第1回(後半) 「対韓、ネトウヨ、紛争…人類の劣等感と闘争欲はどこに向かうのか?」
◆ 話し手1/奥山真司(地政学・戦略学博士)
◆ 話し手2/八木賢太郎(レイザーラモンRT)
◆ 茶々入れ/山口日昇(『かみぷろ』編集長)
※「スカバナ!」とは? 《横須賀で同級生だった奥山真司と八木賢太郎が、四十路を越えて繰り広げるスカっとする話、もしくはスカスカな話》の略です。
「SNSのおかげで、アフリカの民族紛争の一部が止まったということがあったらしいです」
山口 昔ね、岸田秀が、人体に膿がたまってデキモノができたら、膿を出さない限りは皮膚などの生体が再生しないように、社会も膿が溜まってるならその膿を出さないことには社会は蘇らないみたいなことを言ってたけど。かつては戦争によって、好き嫌いにかかわらず社会や時代の膿を出してた部分というのはあるわけで、もう戦争をしないなら、どうして膿が溜まったのかを解明して、違う方法で膿を出さしていかなきゃならない。
奥山 岸田さんは同時に、社会っていうのは基本的にぶっ壊れてるって言ってましたね。そもそも完全じゃないからっていう。
山口 人間は本能が壊れた動物だと言ってましたよね。だから、人体も社会も周期的に壊れて膿が溜まる。壊れたときに戦争以外でどう膿を出すのかっていうのは非常に大きな問題なんだけれども、議論はいつもそこまで追っつかないから、戦争には賛成か反対かだけで終わっちゃう。ホントは奥まで議論すべきなのに、「戦争に賛成なんていう話自体がとんでもない!」ってことになって。だから戦争に関する論争は、エンターテインメントとしても、いまひとつ本質的じゃなくて面白くない(笑)。
奥山 そこの部分をプロレスが担ってたっていうところは、あるんですよね。
山口 またプロレスの話か!(笑)
奥山 いや、これは闘争の話ですから。
山口 たしかに一翼は担ってたんですよ。ただ、最近のネット社会の成り立ち、若者の意識みたいなものを見てると、闘争そのもの、怒りそのものにベクトルが行ってない。闘争欲を抑えるというよりは、もっと根本的な部分で変わってきてる気がする。欲のエネルギーの総量が変わってるのか、なんなのか……。
奥山 あ~、それはわかります。ウチの学生たちを見ててもそうですからね。
山口 だって、いまの若者は所有欲もあまりないわけでしょ。家も車も持たない。快楽にも溺れる気もないから、お酒も飲まない。シェア文化の根っこでもあるコミュニティをつくることに力を注いでる、というのもあるのかもしれないけど。
奥山 ウチの学生もそうですよ。
山口 性欲もない、結婚もしない、子どももつくらない、闘争欲もない。人間の欲望の総量が変わらないんだとすると、その欲望の総量はいったいどこに抑え込まれてるんだろう?って思いますね。でも、若者と話してると、無理して欲望を抑えてるというふうでもないし。
奥山 もしくは抑え込まずに、人間そのものが変質しちゃったか。
山口 うん、変質しちゃってるのかもしれない。
八木 だから、欲深かったり利益を追求することはすごい悪だって言われますよね、最近は。
山口 悪っていうか、「そんなことして何になるの?」っていう非常に冷静沈着な目で見られる(笑)。
八木 だから、東京オリンピックで日本がよくなる必要ないとか、原発使ってまで経済がよくなる必要ないとかってことになる。
山口 面白いのは、反骨心の表現としてそういうスタンスを取ってるんじゃないんだよね。自然な成り立ちの中でそう言ってる。
奥山 でも、いまだにそういうの残してるヤツもいるわけでしょ? 若者のなかにも。
山口 そりゃあ与沢翼みたいな感じもいますけど(笑)。
八木 全体的にはそういう傾向になりつつある。
奥山 それはちょっとつまんない気がしますね。
山口 と、俺もそう思ってたんですけど、それはそれで羨ましいなっていう部分も正直ありますね。
奥山 どういうところが?
山口 例えばpha君という、日本一のニートを目指すって言って、京大を出てるにもかかわらず、ずっと無職暮らしをしてる30代中盤の人物がいるんです。ときどき本を書いたり、ブログを書いたりしてるけど。そのpha君は、最近は熊野で家賃3000円ぐらいの古民家みたいなところを借りて、改修して住んで、東京と行き来してる。熊野で何やってるかというと、みんなで床を張り替えてるわけですよ。ネットで「床張りをしましょう」って呼びかけると、都会暮らしに飽きた女の子とかも含めて集まって来る。で、ひたすらみんなで床張りをする(笑)。誰がお金を払うわけでもなければ、お金をもらうわけでもないので、利害関係はない。
奥山 体験したいだけ、みたいな。
山口 その体験を通していろいろ考えたり、コミュニケーション取ったりしながら、次のフェーズに移るっていうことなんでしょう。面白いのは、一見コミュ障とか引きこもりみたいな感じのpha君は……
奥山 ひどい(笑)。
山口 いや、一般的にニートとかってそういうイメージを持たれやすいでしょ。でもpha君は、「1人でいるよりコミュニティの中にいたほうがラクだ」っていう。もう、衝撃ですよ(笑)。俺なんか、世代的にも個人的にもコミュニティの中に入るのがホント苦痛だし、構えちゃうわけですよ。だから、こっちのほうがよっぽどコミュ障で引きこもりだなぁって。で、我々が同じことしたら、床張りやってて誰かが手伝わなかったりすると、別の誰かが怒って喧嘩が始まったりするもんでしょ。でも、そういう僕らが思い描くような紛争はなくて、みんなそれぞれが淡々とやりたいことをやって、コミュニティとして成り立ってる。
奥山 全然違う世界観じゃないですか。
山口 そう。昔からある「社会人としてちゃんとした人」として見られたいという欲求もないし、そもそも「ちゃんとしてる観」が全然違う。
八木 なんか、世代差を感じますねぇ、それは。
奥山 世界観の違いで思い出した話があるんですけど。イスラエルは、いまメチャメチャ紛争の最中じゃないですか。で、2年ぐらい前に、ある企業がイスラエルの学者を日本に呼んで、アジアの安全保障についての話をさせたんですよ。そのとき、そのイスラエル人が「俺の安全保障観を話そうか」って話したのが、「我々の安全保障とは、自国の安全を守るために相手を何人殺せるかということです」という、まさに闘争欲を全面に出した話だったんです。
八木 まあ、イスラエル人からすれば、そうなるんでしょうね。
奥山 そうしたら、その話を聞いていた200人ぐらいのサラリーマンが、全員ドン引きしてたんですよ。あまりにも世界観が違いすぎて。やっぱり、イスラエルって世界のなかでもすごい特殊な国になってるのかなっていうのを感じたと同時に、でも安全保障っていうのは、どっかでそうやって命を懸けてるところもあるんだよなぁと。そういうなかで、日本はどうやってバランスを取っていくのかなっていうのは、自分のなかでも自問自答しましたよね。
八木 そのイスラエル人とpha君の間には、一体どれだけ距離があるのか。一度、対談させてみたい(笑)。
山口 奥山先生は、地政学は岩盤に根ざしたものなので、岩盤は動かないという前提で考えていく学問だと言ってましたよね。
奥山 そうです。
山口 そこも理解できるんですけど、これからネット社会がどんどん進んでいった場合、国家や国境の線引きっていうのが曖昧になってくることもありえるわけですよね。例えば、争ってる国と国があって、軍人や国家の中枢だけが国を背負ってね、猛り狂って闘おうとしてる。でも、その国民同士はネットでくっついて仲良くなっちゃう。そうなると、「争うなんて馬鹿らしい、国なんてものがあるから争いが起こるんだ。やめちゃえやめちゃえ、国なんか」ってことにならないとも限らない。
奥山 それは、実際にそういうことがあって。
山口 え、あるんだ!
奥山 こないだ聞いた話なんですけど。アフリカで民族同士が国境を越えてドンパチやってますけど、ヤツらもSNSを使ってる。で、「いま俺ここにいる。これから攻撃に行くんだけど」ってやったら、その友達の友達ぐらいのヤツが敵側のヤツで、「俺もこれからそこに行って戦う」と。そうしたら、「え、じゃあ俺たち、戦争になっちゃうじゃん」「どうしよう? お互い撃つのやめようぜ」ってことになって、紛争の一部がそれで止まったということがあったらしいんです。すごく面白い現象ですよね。
八木 リアルにそんなことがあるんだ。
奥山 そう、リアルに。同じくSNSの話では、台湾とか韓国とかあたりで、これから軍事演習をどこでやるっていう話を、下っ端の軍人が友人や恋人とかにフェイスブックで教えちゃって、結構、国家機密がバレバレになるとか(笑)。そういうのが、下のほうで出てきちゃうっていう現象もあるみたいなんですよね。
山口 そういう話を聞くと、それこそなんでも可視化されちゃう時代に、機密を守らなければいけない国家の概念とかを、どう成り立たせていくんだろうとも思っちゃいますよね。