後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ
第51回:【政策/思潮】「夢ビジョン2020」を批判する:その危険な思想と成立

「SUPER ADVENTURES 72」(ビッグパレットふくしま、2014年5月18日)・「杜の奇跡22」(仙台市情報・産業プラザ、2014年5月25日)にて配布したサークルペーパーです。

さてFree Talkですが、例大祭の直後に特大のネタが転がり込んできたので紹介しようと思います…。ぶっちゃけた話、これはかなりの危機感を持って挑んだ方がいいのではないかと思うのですよ。

内閣府:夢ビジョン2020 ~徹底的に「みんなの夢」を語ろう~
http://www.mext.go.jp/a_menu/yumevision/index.htm

この「ビジョン」は将来的に複数回採り上げるかもしれませんし、またこれは監視しておくに足るものであるとも考えております。まずこの「ビジョン」の目的として、次のようなものが挙げられています。

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平成25年9月に下村文部科学大臣が東京オリンピック・パラリンピック担当大臣に任命された際、下村大臣より「2020年を単に五輪開催の年とするのではなく、新たな成長に向かうターゲットイヤーとして位置づけ、東京だけでなく日本社会を元気にするための取組を『夢ビジョン』として打ち出し、社会総掛かりで実現していく」ことが表明されました。

これを受け、文部科学省では、他府省庁に先駆け、省内の中堅・若手職員が中心となって、省内アイディア公募のほか、若手のアスリートやアーティスト、研究者らとの対話を実施しながら夢ビジョン取りまとめに向けた検討を進め、平成26年1月14日、検討の結果を「夢ビジョン2020(文部科学省版)」として発表しました。

このビジョンは、省内職員からの提案のほか、市民とのワークショップや各界との集中的な意見交換から出てきた個々のアイディアを、 

“ワクワク・カッコいい”といった「感動」
国や世代を超えた「対話」
快適性や安全・安心を生み出す「成熟」

に分類しながら、全体として、「オリンピックの感動に触れる。私が変わる。社会が変わる。」というコンセプトを導いています。

文部科学省としては、このような日本社会を元気にするための取組の検討を、文部科学省に留まらず、政府全体さらには日本全国に広げ、「夢ビジョンJAPAN」としてオールジャパンで実現していきたいと考えています。
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「批評」系の言説に慣れた人なら、このような物言いは「ポエム」だとして避難する、あるいは斜に構えて見下すでしょう。しかしそのような一面的な捉え方では、この「ビジョン」がいかにして成立したか、そして現代の社会論、そして社会政策においてどのような位相を持っているかということを見逃すことにしかなりません。

少なくとも私が見た限りでは、この「ビジョン」は、それまでの「日本人論」にて積み重ねられてきた日本人の「特殊性」に関する議論、1970年代以降の消費社会言説から1990年代の劣化言説に至るものよって形成された若い世代の「特殊性」に関する議論、そして2010年代の「若手」論客による「ポジティブ」系の議論が、まさに悪魔合体として成立したものとしか言いようがありません(「悪魔合体」とは元々はゲーム「女神転生」の言葉ですが、「複数のものが合体してとんでもないものができた」という意味でも使われます。参照:ピクシブ百科事典)。

この「ビジョン」にはいくつかの問題が書かれていますが、まずどれもデータが示されていない。データを示すことは、特定の問題がどれだけ深刻か、あるいはどのように解決しうるかということを考える上で極めて重要ですが、それが示されていないわけです。ほとんどメディア上で語られているようなことを、政策担当者としての検証抜きに無批判に使用しています。第二に「感動」「対話」「成熟」という、ともすれば自己啓発的になりがちなキーワードの濫用、と思ったら「オリンピックの感動に触れる。私が変わる。社会が変わる。」とか書かれていて、最早完全に自己啓発文化の文脈において現れたとしか言いようがないものになっています。

しかし、『「あいつらは自分たちとは違う」という病――不毛な「世代論」からの脱却』(日本図書センター、2013年)や『「働き方」を変えれば幸せになれる?――平成日本若者論史7』(後藤和智事務所OffLine、2013年/サンシャインクリエイション60)などで現代の若者論・世代論の歴史と現在を検討してきた私としては、再度申し上げますがこれを「ポエム」として切り捨てることでかなり大きな問題を捨象してしまうことになりかねないと思います――というより、現代社会に関する言説が「ポエム」化している、と言っているような「評論」「批評」の動きこそが、このような「ビジョン」において暗に示唆されている「若手」観を生み出したものに他ならないからです。

それは、「若手」の論客や政策担当者に期待されているコンピテンシーが、専門性や思考の可塑性ではなく、「斬新なアイディア」や「行動力」などであり、最早専門知などを学ぶことにより、論客や政策担当者として、そして市民として成長するということが期待されなくなっている(あるいは最初から期待されていない)ということです。そして何はともあれ、決断主義的に「積極的に提案」することが期待されている。その「提案」が、専門的な知見や取材に基づいた真に自由なものではなく、社会言説の基底となっている「日本人論」や劣化言説の域を超えるものではないということすら、今の「若手」の論客ないし政策担当者が置かれた状況の完全なる丸写しになっているのです。

実際問題、2014年4月29日(ちなみに私はこの日は東京のComic1☆8に参加していました)には、この「ビジョン」の関連イベントとして大阪にてシンポジウム「大阪発!2020オリンピックイヤーへの夢ビジョン〜科学技術イノベーション政策にモノ申してみた〜」が開催されていたようです(http://www.pesti.jp/home/event/event/20140429_knowledgecapital)。このシンポジウムでの登壇者の紹介は「「将来への夢」を語り合う場に参加した人達」「市民が「将来への夢」について語る場を仕掛けた人」「市民の「将来への夢」を受け取った人」などというように、専門性よりも「仕掛けること」「参加すること」などが重視されているのではないかという感を受けます(そもそも名称からして「モノ申してみた」です。ニコ動の「歌ってみた」とは意味が違うと思う増すが)。しかし社会政策、科学技術政策などを論ずるに当たって、その社会的影響なども考慮する必要があるはずですが、そのような視点は、果たしてどこまでこのシンポジウムに合ったのか、疑問を持たざるを得ないのです。

評論家や政策実践者などの関心が「専門性」から「プラットフォーム」に移行し、またメディアにおいて「評論家」として活躍できる要件もまたそれに移行しているというのはこれに限ったものではないと思います。前者としては東浩紀のゲンロン(もう少し要件を緩くすれば先般発表されたKADOKAWAとドワンゴの経営統合も含まれるかも)、後者としては家入一真が挙げられるでしょう(家入は2月の都知事選でしきりに「居場所」を言っていましたし)。彼らは自らに対して専門性や実現可能性に関する批判に対して行動主義的に「反論」します。

例えば東は彼の主宰する「福島第一原発観光地化計画」の一環として、昨年12月に行われた「福島第一原発麻雀化計画」にて、『福島第一原発観光地化計画』に寄稿していた福島県の農家で野菜ソムリエの藤田孝志をはじめ、福島県在住者を含む様々な人からの批判を浴びましたが、それに対して東はほとんど見向きもすることなく自らの「思想」を強弁しました。また家入にしても、ツイッターなどを通じて主に若い世代から「政策」を集めましたけど、それらに対して実現性や公正さなどでの「順位」をつけることはありませんでした。

弊サークルの東方講座系二次創作のあとがきで何回か言っているとおり、社会に対する元々多様な「提案」に対して、それを判断し優先順位を付けたり、あるいは利用可能な知見を抽出するためにはいくらかの専門知が必要になります。私が3月の名華祭で社会思想・政治哲学、5月の例大祭で経済学の解説書を書いたのは、今「評論」「批評」として提示されている社会に関する言説の中で、これらの知見が特にかなぐり捨てられているのではないかという問題意識からです(昨年・一昨年に出した、統計学、自己の社会学、金融数学の解説書もだいたい似たような問題意識で作っています)。

このような動向の背景として次のようなものが挙げられるでしょう。第一に、1970年代頃から始まったポストモダン的な認識による、社会学におけるナラティブ重視の傾向。第二に、時期は検討する必要はありましょうが、1980年代の「ニューアカ」系の論客に始まり、1990年代には確立された、社会に関する客観的な視座の提示や問題の解決ではなくある種の自己啓発として、主に社会学や社会思想が使われてしまうような、メディアにおける社会学や思想の傾向。第三に、日本社会、特に若い世代が「劣化」したという認識が噴出し、それに対する「犯人捜し」として様々な「原因」が語られつつも、それに対しての検証を疎かにしてきた評論系言説の傾向。第四に、第三の原因に示すような「劣化」言説の蔓延による、社会に対するシニシズムの広がり。そして第五に、そのようなシニシズムの広がりを前提とした、「ブレイクスルー」としての「多様性」の礼讃。

「ビジョン」を見てみると、「意見を伺った方々」として、産業界、関係機関、アーティスト、アスリート、学生などが挙がっていますが、どのような意見を「伺った」のかの具体性は皆無に等しく、特に専門的な知見についてはかなり不透明です(どこどこ大学の教授、などということは書かれていても具体的な名前や専門分野などは書かれていないことが多い)。

元々我が国の「評論」の世界においては、検証という行為が文化として失われ(あるいは元々存在しておらず)、また専門性や分析の精度よりも「自己啓発」性、すなわち評論という行為を通じた、アイデンティティや「生き方の方針」の提供などが重視されるという傾向があります。そのような流れが、このたびの「夢ビジョン2020」において、ついに政策の現場に出てしまったと言うほかありません。

そしてこの「ビジョン」が示すものは、「若手」に期待されているものが、メディアで語られるような社会の表象を宿命論として受け入れ、そして政策担当者などに都合のいいように再生産するものになっているという構造であり、そこにはともすれば自分たちにとって都合の悪い、しかし議論を前に進ませるには有利な意見が出る可能性、そして「自立した市民」としての姿が期待されていないということです。また「評論」の側においても、いかに「宿命論」を示すことができるかということが求められるコンピテンシーとなっており、それはメディアや劣化言説で語られる社会の表象の再生産であっても、決して新たな知見を生み出すものではないのです。

この「ビジョン」がどのようなところに進んでいくかということは注視しておく必要はあるでしょう。今の「若手」論客や政策担当者が置かれている状況がどのようなものであるかということを確認する対象として。


第52回:未定
第53回:【思潮/科学・統計】未定(2014年6月15日配信予定/「古明地こんぷれっくす」「仙台コミケ217」のサークルペーパーとして配信します。)
第54回:未定

(※「「艦これ」遠征の評価・改二」の発表は、都合によりしばらく延期とします。)

【近況】
・「第11回博麗神社例大祭」新刊『風見幽香の幻想郷開発計画――市民のための経済学の基礎』の情報を公開しました。またメロンブックスにて委託販売の予約も開始されました。
情報ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11830148761.html
サンプル:http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=43107811
委託(メロンブックス):http://shop.melonbooks.co.jp/shop/detail/212001071985
電子版(メロンブックスDL):http://www.melonbooks.com/index.php?main_page=product_info&products_id=IT0000171560

・「仙台コミケ216」新刊『「ヤンキー」論の奇妙な位相――平成日本若者論史9』の電子版がKindleにて配信中です。
情報ページ・第1章サンプル:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11834272689.html
第2章サンプル:http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=43107677
電子版(Kindle):http://www.amazon.co.jp/dp/B00JYGUN26/

・「第8回東方名華祭」併催イベント「幻想郷フォーラム2014」新刊の『香霖堂の社会思想ゼミ――市民のための「社会」をめぐる思想講座』がメロンブックスにて発売中です。
情報ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11795422870.html
サンプル(pixiv):http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=42211933
通販ページ:http://shop.melonbooks.co.jp/shop/detail/212001071156
電子版:http://www.melonbooks.com/index.php?main_page=product_info&products_id=IT0000170807

・「海ゆかば2」新刊の『提督のための統計学――艦隊決戦統計解析論序説』がメロンブックスにて委託販売中です。
情報ページ:http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11755408226.html
サンプル(pixiv):http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=41109949
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・「古明地こんぷれっくす」(東方Project古明地姉妹オンリーイベント)にサークル参加予定です。
開催日:2014年6月8日(日)
開催場所:京都市勧業館みやこめっせ(京都府京都市左京区)
アクセス:京都市営地下鉄東西線「東山」駅より徒歩8分程度
スペース:「ぷ」ブロック17,18

・「恋のまほうは魔理沙におまかせ!6」(東方Project霧雨魔理沙オンリーイベント)にサークル参加予定です。
開催日:2014年6月29日(日)
開催場所:大田区産業プラザPiO(東京都大田区)
アクセス:京急本線・空港線「京急蒲田」駅より徒歩2分程度
スペース:未定

・「アンダーグラウンドカーニバル」(東方地霊殿オンリーイベント)にサークル参加予定です。
開催日:2014年7月13日(日)
開催場所:名古屋国際会議場(愛知県名古屋市熱田区)
アクセス:名古屋市営地下鉄名城線「西高蔵」駅及び同名港線「日比野」駅より徒歩5分程度
スペース:「A」ブロック30

・日本図書センターより5年ぶりの商業新刊『「あいつらは自分たちとは違う」という病――不毛な「世代論」からの脱却』が刊行されました。内容としては戦後の若者論の歴史をたどるものとなります。
Amazon:http://www.amazon.co.jp/dp/4284503421/
楽天ブックス:http://books.rakuten.co.jp/rb/12468953/

(2014年5月30日)

奥付
後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ・第51回:【政策/思潮】「夢ビジョン2020」を批判する:その危険な思想と成立
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2014(平成26)年5月30日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/

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