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【連載物語】不思議堂 黒い猫【阿吽】~ふたりの陰陽師編~ 第一話【黒の陰陽師】/前編
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【連載物語】不思議堂 黒い猫【阿吽】~ふたりの陰陽師編~ 第一話【黒の陰陽師】/前編

2023-07-13 21:30
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    season2~ふたりの陰陽師編~
    第一話『黒の陰陽師』前編

    著:古樹佳夜
    絵:花篠

    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

    梅雨明けを目前にひかえた六月の末。
    肌にムシムシとした湿気を感じながら、
    吽野と阿文は商店街を並んで歩いていた。
    馴染みの赤提灯の店で、焼き鳥でも食べたいと、吽野が駄々を捏ねたからだ。

    「いつまで経っても、先生は浪費癖が抜けないな」
    「別にいいじゃん。今日は不思議堂の上がりもあったでしょ」
    「売り上げは店の維持に使うんだ。店の老朽化も激しいし、やはり天井の雨漏りが――」
    「わかったよ。じゃあ、今日はネギマだけにする」

    阿文は特大のため息をついた。

    「嘘ばかり。飲み出したらそれだけじゃきかないくせに」
    「じゃあ、阿文クンも飲むといい。下戸じゃないでしょ」

    阿文は吽野の背中を思わず叩いてやりたくなった。
    とはいえ、この自堕落な相方を正すことは難しい。
    それは長年の付き合いでよくわかっている。

    店内は宵の口でまだ空いていた。
    吽野が暖簾を片手であげると、
    店の大将は、「いらっしゃい!」と威勢のいい掛け声で迎えてくれる。

    「あ、不思議堂の店主さん。こちらへ」

    給仕のアルバイトがこちらに合図する。
    こんな風に、わざわざ案内されるのは珍しかった。
    勝手知ったる常連しか利用しない店だ。
    言われないまでも適当に腰を下ろすのが常なのだ。

    「ここでいいよ」
    「いえいえ、カウンターの奥にどうぞ」

    少し引っかかりながらも、案内されるまま進む。
    すると、見覚えのある暑苦しい黒いタートルネックの男が座っているのが見えた。

    「よう、しばらくだな」

    広い背中が振り向いた。袖口からのぞく刺青。銀のピアス、そして真っ青な目。

    「なんだ、満月か」
    「待ってたぜ」

    男はニカリと笑った。

    満月は以前、世話になった陰陽師の男だ。
    阿文の依代が壊され、その体を乗っ取られかけた時に、いち早く駆けつけてくれた。
    そういえば、この男との初対面はこの店だった。
    あの事件以来、満月はこうして商店街にやってくる。

    「不思議堂に直接来りゃいいのに」吽野が言うと、満月がジョッキを傾けて、不敵に笑った。
    「別に連絡しなくたって、ここにくることはわかっていた」

    見透かされたことが妙に腹立たしい。
    吽野はわざとぶっきらぼうに、丸椅子に腰を下ろした。
    吽野が飲兵衛であることは、この前三人で飲んだ時にバレてしまっている。
    あれは、事件が解決してから数日経ったころだ。
    今日のように満月はこの店で待っていて、阿文の回復を祝って気前よく奢ってくれた。
    おかげで吽野の杯は進み、挙句ベロベロに酔っ払って、
    商店街を阿文に抱えられながら千鳥足になって歩いた。
    それを満月は散々指を差して笑った。
    あの日の醜態のことを揶揄っているのだろうと、吽野は察した。

    「どうせ俺は飲兵衛だよ。悪いか」
    「別に? 豪気な飲みっぷりは嫌いじゃない。さすが、神の遣い様だ」

    いかにも嫌味な口調だったので、吽野はふんと鼻を鳴らす。

    「お久しぶりです」阿文が満月に会釈する。
    「堅苦しいのはやめてよ」満月は苦笑した。
    「いえ、僕はあなたに救われなければ、今頃生きてはいなかった」

    普段から礼節は重んじる阿文だが、
    満月には恩義を感じて、より一層丁寧に接していた。
    言われた満月は肩を竦めて突っ立ったままの阿文に椅子を引いてやった。

    「ほら、お前も座ったら」と促す。それに応じて、阿文が腰掛ける。
    上背のある男三人が狭いカウンターに横並びになったので、
    「なんだか暑苦しいな」吽野は思わず悪態をついた。
    「そう言うなって。とりあえず、生2つね」

    はーい、と給仕が軽く返事する。
    流れるような仕草でタバコに火をつけた満月は、煙を吐きながら阿文に尋ねた。

    「あれから代わりないか?」
    「はい。満月さんのおかげです」
    「よかったな。お前を依代にしようとした悪鬼は、お前が本来の姿に覚醒したことにより、跳ね除けられてたし、もう悪さしにくることもないだろう」
    「だといいんですが」阿文は受け答えた。

    目尻に皺を寄せて笑った表情は、気さくな印象だ。
    一見堅気ではなさそうな、厳つい見た目の割に話しやすい。
    きっと明るい性格によるものだろう……が、しかし。
    飄々とした『食えないやつ』であることも確かだ。
    なにより、油断してはならない理由は、この男が『陰陽師』だということにある。
    得体の知れない技を使い、その高い霊力ゆえに、
    吽野や阿文が神の遣いとしての役目を負ってることも理解していた。
    異形との戦闘にも慣れているし、機転が効きすぎるところも、
    頼もしい反面、厄介だ。敵には回したくない、恐るべき男――。

    吽野はチラと隣の満月を見る。
    呑気にホッケの塩焼きをほぐしている。
    そういえば、以前も魚を食べていた。そんなに魚が好きなのか。
    今も満面の笑みで口に運んでいる。
    吽野は、この男を訝しんでいたことをバカらしく感じた。

    「そういや、あの銅鏡は?」
    「神社にあるよ。もう使い物にならないけど、一応」

    それを聞いた満月は怪訝な顔になった。

    「お前らの主人とは連絡取れてるか?」
    「いえ、それが……最近呼びかけに応じてくださらなくて」不安げな阿文に、吽野も付け加える。
    「俺らの力も、真の姿を取り戻した頃に比べると、弱まった感じがするんだよね」

    満月は箸を置いた。

    「やはり様子を見に来て正解だったようだな」

    満月は手元のジョッキを飲み干し、給仕におかわりを要求しながら話を続けた。

    「闇市で、あの鏡を手渡したのは俺の同業者だ。お前ら狙われてたんだぜ。もっと脇を締めろ」
    「そんなこと言ったって……」

    吽野はどうしようもない状況に拗ねたように口を尖らせる。

    (俺たちはただの神の遣いで、主人の存在があってこそ力を発揮する。現世においては神通力など高が知れている。少し人間よりも頑丈で、不老しか取り柄がないんだ)

    思わず愚痴と弱音が溢れ出しそうだった。
    それを届いたビールで喉奥に流し込んだ。

    「ところで、満月さんは、僕たちがここにくることを知ってたんですか?」

    さっきの嫌味を、阿文が馬鹿正直に聞き返しているので、
    吽野は吹き出しそうになった。ところが、

    「まあな。お前らがどこで何してるってことは、だいたいわかっちまうんだ」

    満月は笑い飛ばさずに、またも不敵な笑みをこぼして答えたのだった。

    「ストーカーかよ」吽野は気味悪そうに舌を出す。
    「ちがうって」飄々と満月は紫煙を燻らせる。

    相変わらずの失礼な相方に肝を冷やした阿文は、
    吽野に代わって、もっともらしいことを言い添える。

    「以前、手を貸していただいた時、我々の主人のために満月さんの身体を貸していただいたと聞いています。霊力が同調しているのでは」

    阿文の緊張を察した満月は、力を抜けよと微笑む。

    「まあ、それもあるだろうが……ちょいと奇妙な夢を見てな」
    「夢?」吽野が聞き返し、満月は勿体ぶって頷いた。
    「お前らに危機が迫っている夢だ」

    さっきまでとは打って変わって、
    あまりに真剣な表情で満月が訴えるので、吽野は笑い飛ばした。

    「またいつもの勘てやつ?」
    「そうだ」

    表情を変えない満月に、
    吽野は思わず身震いしたのだが、強がって苦笑いで返した。

    「お前の冗談は笑えないんだよ」生唾を飲み込み、緊張を和らげようと、

    吽野は懐を弄った。
    そして、満月にならってキセルに火をつける。
    ほぼ同時に、満月ももう何本目かのタバコを灰皿に擦り付ける。

    (ああ、これを告げにきたのか)

    阿文はピンときていた。
    満月が冗談で済ます気がないのは明らかだった。

    「お前らにこの話をするのは、初めてかも知れないが、」

    しばらくの間があり、満月は切り出した。

    「俺の家は代々陰陽師だ。苗字は「蘆屋」……と言ってわかるか」
    「あの高名な平安時代の陰陽師『蘆屋道満』ですか?安倍晴明のライバルの」
    「おお、よく知ってるな阿文」

    重苦しい雰囲気だったのに、
    パッと表情を変えるので、阿文は拍子抜けした。
    おまけに、まるで犬でも撫でるような仕草で
    阿文の頭を撫でるので、戸惑いを感じた。
    冗談なのか、本気なのか。
    時々で翻る雰囲気は、どうにかしてもらいたいものだ。
    その様子を、白けた眼差しで吽野は見ていた。

    「道満て、あれでしょ? 超有名な悪者じゃん」

    蘆屋道満と言えば、浄瑠璃や歌舞伎で江戸の頃はもてはやされていたし、
    宇治拾遺物語にもその名が出てくる。安倍晴明と術比べをして負けたり、
    彼を殺そうとしたりと、何かと問題の多い人物として描写されている。
    吽野も阿文も、満月の底知れぬ力と、その威圧感のある風体に、
    妙な納得感を覚えた。
    そういえば、今日に至るまで姓を名乗らなかったのは、
    誤解を恐れてのことだったのだろうか。

    「ありゃフィクションだよ」

    不本意そうに目を閉じて、満月が耳元のピアスを弄る。
    この流れは予想していたのだろう、バツが悪そうだった。
    そして、「細かい話は抜きにするが」と切り出す。

    「俺はしっかりした血筋の霊能力者だ。この目はいわゆる千里眼の力を持っている。だから、俺の言う『勘』はただの勘じゃない。胡散臭いと後ろ指差さずに、ちゃんと聞いたほうが身のためだぜ」

    満月の両眼は、日本人離れした青い色をしている。
    澄んだ深い泉のような、あさぼらけの空のような深い青だ。
    その双眸がじっと二人を見据える。

    「自前なのか、それ」

    吽野は臆さずに尋ねた。
    人間は『カラーコンタクト』という薄い膜を
    ファッションで目に貼り付けるのだと聞く。満月のそれも、
    まじまじと覗き込むまではそう思っていた。

    「……まあ、その話は追々」

    はぐらかした満月は、もう冷え切って硬くなった焼き鳥串を
    口に放り込んだ。
    そしてさっき届いたばかりの杯を喉を鳴らして飲み干す。

    「なあ、今から散歩にでかけないか」
    「えっ、どこへ?」吽野は性急な誘いに、眉をひそめた。
    「お前らの主人のところ」

    まだゆっくりと酒を楽しむ気でいたし、料理もまだ注文していない。
    吽野はブツクサ文句をたれる。
    ところが、満月は譲らなかった。
    二人の押し問答を横目で見ていた阿文はすでに満月の申し出に従う気で、
    身支度を整え出していた。
    なにか考えあってのことだろうと、察しがついたからだ。
     
    ――さて、この後、大きな事件に巻き込まれるとは、
    吽野も阿文も予想だにしていなかった。


    【第一話 後編に続く】
    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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