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第27回:【書評】夏の書評祭り
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第27回:【書評】夏の書評祭り

2013-08-15 23:45
    後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ
    第27回:【書評】夏の書評祭り

    「コミックマーケット84」のサークルペーパーとして書いた文章です。
    ―――――

    1. みわよしこ『生活保護リアル』
    日本評論社、2013年7月、1,400円(税抜き)
    2012年、ある芸人の親の生活保護「不正受給」騒動(後に不正受給ではないとわかり、またその芸人はまとまった収入があったら福祉事務所との協議の上で親にお金を送っていたことも報道されたが、それを知っている人はどれだけいるだろうか)が吹き荒れ、生活保護という制度そのものに対するバッシングが置きました。ただこれは初めて起こったことではなく、生活保護バッシングは過去にも何回かあった一方で、生活保護の現状や問題点について詳しく書かれた本も何回か刊行されてきましたが、本書もその流れに位置づけることができるでしょう。
    本書では生活保護について、その受給者が「働けるけど働けない」あるいは「怠け者」というイメージで捉えられるものではないというものでは決してないということを示すのが主眼でしょうが、むしろ本書を読めば、生活保護という制度はもとより、我が国の雇用や社会保障制度が機能していない部分が多々あるということのほうに気付かざるを得ないと思います。特に第6章の、正社員であるにもかかわらず、会社が社会保険料を支払っていないばかりに、自分で各種社会保険料を支払わなければならず、結果として手取りが生活保護よりも低くなってしまうケースや、また複数の章で見られる、障碍や加齢によって再就職が困難になっている状況などは、是非読んでほしいと思います。
    生活保護制度の将来について書かれた最終章においては、消費税の値上げやさらにインフレターゲット政策によって書かれている部分があるのですが、そこでは消費税と消費者物価指数の理解について問題があるように思えます(実際には消費税率の上昇全体が物価に転嫁されるわけではない。例:http://www.bk.mufg.jp/report/ecorevi2013/review_20130417.pdf)。それでも生活保護という制度の現状を知る上では良書という評価はできると思います。
    もう一つ不満点があるとすれば、参考文献に阿部彩ほか『生活保護の経済分析』(東京大学出版会、2009年)がなかったことでしょうか。この本は生活保護制度に対して経済学の視点から意義を説明している本であり、本書のブックガイドに挙げられている本と併せておすすめしておきます。

    2. 今野晴貴『日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか?』/今野晴貴、常見陽平『IT企業という怪物――組織が人を食い潰すとき』
    『日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか?』星海社新書、2013年4月、840円(税抜き)
    『IT企業という怪物』:双葉新書、2013年7月、800円(税抜き)
    『日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか?』は、自己啓発書ばかりが出そろう星海社新書の中で、今のところほぼ唯一の読むべき本です。労働法における労働契約の構造についての説明に大部分が割かれており、労働契約というものが多くの労働の現場であまり意味をなさなくなって、それが種々の労働問題を生み出していることが説明されています。また「日本の労働者は解雇しにくい」などといった通説にも斬り込んでおり、労働契約入門として打ってつけの書籍と言えるでしょう。ただ最後の2章が「思想」的な話になっているのは少し違和感を感じますが…。
    『IT企業という怪物』は、「ブラック企業」が多いとされているIT業界が、どういう歩みをしてきて、また現状がどのようになっており、またどのような労働問題が起こっているのかをわかりやすく解説しています。今野による労働相談の実例や労働環境の変化からのアプローチと、常見による自己啓発言説の変遷からのアプローチは、同書の議論をより強いものにしております。IT業界はもとより、「ベンチャー」的なるものを生み出していく思潮にも斬り込んでおり、一読の価値はあります。

    3. 澤田康幸、上田路子、松林哲也『自殺のない社会へ――経済学・政治学からのエビデンスに基づくアプローチ』
    有斐閣、2013年6月、2,300円(税抜き)
    自殺を社会の問題と捉え、様々な統計的アプローチを用いて、エビデンスに基づく自殺対策とは何かを考える意欲作です。著名人の自殺の影響に始まり、自殺が引き起こす経済的な損失のほか、財政支出、政治的イデオロギー、さらには自然災害が自殺に及ぼす影響まで、経済学や政治学の知見を使って、自殺の要因に対する様々な分析がなされています。
    そこからわかるのは、社会、経済、政治的環境が自殺に及ぼす影響は複雑ではあるものの、有名人の自殺報道や、失業率や倒産などと言った経済環境など明らかに影響を及ぼしているものもあるということ、また自治体の「自殺対策」と称されているものに対してもしっかりと統計的に検証して、真に必要な対策が行われていると判断すればその導入について検討すべきこと、そしてこれらを実現させるにはエビデンスに基づくアプローチが必須であると言うことです。
    また読む際には統計学(特に回帰分析)の知識が若干必要となりますが、グラフや数値、モデルの数式も多く掲載されており、数値を使った説得的な議論が行われている、統計学の使用例としてもおすすめできる本です。

    4. 片岡剛士『アベノミクスのゆくえ――現在・過去・未来の視点から考える』
    光文社新書、2013年4月、880円(税抜き)
    タイトルこそ「アベノミクスのゆくえ」で、2012年の政権交代以降の話もあることはあるのですが、本書のベースになっているのが2011年2月のシノドスでの資料であると言うことから、現在の経済政策に対して極力政治的な評価を控えて、純粋に経済政策として見るために大変いいものとなっています。まず日本経済の現状をデータを見た上で解説しつつ、ストックやフローなどの推移も踏まえて、我が国の経済が具体的にどのような問題点を抱え、そしてそれを解決するためには現在の経済政策はどこまで有効なのかについて触れられており、政権交代前の知見と後の知見がうまくミックスしたものとなっております。今後の経済を考える上でも、是非とも読まれるべき本です。

    5. 小玉重夫『学力幻想』
    ちくま新書、2013年5月、760円(税抜き)
    おそらく現在ちくま新書から出ている教育関係の本で最高峰に位置されるべき本です。学力問題というものの「政治化」の過程に触れ、学力を身に付ける主体である「子供」を重視して背景にある社会的なものを無視してしまう「子ども中心主義」や、学力の議論を無限に拡散させてしまう「ポピュリズム」を批判し、またアメリカの「落ちこぼれ防止法」の形成及び体制の崩壊まで触れつつ、学力論議の政治的、社会的側面について平易に説明している良書です。
    近年またぞろ「低学歴」とかいう議論が流行していますが、これらのように、学力論議が持つ政治的な側面に極めて無頓着で、自らの議論のために社会を分断したいだけの議論に対して、我々はそれらを相対化する必要があります。そのためにはまず学力論議の構造というものを理解しなければなりません。そのための最大のツールを同書は提供してくれます。

    6. 児美川孝一郎『キャリア教育のウソ』
    ちくまプリマー新書、2013年6月、780円(税抜き)
    今推し進められている「キャリア教育」なるものがいかなる思想や構造の上に立ち、なおかつどのような問題点を抱えているかということを説いたものです。現代の我が国のキャリア教育のベースとなっている2003年の「若者自立・挑戦プラン」の検討からはじまり、それが何をもたらしたかや、少し前に流行った「生涯賃金」の議論の間違いを指摘しつつ、あるべき知識のつけかたについても触れられており、現代のキャリア教育について批判的な視座を持つためには必読のものとなっています。
    議論としては私がかつて『POSSE』第9号に寄稿した「「キャリア教育」の狂騒--自立支援と若者論をめぐる状況(その1)」(「検証・格差論」第3回/『青少年言説Commentaries』冊子版にも収録)と繋がるところもあり、「ニート」論に代表される「若者の労働問題」ありきのキャリア教育が、その実いかにキャリア教育としての有効性を失っているのかということを考えれば、若い世代に対する「劣化」的な言説が社会に悪影響を与えるはずがない、というのは虚構であるということがわかるはずなのですがね。


    【今後の掲載予定:定期コンテンツ(原則として毎月5,15,25日更新予定)】
    第28回:【政策】現代学力政策概論(第1回:全国学力テスト)(2013年8月25日配信予定。「仙台コミケ209」のサークルペーパーとして配信します)
    第29回:【科学・統計】レビュー系サイト・同人誌のための多変量解析入門(最終回:テキストマイニング)(2013年9月5日配信予定)
    第30回:【思潮】「草食系男子」論とは何か(第3回:非モテ――「当事者」の語りとそれがもたらした爪痕)(2013年9月15日配信予定)

    【近況】
    ・「紅のひろば10」にサークル参加します。
    開催日:2013年9月8日(日)
    開催場所:大田区産業プラザPiO(東京都大田区)
    アクセス:京急本線・空港線「京急蒲田」駅より徒歩3分程度
    スペース:未定

    ・「第9回東方紅楼夢」にサークル参加します。
    開催日:2013年10月13日(日)
    開催場所:インテックス大阪(大阪府大阪市住之江区)
    アクセス:大阪市営南港ポートタウン線「中ふ頭」駅より徒歩3分程度、または大阪市営地下鉄中央線「コスモスクエア」駅より徒歩15分程度
    スペース:未定

    ・「第十七回文学フリマ」にサークル参加します。
    開催日:2013年11月4日(月・祝)
    開催場所:東京流通センター(東京都港区)
    アクセス:東京モノレール「流通センター」駅より徒歩すぐ/京急本線「平和島」駅よりバス
    スペース:未定

    ・本年9月に、日本図書センターより5年ぶりの商業新刊が刊行されます。内容としては戦後の若者論の歴史をたどるものとなります。まもなく再校ゲラ修正作業となります。

    ・「コミックマーケット84」の第1新刊『R Maniax――フリーの統計ソフト「R」を使いこなす本』の販売がメロンブックス・COMIC ZINにて開始されました。また第1新刊及び第2新刊『都条例メディア規制の形成』の電子版の配信もKindleで始まりました。
    『R Maniax』告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11575471627.html
    『都条例メディア規制の形成』告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11586906736.html

    ・「サンシャインクリエイション60」新刊の『「働き方」を変えれば幸せになれる?――平成日本若者論史7』のKindle版がリリースされました。
    http://www.amazon.co.jp/dp/B00DKCYYJ8/

    ・ 「第10回博麗神社例大祭」新刊の『古明地さとりの自己形成論講義――市民のための「自己」をめぐる社会科学講座』と『新・幻想論壇案内――東方 Project系「評論・情報」コンテンツの新たな展開』がメロンブックス、とらのあな、COMIC ZINで発売中です。またいずれも電子版もメロンブックスDLで配信中です。詳しくは告知ページをご覧ください。
    『古明地さとりの自己形成論講義――市民のための「自己」をめぐる社会科学講座』告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11524050938.html
    『新・幻想論壇案内――東方Project系「評論・情報」コンテンツの新たな展開』告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11524045526.html

    (2013年8月15日)

    奥付
    後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ・第27回「【書評】夏の書評祭り」
    著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
    発行者:後藤和智事務所OffLine
    発行日:2013(平成25)年8月15日
    連絡先:kgoto1984@nifty.com
    チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
    著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/

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