VFXジプシー


わたしは海外を拠点とするVFXアーティストの妻です。今は日本に住んでいますが、去年の10月までは半年から1~2年で国をまたいで引っ越しする、所謂、VFXジプシーでした。

こういった話を人にすると、「色んな国にいけて良いなー」と言われます。正直、わたしも「色んな国にいけるなんて楽しそう」と思っていました。しかし、現実は「いいなー」なんて代物ではありません。非常に大変です。苦労の連続です。

今回は、そんなVFXアーティストの苦労生活を妻の目線で語りたいと思います。
 


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まず、VFXアーティストの契約は半年~1年が一般的。なので、たった半年や1年の為にスタジオがある、アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポールなんかに引っ越しすることになります。「たったそれだけの期間なら、単身赴任させたら?」なんて声も聞こえて来そうですが、駐在員さんと違い、数年すれば戻る場所があるという訳でもありませんし、下手するとずっと一緒に暮らせなくなってしまうので、基本的にはついて行きます。

さて、基本中の基本ですが、国をまたいで引っ越しするとなると多くの場合、電圧の関係で家電は持って行けません。変圧器を買えば良い話かもしれませんが、そこまでして持って行きたいか? と考えると、やはり買い替える方を選択することになります。また、無理して持って行ったとしても、引っ越し費用を抑える為に船便で送ると2ヶ月程度先にならないと荷物を受け取れないので、不便な生活を送ることになります。

なので、引っ越しが決まると、私たちは家電を殆どただ同然で売り払ってきました。そして、次の国で再び買いそろえるんです。家具もそう、車もそう。いくら会社がある程度引っ越し代を持ってくれるからと言っても、こんなことをしているとお金が続きません。引っ越す度に、かなりのお金が飛んで行きます。

家を借りる時ですが、スタジオとの契約が6~8ヶ月しか貰えない場合、家を借りる際の申込書にもその旨を書くことになるので、審査で落とされることが結構あります。運良く入居出来たとしても、家賃が結構高いか、オーナーが家を売りに出したいからその繋ぎに賃貸にしているだけであって、「売却するから1ヶ月後には出てって」なんて言われることも多々ありました。なので、スタジオとの契約が延長されてアパートの契約延長をお願いしても、大家の都合で追い出されるなんてことも。

また、知り合った人達が短いスパンでどんどん他の国に引っ越して行ってしまいます。なので、出会いと別れの繰り返しで、周囲がいつでも慌ただしいです。せっかく心の開ける友人が出来ても、「2週間後にアメリカに引っ越すことになった」なんてことも珍しいことではありません。お別れパーティーを開く時間も余裕も無く、奥様同士で「この調味料、少し使っちゃったけど貰って!」や「観葉植物貰って!」等のやりとりがバタバタと行われます。感傷に浸る間もなく、どんどん人が居なくなってしまうのです。

そして当然ですが、プロジェクトが終わりに近づくと就職活動が始まります。大きなスタジオで何本もプロジェクトが走っていれば、次のプロジェクトと再契約ということもありますが、メインのプロジェクトの完成と共に、他のプロジェクトは他社に引き継いでもらってスタジオを閉鎖なんてことも珍しくは無いので、片時も気を抜くことは出来ません。可能な限り、住んでいる場所から近いスタジオで次の仕事を探してもらいますが、そうそうタイミング良くリクルーティングしている訳ではありません。なので、必然的に海外にも目を向けることになります

万が一、就労ビザの有効期限内に仕事が見つからない場合、次の仕事がないまま日本に帰国することになります。これが1番キツくて悲惨です。帰国の飛行機は今までお世話になった会社に出してもらえますが、荷物は自費で送らなければいけません。その費用も馬鹿にならないのです。諸事情もあってのことですが、誇張では無く、100万近い引っ越し費用がかかったこともありました。

また、次の会社が見つかるまで、日本で就職活動の続きをすることになるのですが、VFXの仕事はいつでも募集がかかっている訳では無いので、下手すると数ヶ月、下手したら1年近く無職なんてこともザラ。帰国後は実家やマンスリーマンションに身を寄せながら、地道にポートフォリオを作成しつつ就職活動する夫を支えることになります。生活に必要な最低限の荷物をスーツケースに入れて、1年やそこらの契約が取れるまで、ジプシー生活です。ちなみに、失業手当なんてものは出ません

ただ、これは最悪な負のスパイラルに陥ってしまったパターンです。インフラ系の部署だとプロジェクト契約ではない場合もあるらしいので、こんなに転々と不安定な生活を送る必要も無いようです。また、良い感じの波に乗れている時は、プロジェクトの終わりが近づくと他社のプロデューサーやリクルーターがスタジオにやってきて直接面接を行うリバースリクルートなるもので次の仕事を見つけることもあります。これが続けば、キャリアに穴をあけることもありません。

ちなみに、わたし達はこういう生活に終止符を打ちたくて、この業界では珍しいフルタイムオファーの会社を求めたこともあります。ご縁に恵まれて採用という運びになり、これでやっと落ち着いた生活が送れる! と喜んだのも束の間。引っ越しして2週間後にその会社が倒産したこともありました。約束されていた引っ越し費用も、会社が破産したため出ませんでした。

悔しかったのは、「1週間早く働き始めていれば引っ越し費用がカバーされた。」ということを会社側から知らされた時。その1週間の違いで、100万近いお金を出さなくて済んだのかと思うと...! 結局、わたし達は、会社側が負担してくれるはずだった、レンタカー代、帰国費用、滞在ホテル費用諸々を全て自費で支払うことに。安定を求めたのに、1番安定とほど遠い結果になってしまいました。

今は世界中のVFX業界が不況です。奥様同士でも、チャットで「今、何処の国にいる? 次はどうなる予定? この間、XXスタジオが閉鎖だったね。そっちはどう?」なんて会話を交わしています。解決の糸口なんてないので、皆一様に「落ち着きたいけど、しょうがないよねぇ。」なんて言いつつ、学校に通って安定職に繋がる資格取得に励んだり、就職活動したり、開き直って海外生活を謳歌したり。

夫達の仕事の都合にあわせて仕事を辞めることになるので、奥さん達のキャリアも細切れになりがちです。酷い時には、やっと仕事が見つかったと思ったら、3ヶ月で別の国に行くことが決まり、辞めなくてはいけなくなった人もいました。わたしは、Kotakuの他に同じVFXアーティスト妻に誘われて、オーストラリアで介護職を掛け持ちしたり、外国人相手に日本語教師をしていたこともありました。

とはいえ、悪いことばかりではありません。家族参加オーケーのパーティーや打ち上げなんかに行くと有名な監督に会えたり、プレミアではハリウッド俳優を拝めたりします。でも、やっぱり生でハリウッド俳優を見るよりも、「落ち着きたい!」が本心。だからと言って、夫にこの業界をやめて欲しいとは微塵も思いません。しかし、日本で根を張った生活をしている友人なんかを見ると、「いいなーーーーー」という気持ちになるワケです。複雑なところですね。


(中川真知子)

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