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【ファム・ファタール:幸せ♡クッキー】



 カノン J.草薙は、昨夜はりきって手作りし(かなり焦げ)たクッキーの詰め合わせを綺麗にラッピングして、ウキウキとその人の元へ向かっていた。

(ヴィヴィ、喜んでくれるといいな)

 先週の18日は、ヴィヴィの誕生日だったらしいのだ。遅ればせながらそれを知り、いそいそとクッキーを焼いてみたカノンだったのだが。

(……なんで、言ってくれなかったんだろう?)

 前から知っていれば当日にちゃんとお祝いできたのに、と残念に思う。

(まさか、わざと教えてもらえなかった……とか?)

 戦艦イオに乗って知り合ってから、どうも彼女の自分に対する当たりが少しキツいように感じているカノンだった。

(嫌われてるのとは、ちょっと違う気がするんだけどなぁ……?)

 まあ、年若い美少女ヴィヴィの態度がツンツンしているのは、別にカノン相手に限ったことではないし、と思い直す。地球ではアイドルだったと聞くし、いわゆるツンデレキャラというヤツなのだろう。誰かにデレているところは、いまだ見たことがないのだけれど。

(コレを渡したら、ちょっとはデレてくれたり……しないかなぁ?)

 などと、ワクワクしながら艦内でヴィヴィの姿を探す。

 ちょうど、厨房エリアにさしかかったその時だった。


「もうっ! ジェイのバカッ!! どうして思い出してくれないのっ!?」


(あれは、ヴィヴィ……と、ジェイ?)


「だーかーら、何をだよって?」

「思い出すまでこっちから言うわけないでしょ!」

「しつこいぞ、ヴィヴィ。それじゃあ、ずっとわかんないままじゃないか」

「少しは思い出そうって努力してみなさいよっ!」


(ケ、ケンカ!?)


「なあ。腹減ってんのか、ヴィヴィ? なんならチャチャッと飯作ってやるぞ?」

埒があかないと、ジェイが呆れたように腕を組みヴィヴィの顔を覗き込む。

「もー! そうじゃなくてーっ!」

「あれ、カノンじゃないか!」

「っ!?」


 こっそり様子をうかがっていたカノンに与那城・ジェイが気付き声をかけると、弾かれるようにヴィヴィが振り返る。猫がフーッと毛を逆立てているかのように、睨まれた。


「何よ、ノゾキ?」

「あ、あはは……そういうわけじゃ……」

「なんだよ、カノンも腹減ってんのか?」

「そ、そういうわけでも……」

「じゃあ何しにきたのよっ?」


 あからさまに邪魔者がきたかのような視線を向けられる。


「えーっと。ヴィヴィに、コレを渡そうと思って」

「あたしに?」


 カノンが持っているラッピングされた箱を差しだすと、ヴィヴィはきょとんと不思議そうな顔をした。

「先週、お誕生日だったんでしょ? それでね……」


 と、カノンが言った瞬間、


「ちょっと、なんで言っちゃうのよっ!?!?」

「そっか、ヴィヴィ誕生日だったか!」


 ヴィヴィとジェイが揃って大声を上げた。

「え、あの……?」


 驚くカノンの目の前で、ヴィヴィが盛大な溜息を吐く。


「あー、もうサイアク。知らないっ!」


 そのまま、カノンの差しだす箱には目もくれず、厨房を出て行こうとする。


「あっ、待ってヴィヴィ。これ、プレゼント……なんだけど……」

カノンの声に、ヴィヴィは戸口の手前で立ち止まりめんどくさそうに振り返ると、ジトッとプレゼントの箱を見る。

「もしかして、手作り?」

「あ、うんっ。クッキーなんだけど、もしよかったら……」


 カノンの『手作り』に「ひええっ!」という顔をするジェイを一瞬見やってから、ヴィヴィがカノンに向き直り、にっこり笑って箱を受け取る。

「どうもありがとう♡ ヴィヴィ、とっても嬉しーい♡」

 『ファンに向けられる100万ドルのアイドル・スマイル』で礼を言うと、カノンの手から奪うように箱を受け取って、ヴィヴィはツインテールを大きく揺らしその場をあとにした。


 残されたジェイとカノンの間に、しばらく漂う沈黙。


「えーっと。私、何か悪いことしちゃったのかな……?」

「いや。この場合、半分以上は俺の過失だ、気にするな!」

「そうなの?」

「ま、お姫様の機嫌が直るように俺もあとで差し入れでもするさ」

 カノンの作ったクッキーとやらを食べたあとなら口直しが絶対に必要なはずだし、と失礼極まりないことをジェイが考えているとはつゆ知らず。ヴィヴィのアイドル全開の笑顔を初めて見たカノンは純粋にミーハーに喜んでいた。

(やっぱり可愛いなぁ、ヴィヴィって♡)




「あったまきた~~~~~~~っ!!!」

 自室に戻ったヴィヴィは、中身のことなど気にもせず机の上にラッピングされた箱を放り投げ、ばふっ!っと、ベッドに突っ伏して手足をジタバタさせる。

(もうもうもうっ!!! なぁんで言っちゃうのよ~~~~っ!!!)

 このヴィヴィ様の誕生日を、忘れていたジェイもジェイだが、余計なひと言を言ってくれたカノンもカノンだ。宇宙空間で日付感覚が曖昧になるのは仕方がない。そう思って、忘れていたなら思い出してくれるまで待つつもりだったのに。

(言っちゃったらお終いじゃないっ!!!)

 ジェイにはせめて、自分で思い出して欲しかったのに。あたしはちゃんと82日のジェイの誕生日におめでとうを言ったのに!「お、サンキューなっ!」って笑顔を向けてくれたのに。だから自分もとびっきりの笑顔を返すつもりだったのにっ!!! なかなか素直になれず、滅多にデレることのできない自分が、ジェイへのツンを2割減くらいはしてもいいと思っていたのに。

(……できないじゃない)

「カノンのバカ~~~ぁっ!!!」

 ちからいっぱい放り投げた枕が、机の上の箱に当たっていっしょに下に落ちる。結構な音がしたが、そういえば中身はクッキーとか言っていたか。

 もとより、あのカノンの手作りクッキーなど、食べる気は微塵もなかったが。

(お腹壊すだけでしょ。味覚音痴のアルファじゃあるまいし……)

 箱を拾って、開けてみる。案の定、元はハート型をしていたらしい妙に黒っぽいクッキー(のようなもの)は、原形をとどめているのが少なかった。


(そーだっ。いいこと考えた♡)


 ジッとそれを見ていたヴィヴィは、おもむろに戸棚からファンだというクルーに差し入れされた(味が好みじゃなかった)チョコを取り出し、少量のミルクと共に耐熱容器に放り込み、部屋備え付けの電子レンジに突っ込んだ。

 程よく溶けたところで、原形をとどめていないクッキーもどきの上に適当にかけていく。焦げた生地も、不揃いな形も、チョコレートコーティングが上手い具合に隠してくれた。チョコは湯煎がどうのこうのと料理にうるさいジェイは言いそうだが、元が元なのだ。味なんか知ったことじゃない。

 チョコが乾くと、部屋の隅に放置してあった大量のプレゼントの山から手頃な箱を見つけ出し、中身をソレと入れ替える。

(うん、カンペキっ♡)

 元通り綺麗にラッピングを施した箱を見て、にんまりと笑うヴィヴィだった。




 ――翌日。927日はカノン J.草薙の誕生日だ。



 ヴィヴィはラッピングした箱を持ち、カノンやみんなが集まっているであろうブリッジへと向かった。

「あ、ヴィヴィ!」

 昨日、あのあと手ずから作った料理を持って部屋を訪ねてきたジェイをすげなく追い返したヴィヴィだったが(ちなみにジェイが置いていった料理は美味しくいただいた)、寄ってきたジェイを見るとにっこりと微笑んだ。

「ご機嫌は直ったみたいだな!」

「うふふっ、そう思う?」

「……直ってないのか?」

「ご飯は美味しかったわよ、ごちそうさまジェイっ♡」

「お、おう……」

 やけに素直なヴィヴィの笑顔に、逆に嫌な予感を覚えるジェイだったが。

「あ、カノ~ンっ!」

「ヴィヴィ?」

「昨日はゴチソウサマっ♡ あのね、今日ってカノンのお誕生日でしょう?」

「えっ! ヴィヴィ、知ってたの?」

「モッチロンっ♡ それでね、心ばかりのお礼もかねて、あたしからもプレゼント……と言ってもおんなじクッキーで悪いんだけどっ♡ もらってくれる?」

「も、もちろんっ! ありがとう、ヴィヴィ!」

 はいっ、とヴィヴィが差し出したプレゼントボックスを、満面の笑顔でカノンが受け取る。

「開けていい?」

「いいよっ♡ それでね、よければたくさんあるから……」

「うんっ、みんなでいただくねっ!」

「ぜひ、そうしてくれるとヴィヴィ嬉しいなっ♡」

 アイドルの笑顔の下で、カノン越しにジェイを見つめてヴィヴィがにんまりと笑う。

「うわぁ! 美味しそう!」

「形が不揃いで、ちょっとハズカシイんだけどお」

「ううん、全然気にならないよ!」

「そ? よかったっ♡」

「ね、ね、みんなも食べてっ!」

 カノンが、笑顔でその場にいるみんなに振る舞う。

「そうか、カノンさん今日お誕生日ですもんね! おめでとうございます」

「ありがと、ハリくん」

「はい、アルファもジェイも、おひとつどーぞっ♪」

「ああ、ありがとう」

「サンキューなっ」

 みなそれぞれにこやかに、お礼と祝いを言ってチョコレートコーティングのクッキーを箱からつまむ。

「いただきまーす♪」

カノンもひとつを選んで口に運んだ。

「うえっ!?」

「ぅゲッ!」

「これは……」

「…………んん?」


(あれ? ……この味、なんだか……?)


「美味しくなかった?」

 きゅるるんっとした瞳でヴィヴィがカノンの顔を覗き込む。

「う、ううん。そんなことないよ! ないけど……」

(どこかで、食べたことあるような?)

 首を傾げながらも、カノンはもうひとつつまんで口に運ぶ。

(気のせいかな)

 その横でアルファ N.デヴォが、まるで一粒4桁はする高級チョコを食すかのように優雅な所作でそのクッキーを味わっていた。

「サクサクとした食感とチョコの苦みのハーモニーがなんとも言えないですね。とても美味しいですよ、ヴィヴィ」

「あはっ、ありがとアルファっ♡」

 そんなふたりの後ろで、悶絶するかのように身をかがめ青ざめた顔で口を押さえるハリ・パパスと与那城・ジェイ。

「……ヴィヴィさん、もしかして……」

「なぁによ、ハリっ?」

「うぐっ……な、なんでも、ない、デス……」

「……やりやがったな、ヴィヴィ………?」

「さぁ? なんのことかしらっ♡」


そのほかのクルーたちも次々に死屍累々を築いていく。

「ええっ、みんなどうしたの!?」

「どうしたのかしらねっ♡」

 素知らぬ顔でとびきりのアイドル・スマイルを浮かべているヴィヴィに、もう二度と彼女の誕生日を忘れるのはやめようと心に誓うジェイだった。


 そして、同じアイドル・スマイルを向けられたカノンは、


(うわぁぁぁ、ヴィヴィの笑顔、可っ愛いぃぃぃ!!!

昨日頑張ってクッキー焼いてよかったぁぁぁ♪)


 と、密かに拳を握りガッツポーズを決めている。

 とりあえず、カノンにとってはHappyBirthdayのようだった……

麻宮騎亜先生がZOOMに使えるバーチャル背景を作ってくださいました。
有料会員の皆さんに一足お先に配布します。 

 ハリ・パパスはこのところその明晰な頭脳をフル稼働させていた。

 これまでの経緯を考えれば、「そう」なることは想像に難くない。「それ」だけは、なんとしても避けなければ。

「……やっぱり確実なのは、先手必勝、かな……」

 幾度となく繰り返した脳内シミュレーションで、最善の一手を導き出す。

「よし……この手なら」

 このところ「それ」を考えている間中、ずっと渋面だったハリ・パパスの顔にようやく笑みが浮かぶ。

「チェックメイトだ」

 あとは、「それ」を実行に移すだけだった。


 カノン
J.草薙は、「その日」を目前に悩んでいた。

 だって「彼」は、「食」にそれなりの「こだわり」があるように見えるのだ。

(だから、私の作ったものじゃ満足させられないような気が……するのよねぇ)

 肥えまくったハリ・パパスの「舌」は。

 そりゃあ、心はもう「めいっぱい」込めるけれども。

(そもそも、ハリくんの好きな食べものってなんだっけ……?)

 悩みながら廊下を歩くカノンの足元を、ピコポコと軽快な音を立てながらポーとコレがついてくる。その音に気を取られ、正面の通路を曲がって「彼」が姿を現したのに気付くのが遅れた。

「どうかしたんですか、カノンさん?」

「ハ、ハリくんっ!」

「すみません、驚かせました?」

「ううん、大丈夫……って、私、何か悩んでるように見えた?」

「ええ。こう、眉間にシワを寄せて……すごく考え込んでいるように思いましたけど……僕で良ければ、相談に乗りますよ?」

「ありがと、でも大丈……」

「あ、すみません。そうですよね。僕じゃあ、カノンさんのお悩み相談の相手なんて務まらないですよね……」

 シュン、と顔を伏せてしまったハリ・パパスに、カノンが焦る。

「あ! ち、違うのっ! ハリくんが頼りにならないとか、そういう事じゃなくて……あのね、えーっと……」

(でも、本人に誕生日プレゼントは何がいいか聞くのって……うーーーん……)

「……無理に話してくれなくて大丈夫ですよ……?」

「そ、そうじゃないの! あー、もういいやっ! あのね、ハリくん! 明日のお誕生日、何か食べたいものない? 簡単に作れるものでっ!」

「え?」

「ほ、ほら、ハリくんグルメだし、あんまり手の込んだものは作れないけど、せっかくのお誕生日だし、お祝いしたいなーって思って……」

「カノンさんが、僕のために手作り料理を……?」

「イ、イヤじゃなければ、なんだけど……」

「イヤなわけないじゃないですか! すっごく、すっごく嬉しいです!」

「……ほんと?」

「ええ! そうだ、僕カノンさんお手製のハニーケーキが食べたいです!」

「ハニーケーキって、はちみつのケーキのこと?」

「そうです。僕の故郷では誕生日のお祝いはハニーケーキが定番なんですよ」

「へえ、そうなんだ! うん、任せて! 腕によりをかけてがんばるから……って、でも、私、ハニーケーキは作ったことないなぁ」

「大丈夫です! 混ぜて焼くだけっていうとってもお手軽ケーキだし、それに……僕も一緒に作りますから!」

「え?」

「嬉しいなぁ~僕、姉がいないから、昔から『お姉ちゃんと料理する』のが夢だったんですよ」

「そうなんだ? あ、じゃあ一緒のエプロン付けて作ろう、私、用意しとくね!」

「ありがとうございます! じゃあ、僕はレシピの材料準備しておきますね」

「え、それは私が……」

「いえいえ。僕のために作ってくださるんですから、そのくらいは僕が」

(あ、そっか。お気に入りの材料とかがあるのかな……?)

「じゃ、じゃあ……よろしく」

「ええ。さっそく調達に行ってきます」

 なんだかウキウキと食物倉庫の方へ歩き出すハリに、ピコポコと音を立ててポーとコレがあとを追う。

「あ、こら。ポー、コレ、ついてくるなよ」

 追い払われて、ポーとコレはコロコロとカノンの足元に戻ってきた。

 なんだかやけに足取り軽く、ハリは去って行く。

(ハリくん……そんなに『お姉ちゃんと料理』したかったんだ)

 その後ろ姿に、どことなく自身の弟の姿を重ね……

(あの子は、こんなに可愛げないわ)

 自分の手料理を食べるのをなんとしてでも回避していた実弟を思い出し、カノンはふ~っと溜息をついた。


 そして翌日、ハリ・パパスの誕生日当日。

ふたりは仲睦まじくおそろいのエプロンをつけ、(主にハリの手によって)つやつやふっくらしっとりの、まるで月のように真ん丸なハニーケーキを見事に焼き上げた。


そう。この日を目前に、ハリ・パパスはその明晰な頭脳をフル稼働させたのだ。

 これまでの経緯を考えれば、カノンが誕生日に手料理を振る舞おうとすることは想像に難くない。「それ」だけは、なんとしても避けなければ。いや決して、祝ってくれようとする彼女の気持ちが嬉しくないというわけではないのだけれど、断じて。

「でも……ごめんなさい、カノンさん。僕は……僕は、貴女の手作り料理を口にする勇気がどうしても出ないんです……えへっ」

見えない角度で、ハリがペロッと舌を出していたことに、カノンはまったく気付かなかった。


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