第30回:【政策】現代学力政策概論(第1回:全国学力テスト(前編))
(予定を変更してお送りします。なお連載「「草食系男子」論とは何か」は当面の間休載とします)
2006年より、日本では全国的な学力・学習状況などの調査として、国立教育政策研究所により「全国学力・学習状況調査等」(全国学力テスト)が行われています(文部科学省公式:http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/)。この調査については、報道では自分の県は何位だったとか、あるいは現代の子供はここが駄目だとかいうことがよく言われるのですが、この連載では、この調査について政策論の視点から再検討してみることとします。まず、文部科学省の全国学力テストのウェブサイトには、この調査の目的として、次のようなものが掲げられています。
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・義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から、全国的な児童生徒の学力や学習状況を把握・分析し、教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る。―――――
・そのような取組を通じて、教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する。
・学校における児童生徒への教育指導の充実や学習状況の改善等に役立てる。
(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/zenkoku/07032809.htm)
まずここで確認しておきたいのですが、これらの個々の理念・目的を満たしたいのであれば、悉皆調査である「必要はない」ということです。まず1つ目と2つ目については、統計学的にそれなりにしっかりと設計された調査であれば、生徒全員に対して行う必要はありません。これらの目的のもとで行われている、PISAやTIMSSなどといった世界的な学力調査、あるいは全米学力調査などは、観測対象である学年の全ての生徒に対して行われているわけではありません。むしろ、これらの目的で悉皆調査を行うと、調査の実施そのものの業務コストがかさむばかりではなく、全体的、あるいは通時的な傾向を推し量るためにはむしろ標本調査のほうが有利である(問題を増やしやすいなど)ことが多くあります。
逆に3つ目の理念を満たしたい場合ですと、今度は学校単位、もしくは地域の全体調査であるならともかく、全国規模でやる意味は薄いと言えます。《学校における児童生徒への教育指導の充実や学習状況の改善》に使うとしても、単純に学習の到達度を測るためなら通常のテスト、及び回答例の配布ないしそれによる個別指導で済む話ですし、逆に学力を規定する要因を測定したいのであれば、前の段落で述べたような標本調査のほうが役に立ちます。
ここ数年の学力調査に関する言説では、全国レベルでの生徒の学力を知ることにより「きめ細かい調査」なるものが可能になるということが言い訳の如く繰り返されています。現に2012年の全国学力テストにおいても、名称からして「平成25年度全国学力・学習状況調査(きめ細かい調査)」などという思わず吹いてしまうようなネーミングがなされています。しかしそのようなものであっても、全国的な位置づけを知りたいのであれば、やはり(それこそアメリカなどで行われているように)標本調査による全国的な調査と、学校ごとないし地域ごとにおける調査を結びつけるシステムを結びつけることが必要です。
ここまで見てきたことを考えると、「全国的な学力調査を悉皆調査でやればいい」というのは、学力政策という観点で見れば相当な「甘え」であることがわかると思います。悉皆調査でやることによって、結局のところ必要な調査が外れてしまったり、あるいは調査の意義に対して余計な誤解を与えてしまう可能性は極めて高いでしょう――というより、既に起こっていますが。現状の全国学力テストは、全国的な教育の進行状況の調査や政策のアセスメントと、生徒個々人の学習状況の調査というまったく理念の異なる2つのテストを合わせたキメラでしかないわけです。
しかし文部科学省や研究者とて手をこまねいているわけではありません。文部科学省では2011年から「全国的な学力調査に関する専門家会議」(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/085/)が行われ、現在の全国学力テストに対して専門的な知見を取り入れたり、あるいは研究を行っています。中編・後編では全国学力テストをめぐる研究の動向について紹介したいと思います。
【今後の掲載予定:定期コンテンツ(原則として毎月5,15,25日更新予定)】
第31回:【科学・統計】生命・損害を確率論で捉える――保険数学とはなにか(2013年9月25日配信予定)
第32回:未定
第33回:【思潮】高学歴は魂を傷つける?――安冨歩試論(2013年10月15日配信予定:「第9回東方紅楼夢」のサークルペーパーとして配信予定です)
第34回・第35回(合併号):【思潮】(未定)/【書評】秋の書評祭り(2013年11月5日配信予定:前者は「SUPER ADVENTURES 69」のサークルペーパーとして、後者は「杜の奇跡21」のサークルペーパーとして配信予定です)
【近況】
・「仙台コミケ212」にサークル参加します。
開催日:2013年9月29日(日)
開催場所:夢メッセみやぎ(宮城県仙台市宮城野区)
アクセス:JR仙石線「中野栄」駅より徒歩20分程度/宮城交通バス「仙台港フェリーターミナル」行き「夢メッセみやぎ前」下車すぐ/仙台東部道路「仙台港」ICより車で5分程度
スペース:「H」ブロック19
・「第9回東方紅楼夢」にサークル参加します。
開催日:2013年10月13日(日)
開催場所:インテックス大阪(大阪府大阪市住之江区)
アクセス:大阪市営南港ポートタウン線「中ふ頭」駅より徒歩3分程度/大阪市営地下鉄中央線「コスモスクエア」駅より徒歩15分程度
スペース:6号館「B」ブロック11a
・「第十七回文学フリマ」にサークル参加します。
開催日:2013年11月4日(月・祝)
開催場所:東京流通センター(東京都港区)
アクセス:東京モノレール「流通センター」駅より徒歩すぐ/京急本線「平和島」駅よりバス
スペース:未定
・本年10月10日に、日本図書センターより5年ぶりの商業新刊『「あいつらは自分たちとは違う」という病――不毛な世代論はもうやめよう』が刊行されます。内容としては戦後の若者論の歴史をたどるものとなります。
・「コミックマーケット84」の第1新刊『R Maniax――フリーの統計ソフト「R」を使いこなす本』がメロンブックス・COMIC ZIN・とらのあなにて委託販売中です。また第1新刊及び第2新刊『都条例メディア規制の形成』の電子版の配信もKindleで始まりました。
『R Maniax』告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11575471627.html
『都条例メディア規制の形成』告知ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11586906736.html
(2013年9月16日)
奥付
後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ・第30回:【政策】現代学力政策概論(第1回:全国学力テスト(前編))
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2013(平成25)年9月16日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
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