その13 テラズアポレスで驚いた。(前半)
カーリーとテラズアポレスの街を散策する。グレイシー一族が暮らしたという場所にも連れて行ってもらったが、もうそこに家は無かった。ただ石垣が囲んだ土地が残っているだけだった。石垣はとても広い……とても広いなんてもんじゃない。だだっ広い……無駄に広い。家を囲う石垣のレベルじゃなかった。とても広大な広さの土地がグレイシー柔術の原風景の跡地。カーリーが石垣を懐かしそうに見ながら話を聞かせてくれた。
「カーロスは一族のリーダーだったんだ。だから一族でここに引っ越してきた。一族みんなでここに移り住んだ。エリオもいたし、彼の家族も一緒に暮らした。みんなで柔術と共に暮らしたんだ。庭にマットを敷いて毎日柔術をやった。家の横には川が流れてるからそこで泳いだ。泳ぐ時にも柔術で泳いだ。柔術の動きを思い出しながら泳ぐんだ。遊ぶ時にも柔術をやって遊んだ。喧嘩をする時にも柔術だ。食事はグレイシーダイエット。だから食事をする時にも柔術をやっていた。柔術で良い練習をするために柔術で疲れた身体に良い栄養を与え、また良い練習が出来るために食事をするんだ。息をする時には柔術の息を吸い、柔術の息を吐いた。いつも柔術が側にあった。柔術と共にここでみんなと暮らしたんだ。家には24のベッドルームがあった。いつもみんなで柔術と共に暮らしていたんだ」
不思議な感じがした、話を聞きながら空気の匂いが変わったような感じがした。匂いだけじゃなく、空気そのものが変わったような感じがした。空気はどこからやって来るんだろう? 地球の空気は入れ替わるのかな? それとも全ての時代と繋がってるのかな? そして空気は地球を循環してるのかな? そんな不思議なことを思いながらグレイシーの原風景を目にし、カーリーから話を聞かせてもらった。
もちろんテラズアポレスで練習もした。練習は一日2回やる。カーリーの知り合いのアカデミーに行ってスパーリングをした。ブラジルで練習をするのは初めてだった。だけど、カーリーが見守ってくれてるから安心してスパーリングが出来た。カーリーが一緒だから、誰もがきちんとした態度で接してくれた。
まだブラジリアン柔術といった言葉がなかった時代。それでもその流れは始まっていた。ブラジルのアカデミーはカーリーのアカデミーとはスタイルが違った。最初にウォーミングアップをする。色んな形でジャンプをする。形を変えて延々と30分くらいやる。カーリーのアカデミーでは5回くらいジャンプしておしまいだ。カーリーになんでウォーミングアップをしないのかって聞いたことがある。カーリーは“なぜ、そんなことを聞くんだ?”って顔つきをしながら、こう答えてくれた。
「ストリートでファイトする時にウォーミングアップが出来るかい?」
たったその一言で理解できた。グレイシー柔術はストリートファイト用に技術体系が出来ている。僕がカーリーに教わったグレイシー柔術はそうだ。僕はカーリーのスタイルのグレイシー柔術しか知らない。
初めて練習したカーリー以外のブラジルのアカデミーは違っていた。日本の柔術アカデミーなら僕は出稽古をして知っている。日本ではカーリーのスタイルとは始めから違っていると思って出稽古していたから違和感はなかった。カーリーのアカデミー以外の柔術は僕が教わった柔術とは似ているけど別の柔術。ストリートではなくマットで闘う技術体系になっている。スポーツ化した柔術のはしりがブラジルでやった柔術だった。