そこで知りたいのが、不安な心理と夢の関係。今回は、前編でそもそも夢とは何か、後編では変な夢を見る理由と、夢とうまくつきあう方法をご紹介します。
お話をうかがったのは、東洋大学社会学部 社会心理学科教授の松田英子先生です。
夢とは、自分の記憶に基づいた、自分だけが見られる映像
夢とは何か。その答えを松田先生に求めたところ、返ってきたのは「今まで見聞きした情報を脳が整理しているときに再生される映像です」というあまり夢のない言葉。
夢は自分ではコントロールできない深層心理が教えてくれるメッセージや神秘的なお告げだと思っていた人も多いかもしれません。
松田先生 :
その人が生まれたときから直近までに見聞きして得た情報は、脳内のライブラリーにジャンル分けされています。
その記憶が必要か不要か、睡眠中に脳が仕分けする過程で流れる映像が夢。その人だけが見られるドキュメンタリー映画と言えるでしょう。
行ったこともない場所なのに、夢ではたびたび訪れる……。そんな自分の知らない夢の舞台やモチーフは、視覚や聴覚ではかすかに捉えていたものの意識・認識していないような記憶によるものだそう。
また、抱いたイメージが強く脳に刻まれて記憶されたものや、そしてそれらが変形したりミックスしたりして夢に出てくることが多いのだそうです。
「基本的に、脳が情報として記憶していない事柄は夢には出てきません」と松田先生。
誰かに見せられるものでも外部から与えられるものでもなく、自分の記憶だけをもとにした自分だけが見られる夢は、自分を知る絶好の手がかりなのかもしれません。
夢を覚えていないのは、深く眠れていた証拠
脳が正常に機能している人なら、ひと晩で3~5つの夢を見ています。
私たちはひと晩の眠りの中で、ノンレム睡眠とレム睡眠を繰り返していますが、ストーリー性のある夢を見るのはレム睡眠のとき。
眠り始めてから最初のレム睡眠はほんの数分の夢を見ることが多いそうですが、寝入ってからの数回目のレム睡眠では20~30分の長編大作を見ることも。
夢はもともと記憶されるようにできていないため、見た夢をすべて覚えていないからといって心配する必要はありません。むしろ覚えていないのは夢の中の感情に邪魔されないほどよく眠れていた、脳の情報処理がスムーズに行われていた結果だと考えられます。
松田先生 :
脳は寝ている間に必要な情報を整理したり、いらない記憶を消去したり、不安といった感情を処理したりして情報の処理を最適化しています。
寝る前にもやもやしていた気持ちが、起きたらスッキリしていたなんてよくありますよね。「イヤなことは寝て忘れる」というのは一理あるんです。
気をつけたいのは、不快な夢を鮮明に覚えているというケース。
眠りが浅ければ夢を見ることが多くなりますし、恐怖の夢で目が覚める回数が増えれば増えるほど記憶が固定されやすくなります。
不快な夢に限らず、楽しい夢でも、二度寝や三度寝をしたりすると夢が記憶に残りやすくなります。
夢を覚えていないほどぐっすり眠るためには、まず睡眠の質を上げることが大切。
就寝時間と起床時間のリズムを守り、朝起きたら太陽の光を浴びるといった快眠の基本は、夢の悩みを解消する一助にもなります。
また、運動不足は睡眠の質を下げ快眠を妨げる原因になるので、通勤機会の減ったコロナ禍に「眠れない、夢を見る」といった悩みを抱える人は日中に意識をして体を動かすことも心がけましょう。
大人になると、日常生活に直結した夢を見やすい
子どものころに見ていた夢を、大人になって見なくなったという人は少なくないはず。
絵本やアニメ、ゲームなどで知った世界を夢に見ることが多い幼少期に比べて、大人になればなるほど、夢はその人の環境やメンタル、職業などにダイレクトに関わるそうです。
30~40代女性の夢で多いのは、仕事のこと、職場の人間関係、子どものこと、家庭のことなど。日常生活が夢と密接に関わっていることがわかります。
松田先生 :
“見る”というだけあって、夢は視覚による情報が大きく影響します。
次に聴覚ですね。味覚や嗅覚、温度感覚や痛覚が夢に出てくることは稀ですが、職業やその人の関心が夢に大きく左右することもあります。
あつあつのアップルパイの上でバニラアイスクリームが溶けて、シナモンパウダーの香りが……なんて夢を見る人は相当な食いしん坊ですね(笑)。
そう考えると、音楽にまつわる仕事をしている人や色彩感覚に優れた人の夢は楽しそうですね。
また、夢をカラーで見るか、モノクロで見るかという世代的な理由づけには、加齢の影響か白黒テレビからカラーテレビへの移行の影響か議論がされており、まだ決着がついていないのだとか。
研究が進んでも、まだ解明されない部分が多い「夢」のお話。次回の後編では、コロナ禍で悪夢を見る人が増える理由と、イヤな夢を見たときの対処法についてご紹介します。
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松田英子(まつだ・えいこ)先生
2000年、お茶の水女子大学文教育学部卒業。博士(人文科学)。公認心理師、臨床心理士。江戸川大学教授、放送大学大学院客員教授を経て2015年より東洋大学社会学部社会心理学科教授。『夢と睡眠の心理学―認知行動療法からのアプローチ』(風間書房)などの著書がある。
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