名俳優クリストファー・リー卿の驚くべき豆知識22選


先日、93歳で亡くなったクリストファー・リー卿は素晴らしい俳優というだけでなく、ヘヴィメタルミュージシャンとしても活躍するなど、老いてもなお、話題を振りまく愛すべき人物でした。


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しかし、私たちが知っているのは恐らく彼のほんの一部分でしかありません。彼の人生を掘り下げてみると、「たった一度の人生でこんなにも多くのことが起こるのか!」という事実が山ほど出てくるのです。

そこで今回はio9がまとめた、クリストファー・リー卿が「伝説」であることを改めて実感できる豆知識22選をご紹介します。


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この目力は伊達じゃない


1)クリストファー・リー(以下、リー)は、2007年に「世界で最も多くの映画に出演した俳優」としてギネスに登録されています。その数、250本以上

また、193センチという長身の彼は「最も身長の高い主役級俳優」だけでなく「最も多くのソードファイトを行った俳優」としても名前が記載されています。


2)母親のエステレ・マリー・リーは、イタリアのカランディーニ家の出身で、さらに遡ると神聖ローマ帝国のカール大帝(シャルルマーニュ)にたどり着くとのこと。また、南北戦争時代のアメリカの軍人であるロバート・エドワード・リーの遠縁に当たるそうです。


3)ロシア帝国の貴族であるフェリックス・フェリクソヴィッチ・ユスポフ公と、グリゴリー・ラスプーチン暗殺の実行者のドミトリー・パヴロヴィチに会ったことがあります。これは『白夜の陰獣』(1966年)のラスプーチン役のリサーチの為ではなく、1920年代、まだ彼が幼かった頃の話だそうです。


4)フランス本国における市場最後の公開処刑を見ています。処刑された人物は、ドイツ生まれの連続殺人者オイゲン・ヴァイトマン。この時、リーは17歳だったそうです。


5)第二次世界大戦中、イギリス空軍に入り、パイロットの訓練を受けたものの、視力が不足していたため、パイロットとして飛ぶことを許可されなかったそうです。そこで、第260飛行中隊の情報士官となりました。

その後、北アフリカでナチスと戦い、時には1日に5つのミッションをこなしたと言われています。この間、彼はシチリア島の解放を助け、彼の部隊の暴動を防ぎ、1年間で6回もマラリアにかかり、また、噴火の3日前にイタリア南部ナポリ湾頭の活火山であるベスビオ山に登ったそうです。


6)戦争の間にウィストン・チャーチルのエリート集団「特殊作戦執行部」へ異動になりました。そこは別名「非紳士的戦争省」とも呼ばれており、枢軸国の支配下にあるヨーロッパ各地における諜報、偵察および不正規戦の展開、現地レジスタンス運動の支援といった任務を行っていたとされています。


7)特殊作戦執行部に所属していた当時の体験を語ることはありませんでした。しかし、唯一「大勢の男が自分の前で死ぬのを見た。そして、それに対してほとんど無感覚になってしまった。手足を切断さるような拷問、爆弾によって細切れに吹っ飛ばされる人々といった、人間がお互いにし得る最悪なことも見た。だから心を閉ざさなくてはいけなかった。そうしないと勝てなかったんだ。」とのコメントを残しています。戦争が終わると、イギリス、ポーランド、チェコ、ユーゴスラビア政府から、勇敢さを称えられました


8)第二次世界大戦後、25歳で俳優を目指すようになるまで、治安犯罪容疑者中央登録所(CROWCASS)と共にナチス狩りをしていました。


9)1955年、『The Dark Avengers』で酔っ払ったエロール・フリンと剣戟の撮影中に、フリンによって手を斬りつけられ、重傷を負っています。後に、リーはフリンが被っているウィッグを斬り落としてしまい、フリンは脱兎のごとくセットから逃走。偶然の事故だったと認めるまで出てこなかったそうです。


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ボンドになるかもしれなかった男


10)ドラキュラ役で知られる一方、ミイラやフランケンシュタインといったモンスターも演じました。また、『ロード・オブ・ザ・リング』のサルマンや『スター・ウォーズ』新3部作のドゥークー伯爵だけでなく、古くはフー・マンチュー、ラスプーチン、『三銃士』のロシュフォール、『ウィッカーマン』のサマーアイル卿、『007 黄金銃を持つ男』のスカラマンガといった悪役も演じています。


11) ジェームズ・ボンドの生みの親で著者のイアン・フレミングとは従兄弟同士。フレミングはリーの第二次世界大戦と特殊作戦執行部の経験を理由に、ボンド役の候補にしたことがあるそうです。


12)シャーロック・ホームズとその兄マイクロフト、『バスカヴィル家の犬』のヘンリー・バスカヴィルを演じたことがあります。


13)ドラキュラを演じることに疲れただけでなく、映画の質が平均以下になっていると感じたため、ハマー・フィルムを辞めようとしたことがありました。しかし、スタジオ幹部らが「その判断でどれだけのスタッフが路頭に迷うことになるか」と彼を説得し、引き止めた経緯があります。

その後、1966年に『凶人ドラキュラ』の出演に合意。しかし、脚本の内容があまりにも酷いと感じた彼は、強固にセリフを発することを拒否しました(この件に関してはスタジオ側と意見が分かれています)。ハマー側は、他の俳優を起用するよりも無言のリーにドラキュラを演じさせることの方が重要だと判断したらしく、全編に渡り、空気を漏らすような音や叫び声しか発しないドラキュラとなっています。


14) 50年代にフリッツ・ヴォン・ローゼン伯爵の娘であるヘンリエッテ・ヴォン・ローゼンとストックホルムのナイトクラブで出会い、婚約しています。しかし、父親であるローゼン伯爵はあからさまにリーを嫌っていたようです。

というのも、結婚を遅らせるように命じ、ロンドンに住むリーの友人に話を聞いただけでなく、探偵に調査をさせた上に本人に資料を提出させ、最終的にスウェーデン国王から結婚の祝福を貰ってこない限り、結婚は認めないとまで言われたとのこと。しかし、『Tales of Hans Anderson』の撮影中にスウェーデン国王と顔見知りになっていたリーは、いとも簡単に祝福の言葉を受けられたのでした。


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誰よりも『ロード・オブ・ザ・リング』の知識があった


15)トールキンの大ファンであり、生涯にわたって『ホビット』と『指輪物語(原題:ロード・オブ・ザ・リングス)』を1年に1回読んでいたと言われています。そして、リーは映画のキャストの中で唯一、トールキンに個人的に会ったことのある人物です。

熱狂的ファンだった彼は、トールキンが頻繁に訪れたパブに足を運んで親しくなり、トールキン本人から、いつか映画化された時はガンダルフを演じてほしいと言われていました。


16)ハリウッドが『ロード・オブ・ザ・リング』トリロジーを映画化すると耳にすると、自分は魔法使いを演じるだけの実力があるということを証明するために、1997年に放送されたテレビシリーズの『 The New Adventures of Robin Hood』で魔法使いの役を演じ、準備したそうです。

そして、ピーター・ジャクソン監督がメガホンを握ると知ると、監督宛てに個人的に役が欲しいという旨の手紙を書き、魔法使いの格好をした写真を同封したのでした。残念ながら、リーの類稀なる悪役の才能と年齢が邪魔をし、魔法使い役は得られず。結果、サルマンとしてキャスティングされています。


17)『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』の「スペシャル・エクステンデッド・エディション」に収められているサルマンの死亡シーンの撮影中、ピーター・ジャクソン監督が背中に突き刺さる音をどう再現するのかを説明していると、彼は「人が背中から刺された時にどういう音がするのかは、実際に聞いたことがあるから知っている」と言ったそうです。


18)歴史上の公開処刑された人物たちに強い興味を持っており、「15世紀中期からのイングランドに雇われている公式に極刑を課す役人全員の名前」を知っていたそうです。



19)リーが大のヘヴィメタルファンというのは有名な話。2010年には88歳にして初のフルアルバム『Charlemagne: By the Sword and the Cross』をリリースしています。もちろん中身はヘヴィメタルで、本作は2010年のメタル・ハマー・ゴールデン・ゴッズ・セレモニーで、スピリット・オブ・メタル賞を受賞。2012年には『ジングルベル』を『ジングルヘル』にアレンジしたメタル・クリスマス・アルバムをリリースしています。

リーは最年長のメタル・パフォーマーであり、ビルボードのミュージックチャートにランクインした最も高齢なミュージシャンでもあります。


20) 映画と音楽のキャリアだけでなく、彼はフェンシングの選手でもあり、オペラ歌手でもあります。また、英語以外に7か国語(フランス語、イタリア語、スペイン語、ドイツ語、スウェーデン語、ロシア語及びギリシャ語)を話すことができ、俳優では唯一のオナラブル・カンパニー・オブ・エジンバラ・ゴルファーズ(後のミュアフィールド・ゴルフクラブ)の会員になるほどゴルフの腕前もあるのです。


21) 2009年に大英帝国勲章のコマンダー、1997年には聖ジョン勲章のコマンダー、2011年にはフランス政府によって芸術文化勲章を受章、同じく2011年にブリティッシュ・アカデミー・オブ・フィルム& テレビジョン・アーツ(通称BAFTAS)、1994年にはブラム・ストーカー賞の特別功労賞を受賞しています。


22) 様々なジャンルの映画に出演する俳優のケヴィン・ベーコンを起点に、共演した俳優を1次、2次といった指数で繋がりを見出す「ケヴィン・ベーコン指数」というものがありますが、クリストファー・リーは「世界で最も俳優を繋げる俳優」として2008年にギネスに記録されています。

バージニア大学が作ったデータベースによると、彼の仕事で繋がった俳優と女優は100万人以上になるらしく、彼こそが「ハリウッドの中心」とされているそうです。


[Via Wikipedia, Guinness World Records, Badass of the Week, Factfiend, The Independent via io9
ケヴィン・ベーコン[Wikipedia]

中川真知子

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