小説『神神化身』第二部 
第一話

邂逅(かいこう)インシデント

  二十歳を超えても化身(けしん)が出なかった時、阿城木入彦(あしろぎいりひこ)はほんの少しだけ折れそうになった。明確に区切りがあるわけではないが、人生の節目を迎える度に、それまでを顧みなくてはいけなくなってしまう。
 まだこれからだと思えなくなって、どれだけ経っただろう? そこから何とか立ち直って二十一歳になっても、化身は出なかった。これから化身を持たずに過ごしていく時間の長さを考えると、何だか途方もない気分になった。
 だが、今日も阿城木は、大学の講義が終わるなり、舞奏(まいかなず)の稽古に勤しむ。この努力がいつか報われると、信じながら舞い続ける。
 今のところ、阿城木に化身が出る予兆は無く、彼は未だノノウのままである。

 

   *


 

「阿城木ー!」
 大学に来るなり、同期の苅屋(かりや)が駆け寄ってきた。その目が尋常じゃなく輝いているのを見て、苦笑しながら返した。
「元気だなー、お前。どうしたよ」
「阿城木! もーほんとにお前がカミだったわ! 音楽文化概論Ⅱも単位取れてた! マジでありがとう!」
「あー、ヤマセンのやつか……」
「阿城木が舞奏のことあれこれ教えてくれたからだろ! 舞奏への理解が深いってA貰っちゃったわ! ほんと阿城木様々だよ!」
 飛びつかんばかりに感謝してくる苅屋を躱しながら、二週間前に手伝ったレポートのことを思い出す。確か、舞奏の地域性の話や、それが地元の行事とどのくらい深く関わっているかを纏(まと)めるものだった。
「そういやあったな。俺が八割方書いたやつだろ、それ」
「いやいや、謙遜(けんそん)すんなよ。お前は九割五分書いた。俺が書いたのは自分の名前だけ!」
「誇らしげに言うことかー? それ」
「音楽文化概論Ⅰの時も世話になったしさあ! お前がいればこの講義はA評価間違い無しだわ! この調子でⅢも取っちゃおうかな」
「それまた俺に頼む気だろ。そろそろ真面目にやれっての」
 だが、阿城木はまたレポートを手伝ってしまうだろう。大好きな舞奏のことで頼られるのは嬉しいし、自分が知っていることや考えたことを改めて文字に起こせるのは楽しい。刈屋のレポートを手伝うという名目で資料を漁るのだって面白いのだ。
「阿城木そんだけ舞奏詳しいなら、ヤマセンの講義受けようぜ。無双できんじゃん」
「俺は自分で学んだから、二度勉強したってしゃーないだろ。それに、俺が受けたらお前のレポートが九割五分俺のと一致することになっちまうぞ」
「そ、それは勘弁してください入彦様……」
「おうおう、その態度やよし」
「あ! なあ、今日暇? 俺のサークルの後輩がお前に会いたがってんだよ! 何でも、お前の舞奏よく見に行ってる観囃子(みはやし)なんだってさ! 俺が阿城木のマブだって知ったらきゃあきゃあ言われちって。ご飯食べに行こうぜ?」
「今日はパス。今日俺レポート出しに来ただけだから。このまま稽古があるんだよ」
「お前いっつもそれじゃん! いやあ、ストイックですこと」
「少しでもサボると下手になんだよ。舞奏は一日にしてならず」
「そんなに頑張ってて、舞奏もめちゃくちゃ上手いのに、化身ってのが無いと覡(げき)になれないんだよな? 理不尽過ぎるっつーの!」
 本気で憤慨しているような口調の苅屋に対し、阿城木は笑いながら答えた。
「んなことないって。俺がまだ足りてないってことなんだから。俺はどんどん上手くなって、カミにぎゃふんて言わせんの」
「でもさー、舞奏競(まいかなずくらべ)って舞奏の上手さを競うもんだろ? 身体に出てる変な痣を見せる戦いじゃなくてさ! だったら阿城木が最強じゃん!」
 屈託無く言い切ってくれる苅屋に、少しだけ救われる。だからこそ、まだ阿城木は諦めきれないのだ。
「最強になりてーな。ほんとに」

 

 阿城木の生活は、大学と舞奏、そして地元の人の手伝いで回っている。養蚕業(ようさんぎょう)で一財を成した上野國(うえのくに)の阿城木家は、その財を使って地元を活性化させるのに尽力し、この辺りの相談役として名を馳せている。今はもう養蚕をやっていないが、父親の阿城木崇(あしろぎたかし)は実業家として活躍する豪傑だ。
 その為か、阿城木の家の人間は頼まれると断れず、問題解決に東奔西走(とうほんせいそう)する性質がある。
 レポートを出した後は即稽古に戻ろうと思ったのだが、乾(いぬい)さんのところのおじいちゃんがぎっくり腰ということで、食料品の買い出しをすることになった。そのついでに坂永(さかなが)さんのところの電球を替え、上宮(うえみや)さんのところの孫の風船を探してやった。
 地元の人の力になることは嫌いじゃない。だが、何かをした後に、決まって言われる言葉が、最近心にくるのだ。
「入彦くんは本当にいい男だよ。カミも見てるに違いないね」
 悪気は無いのだろう。むしろ励ましてもらっているのかもしれない。阿城木も「ありがとうございます!」と答えるし、実際ありがたい話だ。
 だが、思ってしまう。それでも、自分に化身は出ないのだ。 

 一通りのことをこなし終えると、稽古の時間だ。家に戻って着替えてから、庭にある『稽古場』に向かう。
 阿城木の家は昔ながらの日本家屋だ。屋根の部分に張り出した屋根裏がある。養蚕業をやっていた名残だ。昔は阿城木家の敷地内で全てを完結させようとしていたらしく、阿城木の家の庭は尋常じゃないほど広い。おまけに、使っていない建物が沢山ある。
 昔は使用人の控え室であったという一棟を改造したのが、阿城木の稽古場だ。壁が鏡になっており、自分の動きを確認しながら稽古することが出来る。
 上野國の舞奏社(まいかなずのやしろ)は、ノノウは限られた時間しか稽古場を使えない。その為、阿城木はこうして自分の稽古場を作ってもらったのだった。小学校に上がるか上がらないかの頃だったと思う。その時は、化身が出て本物の覡になるまでの仮の稽古場だと言っていた。
 鏡に映る自分のフォームを確認しながら、あれから随分経った、と思う。幼い頃から舞奏を見るのが好きだった。たとえ泣いていても、舞奏を見せると泣き止むような子供だったという。覡になりたいという自分の夢を誰もが応援し、いつかその実力が認められて化身が出ると疑わなかった。
 一体どうしてこうなったのだろう? 二十一歳になった阿城木入彦は、未だ覡になれていない。
 阿城木の地元──上野國(こうずけのくに)の舞奏社では、かつて化身を偽ったノノウがいた。そのノノウは自らの舞奏の技量を過信した末に、身体に偽物の化身を彫り入れて舞奏社に覡として入り込んだ。そのノノウの舞があまりに優れていた為に、社人(やしろびと)すらも欺いてしまったらしい。
 だが、その嘘はそう長く保つものではなかった。ある日、そのノノウの正体を看破(かんぱ)する真性の覡が現れたのだ。その覡は観囃子の前でその罪を暴き、カミに然るべき罰を乞うた。
 その瞬間、不届きなノノウは罰を食らいその傲慢(ごうまん)さに相応しい化生の姿に変えられたという。カミを愚弄(ぐろう)した報いは、末代まで及び、そのノノウの血を引く化物は今も彷徨い続けているという。また、これをきっかけに化身伺(けしんうかがい)の伝統が出来、舞奏社所属承認書の制度が生まれた、のだそうだ。
 その結果、上野國の舞奏社は化身というものに殊更(ことさら)にこだわるのである。その所為で覡が輩出出来ず、舞奏競に参加することすら叶わなくとも、徹底的に。自分の國の社が引き起こした事件(インシデント)の責任を取るがごとく、化身持ちを崇めている。
 だが、今のところ上野國には化身持ちの覡はおらず、舞奏衆(まいかなずしゅう)も組まれていない。かつての阿城木は上野國の舞奏社の期待を一身に背負った存在だったが、今となっては苦い思い出だ。それほどまでに自分の舞奏を認めてくれるのなら、覡として承認してくれればいいのに。他國の舞奏社では、そういった動きもあると聞いている。
 せめて化身を偽ったノノウの話が、上野國舞奏社でなければとも思ってしまう。そうでなければ、ここまで化身にこだわることもなかっただろう。
 だが、阿城木には化身を偽ったノノウの気持ちが痛いほどわかる。そのノノウは、自分の舞奏に誇りを持っていたのだろう。寝食を忘れて打ち込むほど舞奏を愛していたのだろう。それなのに、ただ一点、化身が無いというだけで覡になれないなんて、あまりに残酷すぎる話だ。
 自分のどこがいけないのか。カミは何故自分を認めてくれないのか。もしかすると、自分の舞奏が優れているというのは傲慢な思い込みで、本物の才能の前では霞んでしまうほど不出来なものなのか? カミと自分に答えの無い問いを延々と繰り返し、それでもなお舞奏を奉じなければならない絶望。
 阿城木は、そちら側だ。届くことのない言葉を投げかける側だ。
 身体に偽物の化身を彫り入れる時、そのノノウはどんな気持ちだったのだろう。カミに罰せられ化生に落ちてもなお、舞奏への愛を失わずにいられるだろうか。
 ともあれ、現代の阿城木は偽物の化身を身体に入れることもなく、夢の叶う日を──カミが自分の方を向いてくれる日を待っている。ただひたすらに、弱音を吐かず、この努力すらも苦にならないほど楽しいと、陽の当たる面だけを周りに晒している。
 こうなるまでには随分掛かった。一番荒れていたのは高校生の頃だ。舞奏から一切の手を引き、全部を投げだそうとしたことがある。だが、周りはそんな阿城木を責めず、ただひたすらにこの運命に同情した。阿城木が本心では諦めたくないことを知っているから、遠回しに励ましてくれることすらした。
 みんな阿城木の夢が叶う瞬間を待っているのだ。
 そうして、最終的に祖母が『化身の出る水』なるものを買って帰ってきた辺りで、まずいなと思った。自分は夢を諦められないのだから、覚悟を決めなければならない。変に腐したり荒れたりすれば、周りの方が切実になってしまう。
 努力を続けるのなら、自分が化身にこだわっていないことをちゃんと示さなければならない。
「ばあちゃん。ばあちゃんの気持ちは嬉しいよ。けど、俺はもう化身はいいんだ。俺は努力と熱意だけでカミに認められてみせる。きっともっと頑張ったら、カミだって俺のことを認めてくれるさ」
 それ以降、阿城木は愚直に努力を続けた。周りは応援してくれている。一介のノノウである阿城木を応援してくれる観囃子も随分増えた。
 だから、まだ折れずにいられる。まだ、阿城木は舞奏が好きだ。今まで懸けてきた時間と熱意を後悔したりはしないだろう。ノノウとしてであっても、舞台に立つ時は楽しい。観囃子の喝采を受ける時のあの泣きそうな気持ちを忘れられない。
 この思いが、いつか偽物になってしまいそうなのが恐ろしかった。阿城木の焦燥が愛情を超え、ただ今までに捧げてきたものを取り返す為だけに舞奏にしがみつくようになってしまったらどうすればいいのだろう?
 そうはなりたくない。
 それこそ、自分が化生に落ちる時なのだ、と阿城木は思う。舞奏への愛を、ずっと抱いている舞奏が楽しいという気持ちを、忘れた時が、阿城木入彦が変じてしまう時なのだ。
 

 稽古を終えて家に帰ると、母親である阿城木魚媛(あしろぎうおめ)がパタパタと駆け寄ってきた。子供のようなショートカットヘアに、水色のエプロンを身につけた姿は、小柄な背丈と相まって子供がままごとをしているようにも見える。
「おかえり、入彦! ちょっと忘れないうちに話しておきたいことがあるのよ!」
「あー? なんだよ帰ってくるなり」
「ほら、山の方に廃神社あるでしょ。あそこに何か変な人? が住み着いてるらしいのよね。入彦が見に行ってくれたら安心なんだけど。お父さんまーた山口県まで出張っていうんでしばらく帰ってこないから」
「別に見に行くのはいいけどさ、妙なことしてんじゃなきゃ追い出すのもな。何か理由があってそこにいるのかもしんないし。とりあえず話聞くだけになんぞ」
「うーん、妙なことっていうか、妙らしいのよ。こっそり地元の人も会いに行ったりしてるみたいで……」
「会いに行く? 住み着いてるやつに? 何の為にだよ」
「噂だけど……そこに住んでるのって、すごいえらい妖怪なんですって」
「は? 妖怪って何だよ」
「何でも願いを叶えてくれる九尾の狐とかなんとか。まあ、上野國だから、いてもおかしくはないと思うんだけど」
 魚媛が真面目腐った顔で言う。いくらなんでも、そんなことはないだろう。何でも願いを叶えてくれる、という話も阿城木の心には引っかかる。……そんな都合のいい存在がいるわけないのだ。
「じゃ、まあ……暇な時に見に行くわ。なんかやべー団体とか出来る前に」
「あ! これはすぐに見に行ってほしいんだけど、なんか蔵から妙な音がするの。ネズミかもしれないし泥棒かもしれないし、九尾の狐かもしれないから見に行ってくれない?」
「そんなホイホイ九尾の狐がいてたまるかよ」
 そう言いながら、阿城木は再び玄関を出て行く。すっかり外は暗くなり始めていた。ここから先は夜の時間だ。 

 阿城木家の蔵は、養蚕業を営んでいた頃からの歴史あるものだ。今となっては単なる物置でしかないが、色々いわくがあるらしい。
 だからだろうか。扉を開ける時に少し緊張した。どうせ換気の時に開けっぱなしだった窓から、ネズミでも入り込んだのだろう。そう思っているのに、緊張する。
 懐中電灯を携えながら、年季の入った階段を上まで上がっていく。
「おい、誰かいるか? なーんてな」
 そう声を掛けた瞬間、上の方から床が軋む音がした。
「……え、まさかマジでお化けとかじゃないよな?」
 背中を汗が伝い落ちる。信じてはいなかったが、こんなところに誰が来るというのか。
「おい、誰かいるなら返事しろよ。今から行くからな」
 階段を上がるスピードを速める。泥棒? 妖怪? 盗られるようなものは何一つ無い。だからこそ、ここに入り込む目的がわからない。最上階はすぐそこだ。近づいてくる阿城木に『何か』が息を吞む気配がする。
 そうして、最上階まで上がりきったその時だった。
「うわっ!?」
 最上階ににいたのは、小柄な少年だった。
 童顔なのか実際に子供なのかがわからない。色が白くて線の細いやつだ。やたら気の強そうな丸い目が、まっすぐにこちらを見つめている。その所為で、反応するのが一瞬遅れた。お互いに黙って見つめ合ったまま、次に発する言葉を探す。探す? そこで何してんだ、と言うべきなのに? と自分でも不思議に思う。
 何しろ、阿城木の脳内にあるのは『ようやく出会えた』という意味の分からない感慨だったからだ。
 そうしてしばらく見つめ合った後に、やっと言葉が口から出てきた。
「おい、そこのガキんちょ何してんだよ」
「ちょっと、開口一番なんなの? 僕はガキじゃないんだけど。こう見えても十……九歳なんだけど」
「嘘吐け。贔屓目に見ても十六くらいだろお前」
「人を見た目で判断しないでよね」
 不服そうに少年が唇を尖らせる。そして、言った。
「僕は七生千慧(ななみちさと)。舞奏衆を組む為にここに来たんだ」
「七生千慧……? 舞奏衆……?」
 思いがけない単語に、思わず聞き返してしまう。呆けている阿城木に対し、七生は不敵に微笑んだ。
「お前のことは調べたよ、阿城木入彦。すごい舞奏の実力だよね。なのに、化身が無い所為で覡になれない。地元の期待を背負っているから、化身にこだわらない他國の舞奏社に向かうことも出来ない。本当に可哀想な状況だと思うよ」
「……お前に何がわかんだよ」
 思わず、低い声でそう返してしまう。十九歳というのが本当であれ、年下なのは確実だというのに。
「んで、舞奏衆を組みにきたお前は、どうして化身を持ってねえ俺ん家の蔵に忍び込んでんだよ。ここは客室として開放してるわけじゃねーんだけど?」
「いや、出て行くタイミングが無かったっていうか、夜の屋外は寒いし、ここくらいしか安寧の地が無かったっていうか……」
 七生が気まずそうに言葉を詰まらせる。もしかすると、目の前の少年は行くところがないのかもしれない。そんなことを考えていると、不意に七生が真剣な表情で言った。
「阿城木。お前は、まだ覡になりたい?」
「いきなりなんだよ」
「いいから答えて。どんなものを犠牲にしても、覡として舞奏を奉じたい? 舞奏競に出たい?」
 心臓が大きく跳ねる。蔵に忍び込んでいた謎の少年に投げかけられるには、あまりにも重い問いかけだ。何しろそれは、阿城木の人生の全てであるといっていい。だからこそ、この状況の異様さすら忘れて、阿城木は毅然とした態度で返した。
「ああ。俺は俺の舞奏に誇りを持ってるし──舞奏が好きだ。俺は、覡になりたい。化身が無くても、諦めたくない」
 今となっては、改めて口にすることもなくなった、それでも毎日唱えている決意だ。どんなものを擲(なげう)ってもいい。この炎は、今に至るまで消えなかったのだから。
「そう、なら──僕がお前を、覡にしてやる」
 七生はまるで自らがカミであるかのような口調で言う。
「……何言ってんだ、お前」
「これは冗談なんかじゃない。僕はお前をスカウトに来たんだ。今まで、化身なんてものがないお陰で悔しい思いをしてきただろ? 自分を認めてくれなかったカミを憎んでただろ? なら、一緒に行こう。カミがお前を認めなくても、僕がお前を認めてやる」
 随分ご大層な言葉だ。不遜ですらある。それでも彼の言葉を茶化せなかったのは、あまりにも七生の言葉が熱を孕んでいたからだ。阿城木の魂を震わせたからだ。
 その時初めて阿城木は、自分がカミを、少なからず憎んでいたことを知ったのだった。
「第一、化身なんて別に舞奏の技量を示すものじゃないってーの。こんなの趣味悪い奴の予約票みたいなもんなんだから。ほんと、僕らはクリスマスミナルディーズじゃないっての」
「クリスマスミナルディーズ……ってなんだよ」
「予約必須のクリスマスケーキだよ!」
 訳の分からないたとえを出してきながら、七生が一人で憤慨している。ややあって、七生が続けた。
「上野國には化身持ちがいないんだろ? 僕が率いれば、まだ説得の目があるかもしれない。いや、認めさせてやる。この好機は絶対に逃させない」
「おい、お前まさか化身持ちなのかよ? 嘘じゃないだろうな?」
 訝しげに尋ねる阿城木に対し、七生は黙って襟刳りを広げてみせた。
 覗いた肌からは、一部分しか見えなかった。だが、阿城木にはそれが本物だと、否応なくわかってしまう。心の底から焦がれ続けた、才能の証が──化身が、七生の左胸、心臓の上に顕れている。
「これでわかっただろ。僕は本気だ」
「……ちょっと待ってくれよ、マジで付いてけないんだけど。お前、一体何なの? 何で俺を誘いに来たんだよ」
「僕はここに勝ちに来たんだ。大祝宴に辿り着く為に、お前の力を貸してほしい。実はもう一人、仲間に出来る当てがある。阿城木さえ加わってくれたら、舞奏競で戦える」
 思わず、俺でいいのかよ、と言いかけてすんでで止める。そんなことを言えば、自分を応援してくれている人間を、今までの努力を、そして、目の前の七生千慧を裏切ることになる。だから、代わりに言った。
「本気なんだな? ……七生」
「ああ。我ら水鵠衆(みずまとしゅう)。カミの加護受けぬはぐれ者。であろうとも、それだからこそ、僕達は大祝宴に辿り着く。さあ、カミへのリベンジマッチだ」
 七生が不敵に言った。
 そのまま、彼が急に童顔に相応の表情を浮かべて言う。
「……その前に、その、ご飯……食べさせてもらえる? 出来れば食後に甘い物があると嬉しいんだけど……」

 

 



著:斜線堂有紀

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。





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©神神化身/ⅡⅤ