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 第二話序章・次なる演目は

著:古樹佳夜
絵:花篠

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◆◆◆◆◆不思議堂◆◆◆◆◆

吽野「う〜〜〜ん……」

吽野は文机に向かって、頭をガリガリと掻いていた。
後ろから、心配した阿文が声をかける。

阿文「先生、何を唸っているんだ。お腹でも壊したのか」
吽野「お腹は壊してない。今ね、舞台の題材を思案中なんだ〜」
阿文「ほう、舞台か」
吽野「次回は二人芝居の予定だよ」
阿文「二人だけ? 他の役者を呼んでも良さそうだが」
吽野「予算の問題だよ。出演は俺と阿文クン」
阿文「ええ、また僕も出るのか」
吽野「不満げだね」
阿文「うーん、本当に僕でいいのか? 僕は、演技に関しては素人に毛が生えたようなものだ。先生に頼まれてやっている程度だし。そんな僕が、二人芝居なんて……」
吽野「嫌なの?」
阿文「嫌じゃない。演じるのは意外と楽しい。だが正直、二人芝居は責任が重いだろう」
吽野「君が舞台に立つと、お嬢さん方の評判もいいのよね」
阿文「軽々しく言わないでくれ。僕は先生ほど器用じゃないから」
吽野「んー。じゃあ、喋んない役ならいいの?」
阿文「え、どう言うことだ?」
吽野「設定上、声が出せない、喋ることができないってこと。例えば……人魚姫とか?」
阿文「ええ、僕が人魚姫? この図体で?」

吽野は阿文を見て、イメージを膨らませた。

吽野「うん、いいねぇ! 我ながらグッドアイデア〜!この題材で行こう」
阿文「待て待て待て!」
吽野「やだ、待ちたくない」
阿文「じゃあせめて『姫』はやめてくれないか! 姫は!」
吽野「なんでー?」
阿文「なんでもクソもあるか! 女装したくないんだ」
吽野「似合うと思うんだけどな。ほら、足にヒレをつけて、貝殻の……」
阿文「に、あ、わ、な、い!」

まだ何か言いたそうな吽野を遮り、阿文は言った。

阿文「冗談はさておきだ。先生のイメージしている『人魚姫』は、あの外国の童話か?」
吽野「そうだよ。人間の王子に恋し、海の魔女と契約した人魚姫が王子に会いに行く。けれど思いを遂げられず、海の泡になって死んでしまう。悲恋話だ」
阿文「ふむ……確かに、有名な話だ」
吽野「ただ、有名なだけあっていろんな脚本家にこすり倒されているネタでもあるね」
阿文「童話以外にも、人魚伝説は各地に存在しているんじゃないか」
吽野「それもそうだね。まず人魚に関する文献を漁ってみるか」

不思議堂の奥の、吽野の書斎の横には、
小さな書庫室がある。
そこには吽野が各地から集めた巻物や資料、
小説や辞典が所狭しと並べてある。
吽野は本を集めてきては雑に積み重ねるが、
そのままにしていれば虫が食ったり、傷んでしまう。
見かねた阿文が本棚を買ってきては、綺麗に並べてやる。
そうやって、二人がかりで作った書庫室だ。

阿文「ふむ……」
吽野「阿文クン、なにか見つかった?」
阿文「外国では、『セイレーン』や『ローレライ』が、人魚の代表格らしい。文献にそう書いてあるぞ」
吽野「ああ、そうだね。セイレーンはギリシャ神話だし、ローレライはドイツの精霊だ。どちらも美しい歌声を持つとされている」
阿文「美しい歌声か。人魚は歌が得意なのか?」
吽野「じゃない? 俺は聞いたことないけど」
阿文「いつか聞いてみたいものだな」
吽野「人魚の歌は人を惑わし、聞いた者を水に沈めるって噂だよ。それでも聞きたい?」
阿文「そうだな……そこまで言われると余計に聞きたくなる」
吽野「物好きだね」
阿文「こうしてみると、歌の上手い人魚が、人間に恋をして『声を失う』という展開は悲劇的だな」
吽野「人を水に溺れさせるつもりが、自分が恋に溺れた……ってことかな」
阿文「はは、うまいことを言う」

吽野「一方で、日本の人魚伝説で有名どころは、『八尾比丘尼』伝説だね」
阿文「八尾比丘尼?」
吽野「人魚の肉を食べて不老長寿になった少女の話」
阿文「え、食べてしまうのか? 人魚を?」
吽野「日本で言うところの人魚は、『精霊』じゃなくて『妖怪』とか『珍獣』みたいな扱いだね、ほらこの図版を見てよ」

吽野は文献に描かれた図を指差した。
それを見た阿文は引きつり笑いをした。

阿文「た、確かに……見た目は、その……怖い感じだな」
吽野「こんなもの食べようなんて、食い意地がはってるねぇ」
阿文「なあ先生、その人魚の肉を食べた少女は、その後どうなったんだ?」
吽野「諸説あるけど……不老長寿ゆえに大切な人に先立たれ、孤独のうちに寿命が尽きたってのが多い」
阿文「長すぎる生というのも、不幸なものだ。人魚にまつわる話は、どれも儚げで悲しい顛末なんだな」
吽野「なるほど、儚げで、悲しい……ね」

吽野は顎を撫でて考える仕草をした。
そして、閃いた! とばかりに、手を叩いた。

吽野「よし、じゃあ、ちょっとやそっとでは死んだり、不幸にならない人魚の話を書くよ」
阿文「えっ……例えば?」
吽野「ムキムキに鍛え上げた人魚が、鮫も指一本で倒せる怪力の……」
阿文「その役、僕はやらないからな」

阿文はそれ以上を言わせないぞと、吽野の持っていた本をひったくったのだった。

【了】

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※本章は、2022年1月放送

浅沼晋太郎・土田玲央『不思議堂【黒い猫】』生放送の

ch会員(ミステリにゃん)限定パート内にて、

浅沼店主と土田店員が生朗読を行う予定です

ぜひ、物語と一緒にお楽しみください

(※朗読は、本章の全編ではない場合がございます)



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