その12 テラズアポレス……グレイシー一族の原風景の町。(後半)
山へ登る道をドライブしながら、僕はカーリーから聞かせてもらった話を思い出していた。「カーロスは柔術と共に生きようと決めた」。カーロスとはカーロス・グレイシー。カーリーのお父さん。前田光世先生から柔術を直接手取り足取り学んだ人物だ。
「カーロスは知っていたんだ。人は、人だけでなく全ての命は自然の中で暮らし、自然の力で生かされていることをね。柔術で生きようと決めた時にカーロスはテラズアポレスに家を建てた。テラズアポレスはリオから車で1時間の山の上にあって、山の上の空気はとても綺麗で、家の横には川が流れていた。川の水もとても綺麗だった。水と空気が綺麗な場所に育つ植物は大自然の恵みを受けている。そこで採れた野菜や果物を食べる。水も空気もとても綺麗で大自然の持つ力が満ちていた。人はそうやって生きる力を大自然から恵んでもらう。カーロスは知っていたんだよ。柔術と共に生きるのに何が必要なのかを。それは人が何かを成し遂げるにはエネルギーが必要になる。そして、人のエネルギーは大自然から恵んでもらうんだ。だから一族でテラズアポレスに移り住むことにしたんだ」
もうすぐその場所に着く。グレイシー柔術の原風景があった場所に着く。不思議な大自然の力を感じながらいつの間にか山の上の街に到着した。山の上の街はなんというか、隙間が大きい。建物と建物の間の間隔が大きいのだ。空気が澱まない感じがする街、それがテラズアポレスだ。
そのまま少し街をドライブする。カーリーも懐かしいのだろう。ゆっくりとしたスピードで車を走らせながら色々な話を聞かせてくれた。この時の喋り方は矢継ぎ早じゃなかった。ゆっくりと懐かしい風景を味わうようにカーリーは喋っていた。
すると、急に白バイ(ブラジルって白バイって言うのかな?)が寄ってきて車を停めるように言ってきた。カーリーが車を降りて何か話をしている。それまでのゆっくりとした喋り方が急に矢継ぎ早に変わった。さらにもっと早くなって身振り手振りも激しくなった。そして暫くすると、喋り方が急に温和になり警官と握手して別れた。車に戻ってきたカーリーが笑顔で事の顛末を聞かせてくれた。
「ブラジルには悪い警官もいるんだ。恥ずかしいけどね。やつらは難癖をつけてくる。違反切符を切るぞって言いながらね。それで、こっちの顔をジロジロ見てくるんだ。違反を見逃して欲しいのかいって感じでジロジロ見てるんだ。それで見逃してくれってなれば、お金を要求するんだ。最初からお金が目的でやって来るんだよ」
カーリーは笑いながらそんなことをサラッと言った。
「それで、言ってやったんだ。グレイシー一族を知ってるか?ってね。それで、やつの顔色が変わった。そこでさらに言ったんだ。俺の名前を教えてやろうかってね。やつは焦ってたな」