この季節、街のあちこちで流れてくるクリスマスソング。山下達郎にユーミン、マライア・キャリー、ワム...ベタな曲はiPodでわざわざ聴かないよ!って人もBGMとして耳に入ってくると、好むと好まざるとに関わらず「嗚呼、クリスマス」という気分が半強制的に盛り上がってくるものである。この感覚は一体どういう理屈なのだろうか? ラジオ的視点から考えてみる。
今の音楽の聴き方はiTunes等で自分の好きな曲を選んで、掘って、プレイリスト作って、その曲だけを繰り返して...という楽しみ方がすっかり定着している。それはそれで結構だと思うが、その一方で、音楽の聴き方として「自分で選んでいない曲が自然と耳に入ってくる」ということは実はとても重要なのである。
たとえば「お化け屋敷」を自分で作ってそれに自分で入ってもそんなに怖くないだろう。そこには予定調和はあっても偶発的な出会いがない。人に怖がらせてもらってこそ、意外性もあり驚きもある。
音楽でいえば、自分では絶対に聴き直すはずがなかった曲が、ふいにラジオから流れてきて、思い出すはずがなかったメモリーの引き出しを開けられてしまう。「そういえば、この曲を聴いてた時こんなことをしてたな...」などと、ふいに過去の甘い恋、辛い別れ、いろんな思い出が沸いてきた経験はないだろうか?
もしくは、「何の曲だか知らないけれど妙に耳に残ってて、曲名が知りたくなった」という経験はないだろうか?
それが「他人が選曲する妙」であり、「ラジオで音楽を聴く妙」である。
(橋本吉史)
【参照リンク】
・「ザ・トップ5」公式サイト
http://www.tbsradio.jp/top954/
・radiko.jp
http://radiko.jp/
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