タオルくん:
第8週の『なつぞら』!
第8週は朝ドラの悪いクセが出たぞー!
岡田:
あのね、そうなんだよ。
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朝ドラって、悪いクセがあってですね。
登場人物がお互いに説明不足で誤解しあったり、言い争ったりとか、「話を聞いて!」って言ってるのに話を聞いてくれないとかですね、そういう頭の悪い展開だったんですね。
これはシナリオの責任じゃないんですよ。
シナリオの責任ではなくて、プロデューサーレベルの責任なんですね。
もう「視聴者がこういうのを求めている」「これでいい!」というふうに思って決めちゃってるんですよね。
俳優さんにそれなりのセリフを力を入れて喋らせる。
つまり演技っぽく大きな声を出させたり、そんな事を言えば頭の悪いやり取りでも成立すると多分思ってるんです。
確かにそれで納得する人も多いし、「そういう “すれ違い” こそがドラマだ!」と思って楽しむ人も多いし、視聴率も稼げるんですけどもですね。
そういうドラマだったら、ぶっちゃけ民放でも出来るんですよ。
そうじゃなくて、ドラマ展開を頭を悪くする事なく面白くする方法をちゃんと考え抜いて欲しいと。
何でかっていうと、この『なつぞら』って、ネタも役者もセットもメチャクチャいいから。
だからこそ、その分、ちょっとの妥協をせずに頑張って欲しいと思います。
・・・
第8週の土曜日の回ですけども、なつ がアニメーターの先輩から本をもらいます。
その本は、昔のアニメーターにとってのバイブルみたいな本です。
その本に、こんな写真が載っていました。
これはすごい有名な写真なんですけども、エドワード・マイブリッジという写真家が撮った、走っている馬の連続写真なんですね。
僕自身が昔に買った『8ミリ映画の作り方』とか、8ミリアニメーションの作り方の本にも必ずこの写真が載ってたんですね。
それで、この本をもらって なつ は、その本を参考に「馬は、どういうふうに走っているのか?」というのを自分でノートに写しています。
それで、何でこのシーンがいるのかっていうと、もう一回マイブリッジの写真の映像に戻りますけども、この下の段のギャロップの部分を見てください。
馬の両足が浮いてますよね。
この “走っている馬の両足は浮いている”っていうのは、実はこのエドワード・マイブリッジの写真によって、発見というか証明されたんですよね。
それまで、馬がどういうふうに走っていると考えられていたのかというと。
これはテオドール・ジェリコーという人の『エプソムの競馬』っていうすごい有名な絵画なんですけども、この絵を見ると馬の足の前と後ろが真っ直ぐ伸びて、それで空中に浮いてるんですね。
それで、こんなふうに走っていると長い間 思われていたんです。
しかし、“科学的観察” っていうのが19世紀のなかばぐらいから主流になってきてですね、「実は馬の足は、ずーっと地面についている」と言う人が現れた。
それで、ここで「俺は馬を飼ってるから知ってるんだ! 競走馬をよく見ているから知ってるんだ! 馬の足はいつも地面についている!」という派閥と、「いや、そうじゃない」と、「馬は走っている時に、一瞬すべての足が宙に浮いている瞬間がある!」という派閥と、二つの派閥が現れたんですね。
それであるカリフォルニアの州知事が「走っている馬の足4本が、全て宙に浮いている瞬間がある!」という説を主張して、友達と言い合いになって、ついには2万5千ドルという当時にしては大金のお金をかけた賭けになりました。
それで知事はこの賭けに勝つ為に、写真技師のエドワード・マイブリッジに証拠写真の写真撮影を依頼しました。
この写真を撮った人ですね。
しかし、これは難しかったんですね。
なんでかっていうと当時の写真はフィルムではなくて、湿板(しつばん)という濡れた板に直接レンズで光を当てて感光させるという方式でですね。
晴れた日であっても、その写真撮影には1枚当たり数秒かかった。
つまり「みなさん! 止まってください!」と言って、1秒か2秒じーっとしてなきゃダメなんですね。
なので、1秒間で16メートル移動すると言われる馬の撮影なんか不可能なわけですよ。
それでエドワード・マイブリッジは、5年間かけて新しい湿板を開発しました。
それで競技場に12台のカメラを並べて、そのカメラの前に糸を張って。
それで馬が前を走ると、その糸を次々と馬がぶった切って行くと。
その瞬間にシャッターが下りるという仕掛けを考えた。
これは後に電気式に改良されたんですけども。
これによって、初めて馬の連続写真を撮る事に成功しました。
そうすると、馬が足を空中で交差させている時に、確かに宙に浮いている事が分かったんですね。
これは人間が生理的に考える「馬はこう走る」というイメージと、現実的な像というのは、実は矛盾しているという事になりました。
だから、このシーンで重要なのは、なつ がこの写真を見ながら “空中に浮いているシーンを描く” という事になるんですね。
これは都市伝説であるんですけども、後に手塚治虫がアニメーションを始めた時、『リボンの騎士』とかで馬を描くときに、やっぱり足を伸ばして『エプソムの競馬』ふうに描いちゃってるときがあるんですね。
『リボンの騎士』とかで、こんな感じで馬を描いてる時があった。
それで東映のアニメーターたちは皆、馬がどう走るのかを研究してたから。
漫画家として止め絵でカッコイイ馬の描き方と、アニメーターが描く時の、「全ての足が宙に浮いている状態っていうのは、実は足が交差している時に限るんだ」というものの差でですね。
アニメーター達は「やっぱり手塚先生は漫画家で絵は上手いんだけども、アニメ(動く絵)の事は分かってないな」という話になったというアニメ界の都市伝説がありますけどですね。
そういう所の伏線になっていくのかもしれない。
少なくとも なつ がこの写真を模写していたというのは、“動く絵” というのは如何に不自然に見えても、それが繋がる事によって物が動く事が分かるというですね、そういうシーンをやろうとしていることでありました。