1.『続・平謝り』 〜格闘技界を狂わせた大晦日10年史〜
この10年間、格闘技は未曾有の盛り上がりを見せたが、結果的にそれを盛り上げたK-1もPRIDEも崩壊してしまった。そこには様々な原因があるが、良くも悪くも一番の原因は大晦日イベントにあった。テレビ局も含めて当事者の谷川貞治(元K-1イベントプロデューサー)が『平謝り』にも書いていない内幕を綴って、検証する。
●第11回 / 2004年(後編) 中量級を変えた「魔裟斗 vs KID戦」!
その男は突然、現れた。彼の名前は「山本“KID”徳郁」。2004年の大晦日で忘れてはならないのは、このKIDのことでしょう。
前編、中編で触れたように、2004年の大晦日のメインは、視聴率で紅白を越えた曙と、前年のフジテレビの大晦日で一番視聴率を取ったホイス・グレイシーのMMAの試合を組みました。体重差3倍、曙のMMA初挑戦いうこともあり、話題的にもこれはかなり自信がありました。
そして、裏のメインは「ボビー・オロゴン vs シリル・アビディ」。TBSの人気番組『さんまのからくりTV』との連動で盛り上げていくプロモーション手法は、「世間に届かせる」大晦日イベントという意味で、凄く手応えがありました。これは結果もまずまずの成功です。
そして、時代は「プロレスラーvs格闘家(特にグレイシー)」から、吉田秀彦や曙のような「トップアスリートのプロ格闘技挑戦」ということもあり、FEGでは柔道日本一の秋山成勲と、レスリング日本一の中尾芳宏をスカウトし、大晦日でデビューさせることにしました。秋山はボクシング世界王者のフランソワ・ボタと典型的な異種格闘技戦を行い、中尾は仕事師ドン・フライとの一戦を組みました。内容はともかく二人とも勝利し、しっかりとイベントのワキを固められたと思います。
さらにトップアスリートで言えば、僕が一番期待していたのが、レスリングのヘビー級で、エジプトに初の金メダルをもたらしたカラム・イブラヒムの参戦でした。スカウトするのに苦労しましたが、全身バネのような鋼の肉体と人間離れした身体能力をもったイブラヒムに、僕はすっかり惚れ込んだのです。ハワイで契約を取り付けましたが、トレーニングを見た時はその才能にホレボレしましたね。
でも、イブラヒムは自分の能力を過信しているところがあり、実際ムラっ気が多くてレスリングの大会でも平気でドタキャンしたりする、ちょっとタイソンっぽい性格が気になりました。それでも複数試合の契約を結び、絶対にスターにしようと意気込んだのです。
そこで対戦相手に選んだのが、プロレスラーの藤田和之でした。前年のイノキ・ボンバイエで視聴率的に大惨敗を喫した猪木軍のエース。プロレスラーは相手を引き出すのがうまいし、藤田はミルコを引き出してスターにした実績がある。僕は藤田なら、勝敗に関係なくイブラヒムを光らせてくれるんじゃないかと期待したのです。
実際、イブラヒムのパワーは凄かった。ゴングと同時に突進して来る藤田を、両手でポンと押しただけで、イブラヒムより身体の大きい藤田をコーナーまで吹っ飛ばしてしまったのです。しかし、「金メダリストと日本のヘビー級のレスリングの王者では格が違いすぎる」と言っていたイブラヒムは、恐らくほとんど藤田の研究もしていないし、MMA対策をしてなかったのでしょう。藤田の一発のパンチで、身体がびっくりするような形で失神KO負けしてしまったのです。あちゃー! もし、相手が打撃系や柔道などの他ジャンルの選手なら、イブラヒムもそれなりの対策を立てていたでしょう。同じレスリングの格下相手ということで、完全になめていました。それ以降、恥をかいたイブラヒムは契約があるのにも関わらず、二度とプロのリングに立とうとしませんでした。何が悔しいって、この大晦日で一番悔しかったのは、イブラヒムという大器を失ったことです。
ほかにも、この年は武蔵と宇野薫が大晦日初参戦して花を添え、ブレークに翳りが見えてきたものの、知名度は抜群のボブ・サップは、ジェロム・レ・バンナとK-1&MMAのミックスルールで闘い、会場を湧かせました。これは面白い試合でした。このように、2004年の大晦日は、史上最も豪華なラインナップで、なんと平均20%の視聴率を獲得。これは大晦日の裏番組としては、いまだ破られていない歴代1位の記録です。曙vsサップをやった前年でさえ、19%だったので、凄く嬉しかった。
でも、これだけのメンバーが揃いながら、一番の視聴率を叩き出したのは、これまで挙げた人気格闘家ではなく、2人の小さな日本人が作りました。それが「魔裟斗 vs KID」だったのです。
僕の目に山本KIDが止まったのは、本当に偶然でした。2004年の春頃、その年のK-1MAXをどうしようかと考えている時に、僕は五味隆典のマネージャーと会っていたのです。MAXがスタートした2002年は、須藤元気を入れ、2003年には武田幸三をMAXの舞台に上げて、話題を作りました。今年も新しいタマがほしい。そこで、考えたのが五味君だったのです。五味サイドは、大きな舞台としてK-1とPRIDEを考えており、マネージャーからアプローチしてきたものの、どちらに出るか迷っている感じでした。その時、僕もしばらく五味君の試合は見ていなかったので、いくつかDVDを借りて見ることにしました。他の試合は早送りして、五味君の試合を見ようとしていたところ、「おおっ、こいつは誰だ!」と、目に止まったのがKIDだったのです。
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