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初代「ゴジラ」と現代「GODZILLA」 初代主演の宝田明さんの涙が語るものとは
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初代「ゴジラ」と現代「GODZILLA」 初代主演の宝田明さんの涙が語るものとは

2014-07-28 21:15

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       * 堀潤のテレビでは言えない話 vol.36 *

           ~シリーズ「福島から ラジオが伝える」の巻~

             

           発行:8bitNews  2014.7.28 (ほぼ日刊)

                   

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    皆さん!

    こんばんは!

    今月25日から国内で公開が始まった映画「GODZILLA(ゴジラ)」。
    僕も観てきました。

    世界62の国や地域で公開され、これまでに500億円を超す興行収入を記録しています。
    皆さんもご覧になりましたか?
    感想は様々だと思います。

    まだ公開されたばかりですので、あまりここで感想めいたことを書くのは無粋だと思いますので所見はまた後日。

    ただ一点だけ。

    初代ゴジラが誕生したのは1954年(昭和29年)、今からちょうど60年前のことです。
    この年の3月1日、太平洋に浮かぶマーシャル諸島共和国に属するビキニ環礁で米軍が核実験を行い、漁をしていた日本のマグロ遠洋漁業船第五福竜丸が巻き込まれました。

    その時に使われた水爆ブラボーは、15メガトンで広島型原爆のおよそ1000発分の破壊力です。

    第五福竜丸はビキニ環礁からおよそ160㎞離れた、アメリカの指定した危険区域外を航行していましたが、アメリカ側の事前の予想を超える爆発となり、それによって数時間に渡り降り注いだ多量の放射性降下物(いわゆる死の灰)によって乗組員23名全員が被ばくしました。

    乗組員たちは全身に高い放射線を浴び、皮膚のやけどや白血球の減少などひどい放射能症傷害に見舞われます。当時の写真を見ると、頭の皮膚がただれてはがれ落ちるなど、深刻な状況であったことがわかります。

    中でも深刻な症状に冒された久保山愛吉無線長は半年後の9月23日に息を引き取ります。広島・長崎の原爆に続いて、再び日本人が核の犠牲者になったのです。

    久保山さんは、最期まで「原水爆実験の被害者は自分で最後にして欲しい」と言い続けていました。当時日本の医師団は放射能症の悪化だと発表しましたが、米国側は死因が肝臓障害だったため、放射能が直接の原因ではないというスタンスを取り続けています。

    そうした時代を背景に制作されたのが映画「ゴジラ」です。
    ビキニ環礁での水爆実験と第五福竜丸の事件をモチーフに、海底に潜んでいた太古の怪獣が水爆によって「ゴジラ」となって目を覚まし東京を襲撃するというストーリーが発案されるのです。劇場公開はその年の11月。封切りと同時に話題を呼び、渋谷東宝ではおよそ2時間待ちとう長蛇の列も。結果的に961万人という空前の観客動員数になり、当時の原水爆禁止運動を盛り上げる結果に繋がります。

    その初代ゴジラで主演を務めたのが、俳優の宝田明(80)さんです。

    先日、お会いしお話を伺ってきました。
    ゴジラ誕生から60年。そして、来年で太平洋戦争終結から70年を迎えます。
    「核の犠牲となったのは市民だけではありません。ゴジラもまた犠牲者なのです。こんなに哀しい話はあるでしょうか」そんな風にゴジラ作品を振り返る宝田さんですが、実は、宝田さんご自身、満州で強烈な戦争体験をお持ちです。

    宝田さんは小学5年生でハルビンで家族で暮らしていました。本土に比べて穏やかで豊かだったという満州での生活が一変したのは終戦間近の8月9日、ソ連が日ソ中立条約を破り国境を越え進軍してきてからです。銃を突きつけ略奪や強姦などを繰り返すソ連兵達から命からがら日本に引き揚げてきたという体験をしています。

    日本人の女性達は夜な夜な家に押し掛けてくるソ連兵から暴行されないよう老女の扮装をしてなんとかやり過ごしたといいます。緊張が続く日常。宝田さんは強制使役に連れて行かれる兄を乗せた列車に近寄ったところをソ連兵に銃で腹を撃たれ死にかけています。腹の肉が腐り、命を落としかけたところを退役した軍医が家にあったハサミを使って手術を慣行。麻酔なしという激痛に耐えながらも、なんとか一命をとりとめたのです。悲劇はまだ続きます。父と自分の目の前で母親がソ連兵から暴行されたという経験も話してくださいました。涙をおさえる事ができず、ことばにつまりながらも懸命に語る姿にこちらも涙があふれてきました。

    「戦争の悲惨さは前線の兵士だけの話ではないんです。市民も必ず犠牲になるんです」。

    インタビュー終盤の宝田さんの言葉が印象的です。

    「国会にいる政治家達はみんな、戦争を知らない子ども達だからね。私たちが今その体験を語らなければ」。

    60年の時を経て、再び映画「ゴジラ」が「GODZILLA」として世界で公開されています。
    宝田さんは自らの戦争体験を経て感じた戦争の悲惨さを、この作品にも込めています。

    初代「ゴジラ」が誕生した背景が、今回の「GODZILLA」でどう描かれているのか、ぜひ、皆さん見比べてみてください。

    きっと感じるところがあるはずです。
    ぜひ劇場へ。

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    ※8bitNewsでは、戦争体験者の声を集め、みんなが自由に使えるアーカイブの制作を目指し、資金を集めています。ぜひ、お力をお貸しください。
    http://shootingstar.jp/projects/1058


    それでは本日のコンテンツをお楽しみください。


    皆様からのご意見やご感想は、
    info@8bitnews.org までお寄せください!


    お待ちしております!!!


    ▼前回「Vol.35」へのリンクはこちらです。

    [リンク] http://ch.nicovideo.jp/horijun/blomaga/ar578777




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    ┗■  02.島日常論 大和田メール

       

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    シリーズ『福島日常論  大和田メール』。

    震災後、私たちは震災や原発事故の現状をどのメディアを通じて知ってきたか?
    福島県の今をしっかり知る事はできているだろうか?
    この連載では中央メディアではなかなか報じられない人々の日常の声を
    地域ラジオ発のリポートで紹介して行く。

    あなたがまだ聞いた事がなかったストーリーをラジオ福島ベテランアナウンサー、
    大和田新さんが伝える。

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    大和田 新 (おおわだ あらた)

    1955年 3月28日生。神奈川県横須賀市出身。中央大学法学部政治学科卒。1977年4月、RFC(ラジオ福島)にアナウンサーとして入社。 以来30年以上にわたってニュースや情報番組から競馬中継などで幅広く活躍。現在の役職は編成局専任局長であり、現役のアナウンサー。ニューシニアマガジン 大和田新のラヂオ長屋(土曜7:00~13:00)、月曜Monday(もんだい)夜はこれから(月曜19:00~21:00)

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    願い、そして誇り


    地域を支え伝える「ラジオ福島」大和田アナウンサー

    大和田さんとの出会いはNHK退職直後の2013年春。

    震災前から取材で繋がりのあった、福島県の地銀、東邦銀行の皆さんが
    「堀さんに会わせたい人がいる」といって紹介してくれた。

    大和田さんも僕に会いたいと思ってくれていたようで、一緒に昼食を食べすぐに意気投合した。
    大和田さんは僕の両手をしっかり掴んでこう言って頭を下げてくれた。


    「福島県のことが忘れられてしまうのではないか、そんな不安があるんです。堀さんの発進力で力を貸してください」。

    すっかり恐縮してしまったのだが、僕からは「地元メディアの丁寧な取材に勝るものはなかなかありません。僕らの手の届かない現場の声をぜひ教えてください」と言ってこちらも握手をしながら頭をさげた。


    僕が制作したドキュメンタリー映画「変身 Metamorphosis」は、大和田さんが車で当時警戒区域が解除されたばかりの浪江町や南相馬など原発周辺の街々を案内してくれているシーンから始まる。

    大和田さんは、人を案内する時に必ず案内する場所がある。


    一つは、いわき市の薄磯海岸。もう一つはJP富岡駅。

    前者は、津波の被害で家々が流され小学生を含む大勢の方が亡くなった地域。
    後者は原発事故によって震災から3年以上が経過した今も、
    事故当時の状況と変らず荒れた景色がそのままとなっている場所だ。

    双方の場所には共に石碑が立っている。

    亡くなった人々を悼み、震災の記憶を後世に伝えるための文言が刻まれている。
    「まずはここで手を合わせてもらえたら。時が過ぎ、景色も少しずつ変化していきますが、つらい災害で被害にあった方々に思いを馳せてもらえたらと思っているんです」。

    ここで手をあわせ、そして、取材が始まる。

    大和田さんが案内してくださる先々では、笑いも絶えない。
    仮設商店街、医療施設、帰宅準備区域、原発構内、被災者もそうでない方も、共に同じように接し、時にユーモアを交えながら冗談を言って、
    過酷な状況をお互い笑い飛ばす様子も度々目にしてきた。


    しっかりとしたコミュニケーションで、現場を見つめる大和田さん。


    一方で、今年4月に東京で開かれた原子力産業協会、原産協の年次大会では歯に衣着せぬものいいで福島の窮状を訴える強いメッセージを業界向けに発信していた。

    福島県での震災関連死に歯止めがかからない現状に着目し、長期間にわたる避難生活や慣れない土地での暮らしが原発事故の被災者をさらに追いつめているとして「震災関連死ではなく、これは原発事故関連死と呼ぶべきだ」と、事故による影響の大きさを深刻に受け止めてほしいと訴えた。



    このブロマガでは、毎週一回、「福島日常論 大和田メール」と題して、大和田さんの福島からの発信を皆さんにお届けする。

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    浪江町出身の歌手が唄う「願い」

    7月26日(土曜)、いわき市小名浜のイタリアンレストラン「don 3」で、テノール歌手の(故)本田武久さんを偲ぶ会が行われた。

    本田武久さんは特殊なガンと闘いながら、福島への支援を歌を通して行ってきた。

    しかし、震災の年には片足を切断、その後歌手の命とも言える舌にもガンは転移した。

     
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