですけど(笑)。非アスリートの世界観。 言い方は難しいんですが、ハッスルって試合の攻防はどうでもいいくらい、のスタンスで。
木原 そうですね。それと言ったら昔の全日本なんかも、両者リングアウトとか不透明決着が多かったですけど、プロレスラーがそれぞれの光るものが見せられればいいってことですよね。
――『ハッスル』が始まった頃のプロレス界は、アスリートプロレスの次を模索していた雰囲気がありましたよね。
木原 やっぱりあのスタイルは、ケガや身体のダメージなんかであれ以上続けることは難しかったと思うんですよね。だから元子さん体制の全日本もNOAHさんに選手がたくさん移りましたけど、集客や内容もNOAHさんには負けてなかったと思うんですよね。それはありとあらゆる手を使って盛り上げていましたから。
――それはリング上以外での仕掛けで。
木原 そういう意味では、いまはどこの団体の会場にもスクリーンがあって煽りVが流れてますよね。いまのかたちを作ったのが『ハッスル』だと思います。
――スキット映像を使っていた団体は本格的にやり始めたのは『ハッスル』ですね。
木原 『ハッスル』以前にもスクリーンを使っていた団体はあるかもしれないですが、映像がメインのプロレスではなかったと思うんですね。いま後楽園ホールの北側のスクリーンに映像が流れない時点で違和感を感じません?
――たしかに物足りないですねぇ。
木原 そこをスタンダードにしたのは『ハッスル』の最大の功績だと思いますね。『ハッスル』はカード発表からして映像ありきでしたから。全日本も試合前のカード発表を映像で流すようになったのは『ハッスル』の影響はが強いんですよ。
大好評インタビュー16本、コラム6本、12万字オーバーの詰め合わせセットはまだまだ続く!
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