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弊サークルの同人誌に『現代学力調査概論:平成日本若者論史3』(コミックマーケット82)があります。これは、国際的な学力調査であるPISA(OECD Programme for International Student AssessmentやTIMSS(Trends in International Mathematics and Science Study、国際数学・理科教育動向調査)がどのような目的で行われ、またどのような手法が使われているかを解説したものです。そしてそれらについて調べていく過程で、我が国の学力研究や学力政策の最先端にも触れることができました。
国際的な動向や我が国の研究の動向を見て感じたことは、我が国における専門的な研究ではない学力論議が、いかに国内外の専門的な研究や社会調査の知見を参照せずに、いかに若年層を貶める「目的」が先行しているかということでした。例えば同書で批判した西村和雄らの、1990年代半ば頃からの大学生に対する調査では、そもそもサンプルの取り方に問題があることのほか、中国や韓国との比較では「満点をとった学生の割合」で比較して我が国の大学生の学力が劣っているというチート(本来なら平均点や分散を比較すべきではないか)を使っており、そのほかの学力調査に関しても、そもそも調査自体が「学力低下」という結果を出したいがために設計されているものや、現代の若年層に対する思い込みが先行して詳細な分析ができなくなっているという現状があります。
また同書で採り上げた、一見専門的な調査に見える苅谷剛彦らの研究にしても、実は苅谷らが研究対象にしていた大阪府は、全国の中でも特に有意に学力が低下していた地域であることが後の研究でわかっており(志水宏吉、高田一宏(編)『学力政策の比較社会学 国内編』明石書店、2011年)、従って大阪のケースを元にして全国的な学力の低下を論じていた苅谷らの研究には一定の留保がつけられるべきかと思いますが、その点について苅谷の言及は今のところはないように思えます(志水宏吉はこの苅谷らの研究の共同研究者です)。
また最近話題になった、インターネットにおける「炎上」案件を採り上げて「低学歴の世界」について語ったあるブロガーの言説も話題になりました。そのブロガーは「低学歴」という言葉を便宜上使っており、そして「低学歴の世界」における人たちの志向や行動を全て知っているかのような書きぶりをしていました。これに一部の層が飛びつき、「低学歴の世界」の現状をさも我が国の社会の「本質」であるかのような言説が飛び出しました。しかし、そもそもその書き手が挙げていたことは、「低学歴」という言葉で本当に説明できるかという大きな問題があり、また自らと「低学歴の世界」とやらを意図的に、暴力的に分断して物事を語っているのではないかという疑念が強く浮かびます。
学力低下論に代表される、特定の分野における「学力」の問題が、なぜ全人的な能力、コンピテンシーの問題に飛躍して語られやすいのか。このことについて、小玉重夫が『学力幻想』(ちくま新書、2013年)の中で「ポピュリズム」として論じています。
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近年の学力論議に見られるもう一つの陥穽は、当の「学力」それ自体の定義をあいまいにしたまま、それを全人格的な人間性へと拡張していく傾向である。書店などで「何々力」をタイトルに付けた本がよく目につくが、このような「何々力」という、「力」のメタファーで教育問題を語ろうとする傾向も、その一貫として位置づけることができる。―――――
このような「何々力」ブームの特徴は、努力と工夫しだいで誰もが身に付けられる、という視点を強調していることにある。誰もが身に付けられる、という点でそこには、大衆的・民主的な意味が含まれている。その意味で、これをポピュリズム(民衆主義、大衆迎合主義)の傾向としてとらえることができる。もう一つの特徴は、そうしたポピュリズムの裏返しであるが、「何々力」が身に付いていないのはその人の努力と工夫が足りないからだ、というように、「何々力」が身に付いていないことを当人、またはその親の問題、責任にする傾向である。(小玉重夫『学力幻想』ちくま新書、2013年、p.54)
このような小玉の批判は、昨今の学力議論における社会的な条件についての言及の欠落を指摘しております。社会的なものに対する言及は某「低学歴」言説でも行われている、という反論があるかもしれませんが、その言説においては、書き手が暗黙の内に自分(そして自分の言説の読み手)が、「学力」そしてそこから拡張された全人的な能力を付けているからこそ「低学歴の世界」の住人のようなことをやらないのだという規定がなされていると見なさざるを得ません。かの言説は、社会的な条件に言及しているそぶりを見せておきながら、実際にはポピュリズム的な「学力」論によって「彼ら」と「私たち」を暴力的に分断しているに過ぎない。
現在の我が国の学力言説は、概ね特定の社会階層(世代含む)を貶めるために構築されていることが多くなっています。それは、現代の学力言説が、1990年代の劣化言説と共に流行し、若い世代に対する「不安」を煽るために「利用」されてきたことが背景にあるでしょう(西村和雄らのあまりにも杜撰な「調査」が受け入れられたことからもそれが裏付けられると思います)。そしてそれが爆発したのが、2000年代終わり頃における「ゆとり世代」言説の流行です。しかしそれらの議論は、学力に関する客観的な根拠をほとんど欠いたまま、当時の若年層を貶める言説に終始しておりました。
そんな状況下にあって、なぜ学力の政策論が重要なのか。それは、現代の学力や学力調査をめぐる議論がどのようになっているかということを知ることにより、学力調査の社会的な位置づけを理解し、学力の形成過程とそれに対する具体的な対策に結びつけるための議論の重要性を認識するためです。現在の「学力低下」をめぐる言説は、最初に「青少年問題」ありきという位置づけであり、巷間論じられているような「青少年問題」から話を始めるというものになっていますが、それで政策論を語ったところで、場当たり的なものになってしまうのは明らかでしょう。だからこそ学力の政策論の基礎に立ち返る必要があると思うわけです。
「現代学力政策概論」今後の予定(続きはブロマガで)
第1回:全国学力テスト(前編・現状)
第2回:全国学力テスト(後編・研究の動向と今後の課題)
第3回:全米学力テスト
第4回:PISA・TIMSS
【今後の掲載予定:定期コンテンツ(原則として毎月5,15,25日更新予定)】
第29回:【科学・統計】レビュー系サイト・同人誌のための多変量解析入門(最終回:テキストマイニング)(2013年9月5日配信予定)
第30回:【思潮】「草食系男子」論とは何か(第3回:非モテ――「当事者」の語りとそれがもたらした爪痕)(2013年9月15日配信予定)
第31回:【政策】現代学力政策概論(第1回:全国学力テスト(前編))(2013年9月25日配信予定)
【近況】
・「紅のひろば10」にサークル参加します。
開催日:2013年9月8日(日)
開催場所:大田区産業プラザPiO(東京都大田区)
アクセス:京急本線・空港線「京急蒲田」駅より徒歩3分程度
スペース:「フ」ブロック27
・「第9回東方紅楼夢」にサークル参加します。
開催日:2013年10月13日(日)
開催場所:インテックス大阪(大阪府大阪市住之江区)
アクセス:大阪市営南港ポートタウン線「中ふ頭」駅より徒歩3分程度、または大阪市営地下鉄中央線「コスモスクエア」駅より徒歩15分程度
スペース:未定
・「第十七回文学フリマ」にサークル参加します。
開催日:2013年11月4日(月・祝)
開催場所:東京流通センター(東京都港区)
アクセス:東京モノレール「流通センター」駅より徒歩すぐ/京急本線「平和島」駅よりバス
スペース:未定
・本年9月に、日本図書センターより5年ぶりの商業新刊『「あいつらは自分たちとは違う」という病――不毛な「世代論」からの脱却』が刊行されます。内容としては戦後の若者論の歴史をたどるものとなります。
・「コミックマーケット84」の第1新刊『R Maniax――フリーの統計ソフト「R」を使いこなす本』がメロンブックス・COMIC ZIN・とらのあなにて委託販売中です。また第1新刊及び第2新刊『都条例メディア規制の形成』の電子版の配信もKindleで始まりました。
『R Maniax』告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11575471627.html
『都条例メディア規制の形成』告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11586906736.html
・「サンシャインクリエイション60」新刊の『「働き方」を変えれば幸せになれる?――平成日本若者論史7』のKindle版がリリースされました。
http://www.amazon.co.jp/dp/B00DKCYYJ8/
・ 「第10回博麗神社例大祭」新刊の『古明地さとりの自己形成論講義――市民のための「自己」をめぐる社会科学講座』と『新・幻想論壇案内――東方 Project系「評論・情報」コンテンツの新たな展開』がメロンブックス、とらのあな、COMIC ZINで発売中です。またいずれも電子版もメロンブックスDLで配信中です。詳しくは告知ページをご覧ください。
『古明地さとりの自己形成論講義――市民のための「自己」をめぐる社会科学講座』告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11524050938.html
『新・幻想論壇案内――東方Project系「評論・情報」コンテンツの新たな展開』告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11524045526.html
(2013年8月25日)
奥付
後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ・第28回「【政策】現代学力政策概論(第0回・学力の政策論議のために)」
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2013(平成25)年8月25日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/
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