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ボコッボコッと大きな鈍い音がした。

それまで見たことのない空間の“オクタゴン”と呼ばれる試合場の中から、ボコッボコッと音が聞こえた。その音はそれまで聞いたことがない、イヤーな感じの音だった。

何しろその音がどうやって出ているのかというと、人間の頭を上から押さえつけたまま肘打ちを打ちおろした時の音なんだから。

ムエタイの肘は切り裂くようにして打つ。だから案外ダメージは少ない。カットされて出血した選手は、リングに立ったまま負けを告げられる。選手は悔しそうな顔でリング上に立っている。それまで僕が知っている格闘技で肘打ちが認められていたのはムエタイだけだった。ムエタイの肘打ちが肘を使った最高に怖いって思える技だった。

しかし、今、僕の目の前で使われてる肘は、音がする。ボコッボコッと音がする。それに対して、ムエタイの肘打ちは音がしない。静かに相手を切り裂いてそのまま試合を終らせるものだ。だけど、今、目の前で使われている肘は、何度も何度も続けて相手に上から打ち込んでいる。カットさせないから何度も相手に続けて打ち続けていて終わることがない。音がする程の勢いで何度も上から押さえつけて打ち込む。その度にボコッボコッっていう何ともイヤな音がしていた。

八角形に仕切られ、金網で囲まれた空間は、オクタゴンと呼ばれる試合場。今では当たり前となったオクタゴンは、リングという空間しか知らない当時の僕、そして試合場の観客にとっても異様な空間だった。もっともそれを狙ってオクタゴンは製作されたとも聞く。今までの常識を覆し一気に世界中に打って出る。グレイシー柔術が世界に進出するために搾り出した知恵の一つが、オクタゴンという誰も見たこともない空間で試合をするということだった。

それまでの常識でもあった、試合はリングで行うという概念から飛び出すことで大会の注目度は大きくなっていった。興行を立ち上げる際には試合内容も大切だが、知らない人間まで、それこそマニアでないどころか、格闘技をよく知らない一般の人たちの興味をいかに惹き付けるかという作業も大切な仕事になる。それにオクタゴンという存在は一役買った。オクタゴンの中で行われた試合は、現在の総合格闘技とは全く別の試合であったし、現在のUFCとも全く別物である。それが初期の“The Ultimate Fighting Championship”と呼ばれた大会。当時はUFCという呼び名さえもまだなかったのだ。