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今週のお題…………「私が興奮したベスト興行」
文◎田中正志(『週刊ファイト』編集長)…………水曜日担当(本来は木曜日ですが………)
お題を聞いて、まず思ったのは「特にありません」(オカダカズチカ調)だ。そりゃ海外(ミャンマー)でラウェイを現地取材したとか、場所なり、イベント前後とたまたま個人的なことが重なって、それで鮮明に覚えている、興奮したとかはアリだろうが、それだとどなた様に読んでいただいても構わないブロマガ公開原稿の主旨に普通は合わない。
ではなぜ、格闘技だと「ベスト興行」という言葉にしっくりこないのか。そこから考察してみたい。
要因は2つある。まず、ガチンコだとケツが主催者やファンの望むHappy Endingにならない場合があること。予想を覆した結末が、かえって興奮を呼び凄いイベントだったと褒められることはあるが、それは偶然の産物であって、現場監督の勤務評価としては必ずしも褒められたものではない。プロレスだろうが格闘技だろうが、基本は事前の読み通りにお客様を満足させないとプロモーター失格なのだ。「プロレスは全部決まってるじゃないか」と苦労をわかってない方が揶揄するのかもだが、どっちが勝った負けたではなく、そのあとのお客さんのリアクション、勝者マイクに対する拍手かっさい、それらすべてお客さんの感情を自在にコントロールしてみせてはじめて合格。作る側の想定にないお客の声など、やはりナマモノなので机上で考えた通りにならない場合がある。予想になかった反応が、結果論で語り継がれる名作回になるケースもあるが、思い通りにいかなくて難しさを痛感することも少なくない。
格闘技もまた、8割以上プロモーターはケツが読めてないとマッチメイクしてはいけない原則論がある。どっちに転ぶかわからない拮抗カードも用意するが、それはどっちになっても構わないデザインなのだから、それは読めてる範囲内のことに過ぎない。
もう一つの問題要因は、格闘技興行がやたら長いこと。●●の試合が凄かった、最高だったがあった回としても、全体が長すぎると希薄化してしまう。肝心のメイン前に、招待券の客とかがゾロゾロ帰ってしまったイベントも少なくない。なんとかならないものかとは、筆者は以前から声を出しているが、せっかくカップル(チケット2枚!)で来ていただいたのに、長すぎて女の子が飽きてしまい、デートとしては失敗で二度と一緒には来てくれなくなった例がたくさんあった。
北米のPPV大会は3時間まで。その昔、ホイス・グレイシー vs. ダン・スバーンのメインが時間枠に収まらず、本当に途中で切られたことがあった。リプレイ版のPPV開始時刻なので、他に選択がなかったのだ。プロレスは2時間50分でショー全体をデザインするから、仮に予定オーバーになっても55分までにしてあり、それが人間の集中力の限界だと判定されている。だいたい映画館にデートで大画面を見に行くのも2時間なのに、日本は平気で5時間とかイベントが続いてしまうから、あれはどうなのか。テレビコンテンツなのだからと、会場客が尊重されないようなところがあり、実券販売がますます落ち込む悪循環だ。
メインの選手をくどく際に、所属ジムの若手選手がセット販売になっていることもある。直近のわかりやすい例ならRIZINのエメリヤーエンコ・ヒョードル軍団。自身の相場価値を調べる目的からUFCに「復帰」を持っていったら、法外な数百万ドルの値札になった。ストライクフォースで連敗しているし、3年半のブランクで価値は大幅に下がっていると目されたものの、UFCにはまだ一度も登場していない。今後のロシア進出の布石費用と考えれば安い、あるいは「PRIDEが蘇る」前提なのをズッファ社も知っているから、囲ってしまって出させない、ライバルに柱となる目玉を使わせないための金額だと推定される。しかし、最初に復帰を持ちかけてくれたPRIDE(RIZIN)に落ち着いたのは、やはり対戦相手選考含めて様々な要望が通ることが大きかったと目されている。強いランカー選手に当てられて、いきなり潰されて使い捨てにされるリスクを思えば、今回のヒョードルは絶対に負けられない復帰戦だった。12月29日、RIZIN旗揚げ戦は無名のヒョードル軍団が全勝。但し、これはあくまで結果論だ。普通は、セット販売の弟子とか不要だった大会の方がはるかに多い点を注意喚起しておきたい。
うんちくばかり述べてもいけない。K-1が急激に膨張していった躍進期において、格闘技のワンデイ・トーナメントという形式は「ベスト興行評価」において、大きな役割を果たした。例えば”野獣”ボブ・サップが、”Mr.パーファクト”アーネスト・ホーストを倒しちゃった以下、この次どうなるんだろうというワクワク感は最高だった。今でもCSフジとかで、昔のK-1とかザッピングしていたらたまたま出くわして、そのまま再び見入った回が少なからずある。一日3試合もさせる是非の問題はあるが、格闘技コンテンツがお茶の間の支持を得たのは、やはり『K-1グランプリ』トーナメントの醍醐味が原動力だったのではなろうか。
さて、なんか一つ挙げないとお題テーマが締まらない。但し、「年間最高試合賞」とかをマスコミが選考するにせよ、やはり記憶が薄れない一年ごとのものである。そんな1993年のパンクラス旗揚げ戦で全部の試合時間合計が30分に満たない秒殺の連続とか、現地リアルタイムで見たUFC旗揚げ戦の衝撃は忘れられないと記しても、ファン(読者)はどんどん入れ替わってしまう以上、回顧録の評論家になってしまってもいけないと思うのだ。大切なのは”今”だからである。
その観点からは、プロレスになるが1月8日に新木場1stリングで開催された『亜利弥’デビュー20周年』興行は本当に素晴らしかった。乳がんステージⅣの宣告を受けた女子選手が、小学校の同級生でもあるマー君(田中将斗)らの協力を得て、大仁田厚に参戦願って生きている姿を魅せる。超満員のお客さんが最初から出来上がっていたこともあるにせよ、サプライズで長与千種が駆けつけてと、お膳立ても完璧にはまり、全員が大満足で帰路に着いた。規模の大小に関係なく、ベスト興行というのは本来そういうものだと思うのだ。
▼亜利弥’デビュー20周年興行拡大版収録
週刊ファイト1月21日号 中邑ショック2/亜利弥’20周年/W-1/中国遠征天山英雄/新日キックRIZIN巌流島