『夜は短し歩けよ乙女』や『有頂天家族』など奇想天外な小説で、固定ファンも多い森見登美彦氏。作家活動休止宣言から3年、長編小説『聖なる怠け者の冒険』を引っ提げて、小説の世界に帰ってきました。作家生活10周年にあたる2013年に上梓された本書は、本屋大賞にノミネート。満を持しての作品に、さぞかし力の入った小説かと思いきや、やはり森見氏はファンの期待を裏切りません。本書は心地よい脱力感満載、世の怠け者にエールを送る爽快感あふれる小説でした。
この物語は土曜日の朝から始まります。まだ手つかずのピカピカの土曜日、何かワクワクする大冒険が始まるに違いないという予感を秘めて、恩田先輩とその恋人の桃木さんは、土曜日の行動計画がびっしりと書かれた手帳を手に動き出します。週末探偵の玉川さんは、貴重な土曜日に大冒険に立ち向かうべく始動します。「充実した土曜日」にするために登場人物たちが京都の土曜日へ飛び出していく一方で、物語の主人公はというと...。
「いまだかつて、これほどまで動かない主人公がいただろうか」と本書の帯に書かれているように、主人公の小和田君はそう簡単には動きません。どれだけ周りが騒がしくなろうとも微動だにしません。なぜなら小和田君は大冒険より小冒険を愛する人物であり、週末は独身寮の万年床でゴロゴロと安寧に過ごすことを何より愛する人物だから。その怠けっぷりは筋金入りです。
謎の怪人ポンポコ仮面をめぐり、町中で大騒動が繰り広げられるなか、ついに小和田君も土曜日の冒険へと否応なく巻き込まれていくのですが...。
怪しいお酒、テングブランに酩酊したためか、神秘的な宵山の祭りのせいなのか、主人公の小和田君は京都の迷宮へ迷いこみます。同時に読み手もまた京都の夜の町を浮遊する感覚を体感させられます。江戸川乱歩が江戸の町を妖しく描いたように、筆者もまた幻惑的な京都を描き、読み手を現実と空想の世界のはざまに誘います。そして、ただただ、ワクワクする浮遊感に身を委ねたい気分に。怠け者を冒険に誘う筆者の術中に、読み手もまた、心地よく乗せられたことに気づかされ、有意義な土曜日を過ごしたような充足感を味わうことになるでしょう。
【書籍データ】
・『聖なる怠け者の冒険』森見登美彦著 朝日新聞出版
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