大事なお客からの依頼だったが…
話題をお届けします。
今から十四、五年ほど前になるが、外出中の私の携帯電話に、
”キムさんが撃たれた!”
の報が飛び込んできた。
このキムさんは私の囲碁の友達で数年前に私のエメラルド ビジネスのお客さんの
M.キムさん(ロス在住の韓国系アメリカ人)が紹介した少々いわれのある六十まえの
韓国人であった。というのは、韓国で宝石同業仲間を引っ掛けて逃げ出してきた罪状
もちで母国には帰れない状態であった。逮捕されれば十年ほどは刑務所行きだろうと
M.キムさんが言っていた。
コロンビアに流れ着いた彼は三、四十万ドルの資本を元手にボゴタでエメラルドの
売買業を始めていた。商品を持たせたコロンビア人のコミッショニスタ
(セールスマン)が売り上げ金や商品のエメラルドを盗むので慌てて友人のロスの
M.キムさんに相談した。彼らはボゴタ市内の韓国レストランで知り合いになった仲
であった。
さっそく客のM.キムさんが私に彼を助けてやってくれないか、と依頼してきたのだ。
他人を騙して得た金をコロンビア人にボロボロ取られて、ええじゃないかと笑って
話を聞いていたが、私の大事なお客に頼まれては致し方ないというわけで依頼を
引き受けた。これが日本人だったら同じ同胞を騙した悪人の手助けなどは決して
しないが、韓国人同士のビジネス仲間が騙し合うのは日常茶飯事なのであまり気
にはしなかった。会ってみると彼の顔つきも話しぶりも善良そうだし
(詐欺人間に善良もないが..)碁をやるというので、とりあえず人助けしてやろうと
いうことになった。
私の名声を持ってすればいとも簡単なことで、明日から
”セニョール ハヤタとソシオ(パートナー)になった。この商品の半分の資本は
セニョール ハヤタのものだ。盗んだら間違いなく殺されるゾ”
と言いなさい、と指示した。
それが功をなし、それ以後プツリと盗難は止んだ。コミッショニスタが無論その後、
”本当にあのコリアンとソシオを組んだのか”
と私に聞いてきたもんだが、別に損するわけでもないので、
”アーそうだよ”
と応えておいた。
それ以来、仕事を終えた五時以降私のオフイスにきまって碁をやりに来るのが日課
となった。
急いでオフイスに戻ると、社長補佐のフリオが報告した。
今から二十分ほど前、階上のどこかのオフイスから銃声が響いた。
オフイスビルの裏側は吹き抜けになっているのでどのオフイスで銃声がしても裏側
に面したオフイスのガラス窓を通して、あるいは表側の窓からその銃声が聞こえる。
このエメラルド ビルでは時々拳銃強盗の襲撃事件が起きるのでこれは珍しいこと
ではなかった。また発砲事故もたまにあった。その数分後に十階のキムさんの
オフイスから彼が電話してきて、
”助けてくれ!オフイスが強盗に襲われた。拳銃で顔を撃たれた。すぐに来てくれ!”
と、叫んだ。
二、三人の私のガルダスパルダ(用心棒)達が急いで駆けつけるとオフイスドアを
開けたキムさんが鼻や口から血を流しながら何か言おうとしていた。彼のオフイス
の門番(ガードマン)は手足を縛られさるぐつわを咬まされて奥の部屋の床に
転がされていた。用心棒の一人が、
”キムさん、黙って、すぐに病院に行かなきゃ!”
といなし、
”さあ皆んなで担いで行こう、表で直ぐタクシーを拾わなきゃ”
と病院に連れて行った。
救急病院には一人用心棒が付き添っていたが、私が病院に行くとようやく手術を
終えた外科医が言うには拳銃の弾は鼻腔の骨を斜めに滑り落ち喉を通って胃に
到達したあと胃壁で食い止められたと説明した。半月ほども経ち弾の貫通した痕が
治癒して元気になったキムさんが言うに、賊は拳銃をかざしてキムさんをトイレの
中に押し込めて便器の上に座らせた。その斜め上から顔面の真ん中に弾を撃ち込んだ。
撃たれたショックで上半身が仰向けになったが気を失うことはなく意識があったので
機転を利かしそのまま死んだふりをしていた。賊は外から誰かが駆けつける前に取る
ものを取って急いで逃げ去ったというわけであった。
ハリウッド映画を観ている一般の人は拳銃の弾を食らえば手足ででもなければ即刻
ひっくり返って悶え死ぬと思っている方が多いが、まず十中八九それはない。
心臓か脳ミソを貫かなければ即死はなく、腹部に打ち込まれてもほったらかして
出血多量にでもならなければ現代医学をもって容易に救える。
たとえ頭部に弾が当たっても直角に頭蓋骨内にめり込まなければ、斜めに当たって
頭蓋骨の外にはじき飛ばされてしまう。たとえ頭蓋骨の内部に入っても斜めに入った
弾は頭蓋骨の内側をグルグル回って停止し命が助かったという人は数多くいる。
私の女エスメラルデーロの友人エリーサがそうだったし、私の鉱夫のペドロもそう
だった。彼の場合は銃撃戦による被弾であったがエリーサの場合は家族が強盗に襲わ
れお袋は射殺され彼女は頭に被弾したが助かったというわけであった。
両者とも未だに頭蓋骨内部にそのシンチュウ弾を保持している。弾が腐らない
(錆びない)から高価な頭蓋骨開封手術費用を払って弾を取り出す必要がないのだ。
骨に癒着して頭蓋骨の一部になっているのである。長い間用心棒をやっていた
チャウラは闘鶏場でケンカして一、二メートルの至近距離から銃弾を浴びショックで
ひっくり返ったが、弾は眼の斜め上の頭蓋骨で斜めに弾かれて助かったくちだ。
さて映画やテレビ、小説の常識のウソはさておき、話しをキムさんの方に戻そう。
単純な強盗事件に見えるがなんとこの強盗事件の裏には凄まじいミステリアスな背景
が隠れているのである。しかるにこの事件簿でとり上げた。単純な強盗事件などこの
国には毎日掃いて捨てるほど頻発している。