岡田:
大河ドラマ『真田丸』は、どうでしたか?
房野:
ムチャクチャ面白かったですね。
岡田:
僕も何回か『真田丸』の魅力を語ろうとしたんですけども、やっぱり映像ありきの作品ですから語りにくかったです。
三谷さんの脚本や、演技の仕組みがどうなってるのか、パーツ、パーツは語れるんですよ。
「そこで、なぜ無言になるのか?」とか「何をしようとしているのか?」とかは、語れるんです。
でも、総論としての『真田丸』は、すごく語りにくかったんですよね。
まず、お伺いしたいのは「三谷時代劇は歴史とは違う!」と言う人についてです。
房野:
そう言う人、いますね。
僕は三谷さんが大好きなんですけども、そんなに三谷作品には詳しくないんですよ。
でも何年か前に映画でやられた『清洲会議』は、確かにフィクションだらけでした。
岡田:
そうですね。
最初に海岸でビーチフラッグをしてましたからね(笑)。
『新選組!』の時も、いちばん最初に坂本竜馬と出会うシーンから始まってますから。
海岸へ黒船を見に行った時に、近藤勇と坂本竜馬が出会うってところから始まってるんですよ。
でも三谷さんが言うには「近藤勇が坂本竜馬と会ってないとは、どこにも書いていない!」と。
あの人がよく使うロジックですよね(笑)。
歴史物をやるときに、「こんな資料があるから、これは本当」というのと同時に、「これは無かった」と書いてないという事は、すべてあったかもしれないから書くという。
それがあるので、三谷さんの作品は、歴史マニアの人とか、大河ドラマを歴史の教科書として見ている人からは叩かれますね。
房野:
あぁ、なるほど。
僕はエンタメ寄りなので説得力が無いかもしれないですけども、今回の『真田丸』は戦国が好きな方にも良い作品だったと思うんですよ。
まず三谷さんって、本当に戦国がお好きなんですよね。
それで今回の『真田丸』に関しては、本当に情熱を全部ぶち込んで史実に基づいていました。
時代考証をやられている先生たちも、最新の説を持ってらっしゃる方でしたし。
だから、だいぶん史実にのっとってるらしいんですよ。
岡田:
最近の説って、そんなに変化があるんですか?
房野:
ありますね。
たとえばタイトルにもなってる『真田丸』。
要は豊臣と徳川の最後の戦いで、豊臣が篭る大阪城を護る砦。
今までは、大阪城の端っこにくっついた、小さい砦だと言われてたんですよ。
それが最近では、千田嘉博教授が「そんな事はない!真田丸は大阪城より離れて独立していて、デカイお城だった!」と言ってるんです。
真田信繁は、大阪城から切り離して、自分がイッキに敵を引き付ける戦いをしてましたという。
だから今回の『真田丸』も、ちゃんと離れて独立したお城になってましたね。
岡田:
あと“赤備え”ってあるじゃないですか。
最後の方で、みんな赤い鎧を着ていた。
あれって『超現代語訳・戦国時代』にも書いてましたけど、「ウチは武田軍団の流れを引いています!」という意味もあるんですよね。
もちろん、「赤色で敵の目を引き付けて、派手に見せる」という目的もあるんだけども、「ウチは甲斐・武田家の命脈で、きていますから!」という。
房野:
そういうのも絶対にあったと思うんですよね。
理論的にも赤色は膨張色で敵を引き付けれたからとか、いろいろと加味されている。
結果、なぜ信繁が使ったかの資料は残ってないんですけどね。
でも、武田家の命を継いでいる。
合理的にも、いい考えだった。
みんな寄せ集めの兵ですから、統一感を出すには、それがいちばん良かった。
だから、いろんな説があると思います。