自動販売機に暴行を働かなかった代償なのだろうか。春香は僕の部屋にいる。
僕と由紀の前を早足で歩く彼女、有原家と草薙家への分岐点となる十字路をまっすぐウチへ向かって突き進んでいったので、事後承諾的に家へ上げてしまったのだ。それも、マンションのオートロックの自動ドアを前に無言でたたずんでいるところへ鍵を開けて通してやり、エレベータのボタンを押してやり、さらに自宅のドアまで率先して開けてやったのだから情けない。そうでもしなければ、それこそ蹴破られていた気がする。
共働きの両親はまだ帰っていないので、明らかにビビッている由紀を自室へ非難させ、向かいの僕の部屋へ春香を入れてキッチンから麦茶とコップを取ってくると、世にも恐ろしい光景が待っていた。ベッドの上で枕を抱え、無表情でどついている。ぼす、ぼす、ぼす、と時報のような一定間隔で。さほど強くないのが逆に怖い。僕はとりあえず机にコップを置き、麦茶を注いだ。
ぼす、ぼす、ぼす、ぼす、ぼす、
「あ、あのな春香、ムロさんはだな」
「わかってる」
手を止め、かすれ声で呟く。いいやわかっているはずがない。
「兄貴は電波女のゲロチューが好きな天井知らずの変態で、アンタはあたしに隠れてアイツの黒パンツで抜いてるエロ薙エロ助」
「ほら全然わかってねえッ」
たまらずわめいたのがかえって刺激したらしく、
「アンタたちのことなんて全部お見通しよ! 兄貴はゲロ女かばってゲロ舐めた! アンタもベタベタされてるんでしょ、アイツ言ってた! 電波研の部室かどっかに愛の巣があってそこでアレやコレややらかしてるんだわ、昼休みとか、探しても見つからないときはどうせそうなのよ! 電波スカートめくって電波パンツためつすがめつ眺めまわして、それで、ッ……」
もはや日本語の体をなしていない。血管が切れそうなくらい紅潮した顔。
「電波スカート電波パンツって何だよ! クスリでラリってる人の話を真に受けるなバカ! 落ちッぐッ、着いて俺の話を聞け!」
顔面を枕で砲撃されながらも説得を続ける。あさま山荘を包囲する機動隊の気分だ。